鬱蒼と茂る森の中。わんわんと響く鈴の音は止まない。しばらく歩いた末に、俺は立ち止まった。

「やあ、」

石像があった筈の場所に、男が一人立っていた。はっと、誰もが息を止めて見てしまうような美しい男だ。俺は一瞬、目を細めて笑う男に見惚れ、やがて我に返ると慌てて男へと近づいた。

「すみません。地元の方ですか?実は森で迷子になってしまって、狐の石像を探しに来たんですけど…」

これを逃したらアウトだと、俺は必死に男へとすがり付くように声をかけた。男は笑みを崩さぬままじっと光彩の薄い瞳で俺を見つめる。

「今、お前は狐の石像と言ったか」
「はい。ここら辺にあった筈なんですけど。俺、お参りに来たのに途中で迷っちゃって」

20歳を過ぎた男が迷子になっている事への気恥ずかしさから頭を掻く。男は目を細め笑みを浮かべたまま、じっと立っていた。まるで観察するかのように見つめてくる男に俺は少しだけ関わったことを後悔する。

「狐の石像を探している、ね。お前は面白いことを言う」

ざわり、と森が揺れた。今は真夏である筈なのに、ひんやりと急に空気が冷えたように感じる。俺は口許を吊り上げて笑う男の不気味さに、思わず一歩後ずさった。男は怯えている俺に気付いたのだろう、くすくすと笑みを漏らす。

「お前から離れたくせに、忘れたくせに、今になって何故探すのだ?探していったいどうする?その手に持った供物でも捧げようと言うのか」

ちらりと俺の持っているビニール袋に目をやると、男は詰るようにそう吐き捨てた。ぞわりと肌に鳥肌が立つ。不思議な色をした男の目に囚われたように、俺はその場から動くことが出来なかった。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。






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