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名案の果て



コンビニの袋がカサカサ音を立てた。
中にはコーラ、お茶、オレンジジュースと様々な飲み物が詰まっている。

「いやー巻き込んでごめんね、西谷」

そう言って隣を見ると、

「こんなもん大したことじゃないッス!」

西谷はいつもの太陽みたいな笑顔で答えてくれる。

その両手には私と同じ飲み物が詰まった袋がぶら下がっている。
三つあるビニール袋は、一つは私の右手に。二つは西谷の両手によって運ばれている。

三つ全て持つと言って聞かなかった西谷に、なんとか一番軽い袋だけでも持たせてもらうことになったのは大変な口論の末だ。

「でもせっかく手に入れた自由時間でしょ?遊びに来たのにこき遣われるなんてほんっと、ひとがいいなあ」

渋い顔した私に、

「いや、いーんすよ!こんなことでミョウジさんの隣を歩けるんすから、ラッキーってもんッス!」

少しも気負わせないような清々しい笑顔。

「……うん、そっかぁ」

西谷は前にも私を保健室まで運んでくれたこともあるし、多分いいやつなんだろうけど。
折角の文化祭に他クラスの買い出しなんてついて無いにも程があるし、いくら先輩とはいえ私もクラスのみんなも菅原みたいに直属の先輩ってわけではないんだからそんな頼みなんか断ればいいのに。
普段部活もしなければ中学からの関わりなんかもない私からしたら、義務でもないのに利用されるなんて馬鹿みたいだとは思わずにはいられない。

そのうえ私に気遣わせまいとラッキーだなんて。

「あんたほんとさー、親切もいいけど程ほどにしないと」

呆れてものが言えない。説教をしたいわけではないが思わず眉をひそめてしまう。

「そんなこと言ったらミョウジさんこそ、買い出しなら俺だけでもって言ったのに来てくれたじゃないスか」

何言ってんだこいつ。そんなの自分のクラスのことなのに当然だろ。

「あのねぇ、」

だいたい他のクラスの子が買い出しに行ってくれてそのクラスの人間はのうのうとしてるなんておかしな話があるか。
そう言い返そうとしている私に、

「ミョウジさん!」

西谷は声を張り上げた。

「俺は男なんスよ!」

「……へ?」

西谷の言葉の意味がよくわからなくて、間の抜けた声が漏れる。
そんな私に西谷は、

「文化祭で美女とふたりで買い出し!!それが嬉しくないはずないっス!!」

「え、」

「だいたいミョウジさんのメイド服を独り占め出来てるなんて!さっきから俺は道行く男たちの視線をっスねぇ!」

熱く語り出そうとする西谷に、

「わ、わ、わかったわかった!」

恥ずかしくなって慌てて左手を振って静止する。

「そっスか?」

なんてやつだ。
この親切心はあくまでも下心とでも言うのか。

下心のみでやるにしては、酷くスマートに。

優しさを気遣わせない優しさ、とでも言えばいいのだろうか。

馬鹿みたいだ。
そう思うのに。

「西谷」

「はい。なんスか?」

なんでだろう。

「ありがと」

西谷が優しい人だってことが、嬉しいだなんて。

「……っス」

まるで消え入りそうな声で答えた西谷は、真っ赤な顔で眉を寄せる。

その姿はまるで保健室で頭を撫でた時のようで。

なんでそんなに苦しそうな顔するんだろう。

「ミョウジ、さん」

なんで私は、西谷の苦しそうな理由が自分の所為だったらいいのに。なんて思うのだろう。

「う、うん」

畏まったようにこちらを見つめる西谷に、自然に緊張してしまって。
胸が高鳴るのを無視して返事をした。

「勘弁してください!!」

赤い顔のまま叫ぶように言う西谷。

「へ?」

「ミョウジさん!俺は!俺は!」

いったいどうしたというのか。
もしかしてビニール袋を二個も持たせてしまったのでそろそろ限界が来てしまったのだろうか。
なんということだ!持ってあげたいとは思うけれど私も持てて1袋だ。とても3袋全部は持つことは出来そうもない。

もっとも、彼が女子にそんなことを頼む男ではないことはわかりきっているけれど。

そんな思考の波にのまれていると、

「あ!西谷!ミョウジも!もう帰ってくるとこだったんか!」

校舎の方から数人走ってくる人影があった。

「す……スガさん!?」

そのうち1人は西谷もご存知。色白でホクロがセクシー、と影で女子に言われてたりして癪にさわる、菅原だ。

「みんなしてどしたの?てかあんたら勝手に抜けてー!女子は皆キレてたからね!」

一瞬驚いて忘れていたが、元はと言えばこいつら男子が勝手な行動をしたせいで、女子である私と全く関係ない立場の西谷が巻き込まれる形で買い出しになど行かされたのだ。
教室にいる女子一同は勿論キレているし、男子が帰ってきたら血祭りと言っていたのは確か陸上部の砲丸投げの子だ。さぞ容赦なく男子どもを制裁してくれるはずだ。

それに私だって頭にきている。
西谷を巻き込むことになったのは不本意なのだ。せっかくの文化祭、他クラスの為に労働などおかしな話だろう。

「いやー!すまん!さっき皆で教室戻ったらミョウジが一年生と買い出し行ったから今すぐ追いかけて代わってやってくれって怒られてさ」

そう説明する菅原は本当に申し訳なさそうに顔の前で手のひらを合わせて頭を下げる。
周りの男どももそれに合わせるように口々にごめんとか悪いとか口にする。

なるほど。
彼らは既に教室に寄ってきてこてんぱんに怒られたのだろう。
少しも言い逃れする様子もないのを見るとこれ以上怒る気も起きなかった。

とはいえ、

「ま、私はいいけどさ。西谷は遊びに来たのにこんなパシリみたいのに付き合わされたんだからねー?ちゃんと謝ってよ?」

一番の被害者は私やクラスに残っている女子じゃない。
今隣で上級生達に囲まれて事の成り行きを見守っている小柄な彼こそ、真の被害者といえるのだ。

そう思って隣を見ると、

「いやいや!俺は大丈夫っスよ!どーせ暇だったし、ミョウジさんのメイド服を独り占めっつーおいしい思いもさせてもらったんで!気にしないでください!」

少しも気にした様子のない西谷。

「西谷、あんた」

「ミョウジさんも気にしないでください!男として役得ってもんなんすから!」

むしろ自分にとっては望ましい展開だった。そう主張する屈託のない笑顔を向けられると、それ以上何も言いようがない。

まったく、本当にこいつは。
いいやつだし、いい男だなあ。

「西谷がそういうなら、まあ私からは何も言えないけど」

珍しく大人しく引き退る私に、菅原は一安心とばかりに息を吐いて言う。

「ところでミョウジ、まだ飯とか食ってないんだろ?教室にいた皆がそれも気にしててさ」

「うん。大盛況なのに人手が足りなくてさー?腹ペコなのにこーんな重いもの持たされて、この空腹どうしたらいいのかなー?」

菅原からの指摘に、攻めるべきと踏んだ私はここぞとばかりに眉を吊り上げて言った。

その一言にビビったらしい他のクラスメイトがお荷物お持ちします!と駆け寄るので、西谷が持ってくれていたビニール袋にも目線をやり、顎で指示して受け渡させる。

片手で手を入れ替えつつ持っていたとはいえ、ビニール袋の食い込んだ手は赤くなっており、1人で二袋持ってくれていた西谷はもっと酷いんだろうことは想像に易かった。

そんなことをしている間にも会話は進み、

「教室は他の女子も帰ってきてて、とりあえず終わりまで大丈夫そうだからミョウジは飯食って残りの時間遊んできてくださいって」

「はあ?いやいや、いくら私が怖いからって、」

「いや、これは女子に言われたんだけどさ、勿論俺らの総意でもあるんだよ。せっかくの文化祭なのにミョウジは朝から客引きと接客で引っ張りだこで少しも休んでないんだろ?」

「ん、まあ、……そうだけど」

「だからさ、楽しんできてってのが俺ら全員の気持ち!飲み物も俺らが届けとくし、このまま飯行って!」

「や、でも、」

菅原は強引とも思えるほどに私を遊ばせたがって、流石にこのままクラスに顔を出さないで遊ぶなんて気が進まなずに反論しようにも周りの男子ももう俺たちに任せてくれと主張する。

うん。まあ、散々羽を伸ばしてきたお前らのその姿勢は当然なんだけど。

どうしよう。

迷いながら視線を泳がせると、ぱちり。

西谷と目があって、

「ミョウジさん、こんな時間まで飯も食わずに頑張ったなら皆こう言ってることだし、楽しんじゃえばいーと思います!」

そう言って全力の笑顔でダメ押しされた。
その笑顔に後押しされて、

「じゃ、じゃあ……ご飯行ってくるけど、もし忙しくて回らなくなりそうならすぐ呼んで!」

私も気づいたら笑顔でそう答えていた。



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