美しい男は俺を見つめている。静かに、しかし憎悪に溢れた目で。

「去ったお前を待ち続けて待ち続けて、やがて粉々になるその瞬間まで私はお前を信じて待っていた。今更、来たとてもう遅い」

男は口を開いた。そこにはまるで肉食獣のように鋭い牙がずらりと並んでいた。俺は息を飲み、ぞっとするような笑みを浮かべている化けものから逃げようと踵を返して走り出そうとする。

「逃がさぬ、もう二度とお前を逃がしたりはせぬぞ!」

嘲笑うような声と共に、何かに躓いて俺は地面へと倒れ込んだ。持っていたビニール袋の中身が散乱する。しかし、それに構っている余裕はなかった。

ちりんと耳元で音がする。俺は震える体を叱咤して体を起き上がらせると、躓いた何かを見る。それは、子供の頃に何度も見た石でできた狐の頭部であった。ぎょろりと狐の目が開き俺を恨みがましそうに見る。ぐぐぐっと開いた口の中には無数の牙。

俺は悲鳴をあげて立ち上がろうとした。すると、追いついた化け物に背中を踏みつけられたのだろう。背中に加えられた重さに再び地面に逆戻りする。肺へと容赦なく加えられる力に呻く。

「私は砕け、全ての力を失った。そうして残ったお前への恨みが神の使いたる私を畜生へと変えたのだ。嗚呼!私の嘆きなぞお前には理解できるまい。」

化け物は吠えるようにそう吐き捨てるとさらに踏みつける足に力を込めた。みしみしと肋骨が軋んで俺は痛みに叫ぶことすら出来ず、ひゅうひゅうとかすれた息を漏らすだけ。

「待っていた、お前を、お前だけを。何年も、何年も、何年も!生きたまま八つ裂きにし、臓物を引きずり出して骨すら残さず食ろうてやろうと。それだけを考えて私は畜生に堕ちながらも存在していたのだ!」

化け物は俺の背中から足をどけると、一瞬の間に俺を仰向けへとひっくり返した。ぞっとするほど美しい顔の中の、切れ長の一重の目が俺を見る。

「お前は忘れたのだろう。さすが、人間よな。…しかし、私は一瞬たりともお前のことを忘れた事はなかった」

そう言って化け物は俺の身体を挟むようにして膝をつき、顔を近づけた。間近で見た瞳は赤く、さらりと揺れる髪は白。

「毎日、毎晩、お前を思い、思った分だけ恨みは募る」

化け物は冷たい手で俺の頬を撫で首まで辿ると、片手で首をぐっと締め上げた。

「っぐう…!」
「お前の肉はどのような味がするのか。お前の血はどのような香りがするのか。いつしかそればかりを考えるようになった」

べろり、と締め上げられる苦しさに呻く俺の頬を真っ赤な舌で舐め上げる。

「お前の肉は甘かろう。お前の血は何より私を酔わせよう」

化け物は真っ赤な目を細めて、うっとりと微笑んだ。

「あの日の約束を果たそう。喰ろうてしまえば、お前は二度と私の傍から離れまい」

ちりん、と鳴った鈴のなんと悲しい音か。両手を首にかけた化け物は、俺の顔を覗きこみ、そして何故か悲しそうな目で俺を見るのだった。






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