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 厚手の手袋を外し、まとめて籠に入れる。次いで首から肩にかけて巻いたストールをほどいて、コートを脱ぐ。それからてきぱきと服を脱ぎさると、鏡に映るのは無数の傷跡の残る自分の姿。白に近い肩甲骨の下まで伸びた銀髪を高くゆわきながら、見慣れた体が映る大きな鏡になんとなしに視線を向ける。一応これでもかなり減ったのだ。そう、これでも。
 中でも一際目立つ、わき腹に刻まれた大きな二つの傷跡をなぞる。筋肉の上に走るひきつったような傷跡は、嫌でも昔を思い出させる。……ああもう、ここのところどうにも感傷的でいけない。歳かしら、と浮かんだ嫌な考えを打ち消しながら、更衣室から早足で浴室に入り、疲れを多少なりとも流すことに専念した。














「チーグルの森?」

「ええ」



 髪を拭きながら部屋に戻ると、どうやら明日の予定は決まったようだった。チーグル、とは東ルグニカ平野の森に生息する草食獣である。始祖ユリアと並んでローレライ教団の象徴になっているのは、有名な話だ。



「ここのちょうど北辺りに、チーグルたちが住処にしている森があるの」

「へえ……。……えーと、一応聞くけど……発案者は?」

「ルークよ」

「よねえ……。あ、ティア、今なら丁度お風呂空いてるから、入ってらっしゃいな」

「ええ、そうさせてもらうわ」



 バチカルへ帰るための最短ルートを、何の目的や必要性なしにティアがずらすとは思えなかった。ティアにお風呂をすすめた後、思った通りねえ、と発案者に視線を向ける。ルークがムッ、とむくれて不満げに叫ぶのと、わたしの言葉に頷いてティアが部屋を出ていくのは同時だった。



「なんだよ!リアも文句あんのかよ!」



 わたしも、ということは一応ティアにも反対されたのだろう。まぁ、普通に考えると当たり前だ。ティアは折れてくれたみたいだけれど、恐らく言っても仕方ないと思ったのだろう。つん、とそっぽを向くルークは完全に臨戦態勢だ。
 ルークの額には赤い跡がくっきりと残っている。どうやら、先程のデコピンをまだ根にもっているらしい。子供らしい姿をかわいらしく思いながらもそんなルークの様子には気付かないふりをして、彼の質問に答えるべく口を開く。



「ある、って言えばあるんだけど……」

「なんだよ!」

「んー、じゃあ一応言うわね?一つは、わたし的にはあなたを早くバチカルに戻したい、ってこと。外は危険が絶えないし、いつ手に負えない強い敵が現れるか分からない。大きな怪我を負ってしまうかもしれない。…………それに、シュザンヌさまが心配なさっているのは間違いないもの。前科があるのよ、不安な日々をすごしておられる筈。もしかしたら、お体を壊してしまっているかもしれない」



 シュザンヌ様のところは、ドアの向こうに響かないように、ルークにしか聞こえないよう声を潜めて伝える。ティアはきっと、気にしてしまうだろうから。どちらにせよお屋敷についたら直面しないとならないのだけど、せめて旅をしているうちは気がかりは減らした方がいい。途端に、グッとルークの眉間に皺が寄る。そりゃあ、ルークも心配だろう。年頃なこともあり悪態だってつくが、たった一人のお母さまだ。それに彼は、シュザンヌさまがルークを心より愛していることをちゃんと知っているから。



「……んで、次は?」

「あと一つは、そうね。……何かやな予感がするのよねえ」

「あ?やな予感?」

「そう。やな予感」



 小さく息をつくと脳裏に浮かぶのは、あの陰険な軍人。あぁ、思い出すだけで頭痛がする。意味を理解していないルークが首を傾げていることだけが、唯一の救いだ。絶対にあの人をこの子に近付けたくはない。
 そもそも、何故彼がこんな農村にまで足を運んでいるのか。大佐職はそんなに暇なのか?……否、そんなことはありえない。キムラスカとマルクトは現在、一触即発状態と言っても過言ではない。少なくとも軍人は市民にもありありと分かる程いがみ合っていて、小競り合いだって起こっている。そんな状況で大佐職につく彼に暇が訪れるとは思わない。
 それに彼は今、導師と共にいる。ルークが言っていたことが本当ならば、導師は今行方不明の筈ではないか。だからこそ、ヴァンさまが一時ダアトに戻らねばならなかったというのに。

 一体、今何が起こっているのか。

 ……しかしまあ、それを今の自分が考えたところでどうにもならないだろう。知ったところで特にできることもない。今考えるのは、ひとつだけだ。



「……でも、ルークは犯人の証拠を探さないと納得しないんでしょう?」

「そりゃあいつらが泥棒だって証拠つきつけないとスッキリしねぇからな!」

「そう言うと思ってたから、言わなかったのよ。……いい?危険だと思ったら中断すること。これだけは絶対よ」

「わーったわーった!」



 これは絶対に分かってないだろうなぁ。
 苦笑いを浮かべながらくしゃりとルークの前髪を撫ぜる。なんだよ、と文句を言いながら払いのけはしない彼が愛しくて、わたしはティアが風呂からあがってくるまでずっと彼の鮮やかな髪を撫で続けていた。



「ん、あらおかえりなさい、ティア。髪の毛濡れてるわよ。乾かしましょっか?」

「え、ええっ!?」

「おいコラリア!!」


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大事にしたいひと。

20130205 加筆
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