TOA | ナノ





 そよそよと優しい風が吹くのどかな景色の中、大佐以外は皆座って一息吐く。ガイの隣に座るわたしも例外ではなく、まるでピクニックにでも来たような気分だ。……まあそれにしたってこの青い軍服と一緒になんても死んでもごめんだけれど、と怪我のせいか平生よりも尖ったことを考える。
 件の足の怪我は、もう塞いでもらった。事のはじまりはイオンが調子を崩し、膝を折ってしまったことだ。どうやらリグレットたちに連れられて行った先でチーグルの森でも見た、医者に止められているというあの強力な譜術を使ってしまったらしい。



「すみません。僕の体はダアト式譜術を使うようにはできていなくて……ずいぶん時間もたっているし回復したと思ってたんですけど」



 そう申し訳なさそうに言う彼に、わたしは一抹の違和感を抱いていた。



(……ダアト式譜術を使うようには"できていない"……?)



 彼の表現に首を傾げる。これはただ、体が弱いことをさしているのだろうか。それならば構わないが……一体何なのだろう、この妙な違和感の正体は。しかしその正体を探る暇もなく、休憩が決定しイオンを運ぶためにガイがわたしを道の端にそっと下ろした途端にティアに詰め寄られてしまったのだった。



「ティアはいい治癒士ねぇ」



 完全に塞がった傷を撫でながらしみじみと呟くと、ティアは頬を染めてそっぽを向いてしまった。微笑ましさに頬を緩めるわたしの隣では、途中加入したガイがここに至るまでの経緯を大佐に聞かされている。大佐たちが、二国がこのままではいずれ勃発してしまうであろう戦争を回避するための使者であること。その橋渡しに、ルークが選ばれたこと。神託の盾を取り仕切るモースが、戦争を起こそうとしていること(意識がこちらに向いていたからか、ティアが反論することはなかった)。モースの件については、やはりローレライ教団の機密事項ということで詳しくは言えないらしい。
 大まかな話を聞き終えたガイが、しみじみと息を吐く。



「ルークもリアも、えらくややこしいことに巻き込まれたなぁ……」

「ん?……わたしは王族でもないし、大変なのはルークだけよ」

「それでも、こんな怪我までしたのには変わりないじゃないか」


 心配したんだぞ、と眉を寄せたガイが顔を覗き込んでくる。拗ねているような姿に「あらごめんね、」とその額にぺん、と揃えた指先を乗せてやった。口調は軽いが、これでも反省はしているのだ。
 それが伝わったらしいガイは「ったくもう、」と呆れたように笑った。



「ところであなたは……」



 イオンや大佐の視線がこちらに向けられる。正確にはわたしの隣にいるガイに、だ。その視線に促されて、ああ、と納得したガイがにこやかに笑って立ち上がる。



「そういや自己紹介がまだだっけな。俺はガイ。ファブレ公爵のところでお世話になってる使用人だ」



 相変わらずの人好きする笑みを浮かべ自己紹介を終えたガイが、イオン、続いて大佐とも握手をする。そういえば忘れていたが、彼らとガイは初対面だったか。ちらりとルークが視線を向けてくる辺り、彼も同じことを考えていたらしい。苦笑いを返しておく。
 男性陣に続いて、ティアが立ち上がってガイに近付き握手をしようとした。

 ……しかし。



「……ひっ!」

「……あー……」



 ガイがそれまでの笑みを引っ込めて一瞬で飛び退くのを、苦笑しながら見つめた。どうやら、彼も彼で本当に相変わらずらしい。



「……ガイは女嫌いなんだ」
「……というよりは女性恐怖症のようですね」

「相変わらずねぇ」



 女扱いしなくていい、と軍人らしく毅然とした態度で再度手を差し出すティアから反射的に逃げるガイ。最終的にはティアが折れたようだ。まあ精神的な部分は自分ではどうしようもないから仕方ないだろう。
 バチカルでもよく柔らかな金髪を揺らす彼女に迫られていたよなあ、とのんびり思い出しながら彼らのやり取りを見つめていると、「あれ、」とイオンが首を傾げた。



「けど、先ほどガイはリアを抱えていましたよね?」

「ああ、リアは特別なんだ」



 首を傾げたイオンの質問に答えたガイが、同意を求めるように「な、」と朗らかに笑ったガイがこちらに顔を向けた。ルークが不安を滲ませてこちらを見やる。彼に大丈夫だと伝えるように、わたしは平生と変わらない声色で「そうねえ、」と曖昧に笑った。



「昔から一緒にいたから、身内のような感覚なのかもしれないわね」

「……ほう、昔から、ね。ずっと聞きそびていたのですが、何故一介の花屋であるあなたが公爵家の子息と交流があるのですか?話を聞く限り、大分付き合いも長いようですが」

「恐れ多くも、ルークのお母さまと懇意させていただいているんですよ。それでお屋敷にもよく出入りさせていただいているんです。お屋敷のお抱え庭師の方とも交流がありますしね」

「成る程。ちなみにそれはいつ頃から?」

「そんなこと聞いてどうされるんですか?……それにあなたならご存知でしょう?」



 お互い笑みを貼り付けたまま言葉を交わす。やがてわたしが詳しく話す気はないと理解したのか、時間もさしてないため大佐は話を打ち切った。



「まあいいでしょう。さてガイ、ファブレ公爵家の使用人ならキムラスカ人ですね。ルークを捜しに来たのですか?」

「ああ。旦那様から命じられてな。マルクトの領土に消えてったのはわかってたから俺は陸づたいにケセドニアから、グランツ閣下は海を渡ってカイツールから捜索してたんだ」



 ガイの言葉に、ルークとティアがそれぞれ正反対の表情を浮かべた。ヴァンさまを敬愛しているルークは瞳をきらきらと輝かせ感激している様子で、彼が自分を捜索していることを喜んでいる。対して暗い表情を見せるのはティアだ。淀んだ気持ちを持て余しているような顔つきで兄さん、と呟く彼女は、一体何を思うのか。
 そんな彼女の「兄さん」という単語を聞き取ったガイが驚いた様子で聞き返した、瞬間だった。

 ガシャガシャと何かがぶつかる音と、近付いてくる足音。どうやらもう追いつかれたらしい。タルタロスで散々聞いた音に気付き、爪を出して身構える。初めて見たガイが驚いた声をあげたが、説明はあとだ。
 大佐が同じ原理で槍を出して、出てきた数名の神託の盾を睨みながら戦闘体制をとる。



「やれやれ。ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」

「に……人間……」

「ルーク!下がって!あなたじゃ人は斬れないでしょう!」



 声を震わせるルークをティアが下がらせようとするが、そんな暇もなく神託の盾たちが襲いかかってきた。ティアの言葉に、わたしは首を傾げる。
 ルークは、人が斬れない?
 そういえばルークはずっとタルタロスから何かを言いたそうにしていた。その意味を漠然と理解したわたしはさっと青ざめて、ルークに声をかける。



「ルーク、あなた……!」

「リア!」

「……っ、くそ!」



 しかしルークに声をかける暇もなく、神託の盾が剣を振りかぶる。イオンの名前を呼ぶ声にはっとして、爪で大剣を受け流した。このままでは、タルタロスの二の舞だ。今また怪我をしたら、ルークを守ってやれない。わたしは守らなければならない、絶対に。
 兵士と間合いを取ってから、すぅ、と薄く息を吸った。



( 思い出せ )



 頭の中で、自分に語りかける。思い出せ。十年前の感覚を。研ぎ澄ませ。
 腰を落とし、地面に手のひらをつく。目つきの変わったわたしに気がついたのか、神託の盾がぐっ、と息をのんだ。焦りが浮かぶ男が、後ろでガイに斬られた兵士の声に意識がつられた、ほんの一瞬。


 わたしは、飛び込んだ。


 悲鳴をあげる間もなく、鎧を纏った体がガシャンと地面に叩きつけられる。そのまま動かなくなったのを横目で確認するなり、視界に映った兵士にすぐさま飛びかかる。時には蹴り相手を怯ませて、隙さえあれば切りかかる。一、二、三。地面に伏せて行く兵士を踏み越えて、早くこの戦闘を終わらせたい一心で、爪を操る。



「――おおかみ、」



 ガイがぽつりとつぶやく声は、踏み込む靴の音にまぎれて消える。目につく白い鎧を切り裂き続けていると、次第に周囲に立ちこめる殺気の数は減っていった。一通りは倒し終えたらしい。集中していたため、いくら時間がたったかが分からない。荒い息を整えるため一旦足を止め、腕を外側に振れば鉄爪に付着した血液が地面に点々と跡を残した。
 あと、ひとり。
 気配を負って、最後の一人である神託の盾の方へ視線を向ける。そこには。信じがたい光景が待っていた。



「ルーク、とどめを!」



 こちらに背を向けている大佐が声を上げて促す。その向こう側では、ルークが地に伏せた神託の盾へと剣を振りかぶったまま固まっていた。背筋がすっと、冷えて行く。



「ルーク、そこをどいて代わりなさい!!」



 声を荒げて、恐怖にかられているだろう少年の元へと駆け出す。 瞬間、ルークの剣がキンッ!と鋭い音を立てた。好機と見た兵士が、手元の剣でルークのそれを弾き飛ばしたのだ。飛ばされた剣が、地面へと刺さる。ガイが集中するよう叫ぶが、ルークの足は恐怖にのまれ本人の意思と関係なく動いてくれない。
 兵士の剣が、振りかぶられた。まるで、スローモーションだ。そのほんの刹那に、ティアがルークと兵士の間に滑り込んで、固まる体を突き飛ばした。華奢な背や腕に切っ先が食い込み、鮮血が飛ぶ。それと同時にわたしとガイの斬撃が神託の盾を捉えとどめを刺した。



「ティアッ!」



 白の鎧を無視して、爪をしまいながら硬い地面へと倒れこんだ彼女へと手を伸ばして抱き上げた。押さえた手のひらの向こうからは、未だ血が流れ続けている。死の恐怖に座り込み呆然とした面持ちのルークが、彼女の名前を震える声で呟く。



「……ばか……」



 ティアが掠れた声で零した単語は複雑な色を滲ませて、青空へと溶けていった。



-------------
20130413
  |


Back  
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -