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(三年前。ガイ18歳、リア23歳)




ベッドの中で身をよじると、ふわりと花の匂いがした。嗅ぎ慣れた匂いだ。穏やかな彼女にぴったりな匂い。

目を開けると、見慣れた自分の部屋の天井がうつる。今日は珍しく仕事が休みだから、もう少し寝ても許されるだろう。ペールにはだらしがないと言われるかもしれないが、昨晩は久しぶりに音機関に時間を費やしたのでまだ眠気は覚めない。

再び眠りにつくべく、体を横にする。瞬間、視界に映る銀。



「うわぁ!?」



ガタッと音をたててしまってから、リアが眠っていることに気付いて口を押さえる。
成る程、さっきから感じる花の匂いはこれか。ペールの育てている花も部屋にはたくさんあるが、彼女が纏う香りとは僅かに違う。取り扱っている花が違うのか、また違う何かなのかは、花に疎い自分には分からないけれど。

すぅすぅと穏やかに寝息をたてるリアは、まるで子供のようだ。普段は自分よりも全然大人で、姉のような存在である彼女。そんな彼女が、今は無防備に眠っている。

俺の部屋に遊びにきたリアは、きっと眠る俺を見ているうちに自分も睡魔に負けてしまったのだろう。こんな無防備な彼女は珍しくて、俺はまじまじと寝顔を見つめてしまう。

目の下に、うっすらと隈ができていた。また無茶をしているんだろう。彼女の経営している花屋が繁盛するのは喜ばしいことだが、それでも無理をするのはよくない。
薄い目の下の皮膚に指をそっと這わせると、リアが、ん、と小さく声をあげて身をよじった。体がこちらに寄る。
更に近付く花の香りに焦って離れようかと思ったのだが、ヘタに動くと彼女が起きてしまうのではと考えてしまいそれは叶わない。嫁入り前の成人女性と同じベッドに入るのはどうなんだろうかという問題もあるのだが、彼女はリアだ。姉のような友人。彼女も俺を弟のようにしか思っていないだろう。



「……綺麗だなぁ」



こちらを向いて寝息を立てるリアの顔に、銀糸の髪の束が流れている。邪魔だろうと思い起こさないように注意しながら払ってやると、眠る彼女の表情が僅かに緩む。
彼女がいつも巻いているスカーフもとってやろうかと思ったが、流石にそれはよくないだろう。付き合いは長いが、俺は今まで一度もリアがスカーフをとったところを見たことがない。それに何だ、勝手に女性の衣服(の一部)をとるのはよくない。何が、とは言わないが、よくない。それ程きつく巻いている訳じゃないから、大丈夫だろう。

花の香りに、段々と体の力が抜けていく。リアには安眠効果があるのかもしれない、なんて馬鹿なことを考えながら、蹴り飛ばしてしまったらしい薄い毛布を引っ張って半分リアにかけてやる。
いつの間にか服を握られていることに気付き、笑ってしまった。普段はあんなに大人なリアが、まさかルークみたいなことをするなんて。相変わらず穏やかに寝息をたてている彼女は、一体どんな夢を見ているのだろうか。
自分も毛布に肩まで入って、リアの方を向いたまま目を閉じる。

起きたら、きっとリアは謝ってくるだろう。そんなリアを、少しからかってやろう。彼女をからかうなんて、なかなかできるものじゃない。
そしてその後、ルークには内緒で彼女の家に遊びに行こう。そのくらいの我が儘なら、きっとリアは許してくれる。もしかしたら、リアは最初からそのつもりかもしれない。


だって今日は、俺の誕生日。


ふと今、思い出した。驚いたことに、忘れていたのだ。そうか、だから今日は珍しく休みをいただけたのか。俺にとってはこの上なく忌々しい日。こんなに穏やかな気持ちで過ごすのは、初めてだ。
これも、彼女のお陰だろうか。もちろんリアにはそんなつもり、露ほどもないだろう。それでも、



「――ありがとう、リア」



ベッドに沈みながら告げると、リアが俺の服を握る力が僅かに強くなった気がして、頬が緩む。まるで、答えをもらったみたいだ。
さて、俺も寝よう。きっと悪い夢は見ないだろう。優しい花の香りに包まれながら、目を閉じる。

ああ、これ、ケーキの匂いだ。

花の香りに混ざる甘い匂いに気付き、くすぐったくなる。起きたらケーキだなぁ、なんてぼんやりと考えている内に、俺は眠りに落ちていた。



「――誕生日おめでとう、ガイ」



だから、さらりと髪を撫でた手が現実なのか夢なのかなんて、確かめる術はないのだ。



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ペチュニアの花言葉「あなたがいると心が和む」
ガイおめでとう!
ガイにとっては間違いなく忌々しい日なので、いつものようで、いつもより少し穏やかにすごしてもらいました。
この後は二人でリアが作ったケーキを食べていつもみたいにお喋りして、ちょっと帰りが遅くなってルークに拗ねられるんだと思います。

あとガイがリアを『彼女』としているのは、彼がまだ分かってないからです。
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