懐にしまったお守りを服の上からぎゅうと握りながら、一心不乱に駆ける。目蓋を下ろしたマルコさんの遺体は、あの部屋に置いたままだ。彼を連れて行くことが出来ないのは遺憾だが、それでも彼の心や意志はここに。かつて彼から学んだことを思い返しながら、そこらを警備している神託の盾を一人捕まえて馬乗りになった。
自分でも少し驚くような冷め切った声で、男の首に爪をつきつけながら問う。
「失礼、左舷昇降口の場所を教えてくださいな」
「ヒッ……!」
息を飲んだ神託の盾は、恐らくまだ騎士団に入ったばかりなのだろう。命を握られている状況に声にならない悲鳴をあげ、そして震える指で先を指し示した。
ありがとう。
お礼を言って、頭に一撃を与えた。気絶させただけだ。じき起きるだろう。
彼が示した道を進むと、じきに甲板にたどり着いた。攻撃してくる魔物たちから逃げながら、左舷昇降口を目指す。早く、早く。頭にあるのはシュザンヌさまの笑顔と、マルコさんの最期と。シュザンヌさまはわたしの恩人。マルコさんは誰よりも尊敬する先輩だ。大好きな人から託されたものを、わたしは何があっても守らなければならない。
ルーク。
彼の名前を口ずさんだ。早く会いたい。早く安否を確認したい。先ほどマルコさんを見届けてから、わたしは彼が心配で心配で仕方がなかったのだ。それにイオンの安否だって気になる。わたしが放り出されたあと、彼はどうなってしまったのか。少なくとも、手を出されることはないだろう。なんせ彼は教団の最高責任者だ。
その声がどこかへ届いたのか。
ドォン!というけたたましい爆音に足を止めた。襲いかかってこようとしていたライガルが音に驚いて去っていく。どうやら爆源は下の艦内のようだ。もくもくと黒い煙が上がってくる。
また新たな敵だろうか。しかし敵はこのタルタロスごと狙っているように見えた。ならば艦を破壊するようなことは極力しない筈だ。ならば、一体。そこまで考えたところで、煙から出てくる人影に気がついた。数は……一、二、三。三人なら、どうにか相手にできないこともないだろう。ここまでの道のりで再び開きはじめている傷をちらりと見てから、鉄爪を構える。敵が先ほどのリグレットのような強者だった場合の退路を頭の中で組み立てて、それから先手必勝、わたしは煙の中に見える人影に飛びかかった。
「……ッ!」
――キィン!
鉄同士がぶつかる高い金属音。爪を弾かれたわたしは、くるりと一回回って後ろへ戻った。腰を低くし、いつでも飛びかかることのできる体勢を作る。敵の得物は槍らしい。
……槍?
そこでようやく思い当たった。槍の使い手がいる、三人組。もしかして、彼らは。
「……ルーク?」
体勢はそのままで、煙の中へと問いかける。その瞬間、一つの塊が勢いよくその中から飛び出してきた。長い朱の髪を揺らしながら駆けてきたのは、間違いなく。
「リア、無事だったんだな!」
「ルーク!……良かった……ッ!」
「うわっ!」
ヒールもあってそう身長の変わらない彼を、鉄爪をしまってから衝動のままに抱きしめた。時間にするとそう長くもないのに、何日も離れていたような感覚がする。良かった、本当に良かった。見たところ、大きな怪我もしていないようだ。
そのままぎゅうぎゅうと抱きしめ続けていると徐々に煙も晴れ、そこからティアと大佐、そしてミュウが姿を現した。彼らも幸いなことに大きな怪我は負っていないようだ。ルークからそっと離れ、彼らに向き直る。小走りで駆け寄ってきたティアにも声をかけた。
「リア、無事だったのね!……あなたもしかして、足を怪我してるの?」
「ちょっとしくじっちゃってね」
ティアがわたしの足に気がつき、慌てて治癒術をかけてくれようとする。しかし、きっと時間はないだろう。大佐に視線を向けると、わたしの意図を理解したらしくティアの肩に片手を置く。
「リア、まだ動けますか」
「はい」
「そうですか。……あなたの予想通り、事は一刻を争います。まずは左舷昇降口へ向かいましょう。話はその途中に」
「了解しました」
頷いて、再び鉄爪を出す。神託の盾の姿は非常停止したタルタロスの復旧に追われているのか少ないが、それでもグリフォンやライガルはまだまだたくさんいる筈だ。なるべく迅速に、避けられる戦いは避けながら進まなければ。深呼吸を一度して、気を引き締める。
そこでようやく、先ほどから黙りっぱなしのルークに気がついたのだ。
「……ルーク?どうしたの?」
なにやら様子がおかしい。何かを伝えようとして、しかし何故か戸惑っているのか、ちらちらとこちらを窺うルークに声をかけた。ルークは不安げに瞳を揺らすが、何を言うこともなく「何でもねー!」と一蹴してずんずんと先に進んでしまい、それをティアが追いかける。
わたしが離れている間に何があったのだろうか。大佐に視線を向けるが、彼は溜め息を吐いて眼鏡を押し上げるだけだ。……仕方ない、今はとにかく時間が惜しい。彼らがこれから何をするかは分からないが、少なくともこれが戦力差のあるあちらに奇襲をかけるチャンスであるのは間違いない。
わたしには、義務があるから。絶対に何があっても守らなければならないから。
わたしは地面を蹴って、今にもルークたちに襲いかかろうとしているグリフォンへと切りかかった。
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20130325