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私にはきっと、無理



「ナマエ、なんだか吹っ切れたみたいね」

昼休み、潔子をお昼に誘いに行くと、そんな言葉と共に意味深に微笑まれてしまう。何もかもお見通しですか、と少しだけ泣きそうになってしまった。

毎日顔を合わせているのだから、きっと私が何かにずっと悩んでいることなんかわかっていたのだろう。
けれど何も聞かずにいてくれる潔子に甘えて、なんでもひとりで抱え込んでいる気になっていたんだ。

私の隣には、こんなにも優しい目で見守っていてくれる親友がいるというのに。

「心配かけた?」

首を傾げて上目遣いで覗き込めば、

「まあ、ナマエなら大丈夫って思ってたよ」

その綺麗な黒髪を耳にかけながら笑ってくれる。

ナマエなら大丈夫、その言葉は一見したら悩んでいる親友になんの救いの手の伸ばさない様にも思えるのかもしれない。
でも、私には潔子が信頼してくれてるって事がただただ嬉しい。

「ありがと、潔子」

そう言って擦り寄った潔子は、いつもより少しだけ優しい声で、

「もう、ナマエはしょうがないなあ」

と頭を撫でてくれた。

潔子にもいつか西谷を好きだって言う日が来るんだろうか。
西谷は潔子を好きなのに。

私が長い間、守りたいと願い続けてた潔子との間の平穏。
その平穏を壊そうとするのが自分だなんて。
飛んだお笑い種だ。

でも、いつか言いたい。潔子にも、そして西谷にも。

私、西谷が好きだよって。





放課後、今日はバイトもないし、久しぶりに飲むヨーグルト買いに行こうかなって思った。
もう、西谷に会わないように行動なんてしたって私の心から彼が出て行ってくれることはないと知ったので、無駄な抵抗はやめたのだ。

その時、スマホのマナーモードが震えた。

誰だろ?潔子かな?なんて思ったら、


仲直り出来ました?

なんてメッセージが入っている。

驚いてそのメッセージをタップすれば、当然のように西谷からのLINEだった。

うわ!こんなに早く連絡くるなんて思ってなかった!
焦りながらも普段あまり返事の早い奴じゃないくせに、

出来たよ。ありがと!

ゲンキンな私は同じ分数の間に返す。

おいおい、やればできるじゃないか。いつも携帯不携帯とか怒られてるとは思えないぞ!
なんて自画自賛していたら、

そーいやもうバレー部観に来ないんスか?

とか送られてきて、え!行っていいの!?なんて思ってるくせに、

もう構って欲しいの?

照れた私の指は高飛車か!って言葉を入力しやがる。
おいおいおいおい!命令を聞けよ指ぃいい!

パニクってる間にも、返事が来る。

もちろんッス!

にしのやー!お前こら殺す気かー!
なんてもちろん送れないので、私はにやにやにやにや止まらないにやけを噛み殺しながら、

仕方ないやつだな!

全く可愛くない返しをした。
なーにが仕方ない奴だよ!お前が仕方ないわ!素直になれ!会いたいって送れ!ばかばか!

なーんてやり取りをしながらスマホに片手ににやけたり唇噛み締めたり地団駄踏んだりと、忙しくしていたら、

「おーい、ミョウジー。お前の表情筋困惑してるからもう少し落ちつけよ」

隣で頬杖をついてた菅原が笑う。
びっくりして彼を見やれば、視線はいつものお節介で優しいもので。

昼休みに確かに感じた熱は、その優しい色の瞳にはもう感じられなかった。

「ごめん、言い忘れたけどさ、俺は応援するよ」

大事な友達の想いを踏み躙っておいて、自分は好きな人からの連絡に舞い上がる。そんな薄情で軽薄な私に、菅原は精一杯の友情を見せてくれる。

「すが」
「だからそんな顔すんなよ」

どうして菅原は、笑顔でこんなことが言えるんだろう。
有頂天から突き落とされたように言葉をなくす私に、

「大丈夫。確かに二人は全然違うけど、ミョウジだって清水に負けてないよ」

そんな、誰よりも説得力のある言葉で励まして。

「じゃ、俺もう行くわ!」

菅原は部活へ向かっていった。

その背中を見ながら、思った。

私にはきっと、無理だ。
潔子を思う西谷に、私ならそんな言葉かけられない。
好きな人の恋を応援なんて出来ない。
西谷なんて潔子に告白して振られちゃえばいいんだって思ってる。

彼の傷付く顔を見るなんて想像しただけで凄く凄く辛いのに、西谷と潔子が並んで歩いてるとこなんか見たくないって気持ちのが勝っちゃう。

私、我儘だよね。
嫌な奴だよね。

菅原はほんと、凄いな。
呆然と思いながら、私は西谷にLINEを返した。

今日バイトないから、やっぱ図書室で勉強してく

送って、次のメッセージを送るか、送らないか。指先は迷って、一緒に帰ろうって打って、冷静になる。

西谷とは家が近いって分かってから、何度か一緒に帰ったことあるけど、これって変じゃないかな。
バレー観に来ないのって訊かれて一緒に帰ろって、あまりに突飛すぎない?
会話成り立ってない?下心ありすぎ?

なんて迷っている間に、指先に振動。

なら一緒に帰りましょ!

画面に映った文字に、自分で顔が真っ赤になるのがわかった。

うん!帰ろ!

そう返すと馬鹿みたいに指が震えてて。

あー、たった一言の文字で私を破茶滅茶にしてくる西谷ってほんと恐ろしいなあなんて考えながら、私は鞄を持って潔子にまた明日を告げに行った。




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