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全身全霊の愛をこめて



目から零れ落ちた雫は、瞬く間に私の頬を滑り落ちて。
冷たいコンクリートに砕けて消えた。

「え、……ナマエさん!?」

私の涙に動揺しまくる西谷は、驚いた勢いで後ろにピョンと跳ねて。

無意識で泣き出す私は、大好きな西谷のオーバーリアクションをいつもみたいに面白がるような余裕もない。

「なんで……?」

ぼやけた視界の中、泣きながら呟いた私の顔を西谷が覗き込むのが分かる。

見えないけど気配で分かる。
多分、心配そうな顔してる。

「ナマエさ」
「なんで西谷は、そんな強くて優しくて、かっこいいの?」

心配して名前を呼ぶ西谷に、私はもう取り繕う余裕もなく問う。

「え、なっ!?いきなりどうしたんスかナマエさ」
「私なんかに優しくしたって、得なんかないのに」


その問いに西谷が慌てるから、体裁を取り繕うこともなくただ呟いた。

初めは潔子との仲でも取り持って欲しいのかと思ったけど、西谷は自分の恋を他人任せにするような人じゃなかった。
でも、ただ美人が好きだからって、優しいからって、

「なっ損得なんかで!」
「なんで損得なしで人に優しく出来るの?」

なんで掛け値無しに、人に優しく出来るんだろう。
私には到底わからない。
私は私の好きな人にしか優しくしたくないし、無償の愛なんてないって思ってる。

「昨日一晩中考えてた。けど、寝ないで考えたってわからなかった」

そりゃ私だって、西谷が困っていたらなんだってしてあげたいけど、それは博愛じゃない。私がヒーローみたいなやつだからでも。

西谷が好きだから、なんだって出来るだけ。

「……ナマエさん」

わからないと嘆く私を西谷が憐れむみたいな声で呼ぶから、無性に悔しくなる。

ただひとりの人と決めていた筈の親友を一番好きでい続けられなかったこと。
好きな人がいる人を、好きになってしまったこと。
彼の全部が、好きで好きで堪らないこと。
夜道で待っていてくれた西谷に、あらぬ期待をしてしまうこと。

彼を好きになって変わってしまったすべてが。

「なんで、あんたっ潔子のこと好きなら、潔子のこと送ってあげてよ!!」

静まり返る夜道で、潔子に目もくれずに私を呼んでくれたこと。
嬉しかったくせにそんなことを言ってしまう。

こんな泣きじゃくっているのが惨めに思えて、涙を拭うと、

「なっ」

西谷の眉間に皺が寄ったのがまだ少し滲む視界でもわかる。

「私なんかどうでもいいじゃん!どうしてそんなっ期待させるようなことばっかっしなくても……っ」

なのに拭いても拭いても、次々溢れてくる涙を西谷に見られたくなくて、下を向けば、

「……ナマエさんにだけは言われたくないっスよ、そんなの」

西谷の声も震えてた。

西谷を好きで、触れたくて、乱したくて、少しでも彼の心に居座りたいと思ってやってきたこと。それが多分、彼を弄んできたってことだし、私の首を絞めてた。

ああ、西谷が、私の手腕に引っかかって、簡単に人を好きになっちゃう人ならこんな気持ちにならずに済んだのかな。
なんて、自身の行動を省みもせずに思っちゃう自分勝手な私の手を、そっと西谷が取った。

「でも俺は馬鹿だからナマエさんが寂しいだけでも、俺で遊んでるんだとしても、あなたの側であなたを護りたい」

「え……」

なにそれ、私が呟く前に、

「好きです、ナマエさん」

私の両手を大切そうに自身の両手で包む込みながら、その唇は告げた。

「え、」

驚いて、あまりの衝撃に、私の瞳から流れ落ちていた涙がピタリと止まる。

「……なん、でっ……潔子は?」

なんとか口にして俯いていた顔を上げれば、

「潔子さんは憧れの人です。あんな綺麗な人に、憧れねぇ男なんかいねぇ」

西谷は揺るぎない眼差しで私を見つめてた。

「でも、俺の心は、一片も残さずにあなたのものです」

冷たい私の手を温めるようにして握られた掌は、優しくて。
繋がった指先から西谷の温かさが雪崩れ込んでくる。

「人のこと弄んで無邪気に笑う残酷なとこも、寂しがりのくせに強がりなとこも、素直じゃないとこも、美人なとこも、それを知ってて最大限武器にしてるとこも」

風に揺れるさらりと落ちた前髪。
その下にある綺麗な瞳は、いつだって真っ直ぐ私を見つめてて。

彼の全身が、私を好きだって言ってた。

「いいとこも悪いとこも、全部まとめて俺が愛してやるから」

なんてことを言うのだろうか、西谷は。

愛してやるなんて言葉が嘘でも大げさな表現などでもないことは、多分私が一番知ってる。

予想外の言葉の連続に、圧倒されてなにも言えずにいると、

「たとえ、俺が恋愛対象として見られてなくても、いつか振り向かせます。だから俺に」

西谷がなんだか苦しそうに目を瞑りながら何事かを告げようとする。

だから。

「無理」
「え、」

その言葉を遮れば、見開かれる双眸。
驚いたその顔は、きっと、傷付いた。

全身全霊の愛の言葉を、中断なんかさせたから。

だけど、私にも意地がある。

「いつか……なんて無理だよ」

私さ、好きな人から好きだって言われて、泣いて喜んで飛びつく。なんて、そんな可愛い女の子じゃないんだよ。

知ってるでしょ、西谷なら。
そんな私を好きになってくれたんだって、信じていいんでしょ?

「きっと西谷が私の手を引いてくれたあの日から、私の心の真ん中には西谷が居座ってるんだから」

好きだって自覚してから、ああ、この想いはずっと前から私の中にあったものなんだなって気付いた。

それから、いつから好きなのかなって考えたら、花火大会の日。
人混みの中で西谷がただひとり、私を見つけ出してくれたその瞬間。

あの時、私は生まれ直したの。

「え……それって」

驚いて見開かれる瞳が、好きだ。
元々大きなその目がより一層存在感を放って。
揺れ動くその中に、私が映ってるの。

私はそうやって、西谷を独り占めしたいって思うの。

「好きだよ、西谷」

ずっと言いたかった一言を口にして、口元に笑みを作ると、私は少し膝を曲げて。

ぽかんと口を開けた間抜け面に、愛をこめてキスをした。




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