薄暗い森の中には、古びた狐の石像が立っている。おきつねさまは守り神なんだから大切にしにゃいかんと、子供の頃はよく祖母に言われるまま、果物やらどんぐりやら自分の宝物をお供えしていたものだ。不思議なことにお供えしたものは次のお参りの時には消えていて、本当に狐の神様はいるのだと当時の俺はひどく驚いた。今思えば、きっと誰かが処理していたのだろうけれど。

祖母が亡くなったことで、両親と俺は住んでいた田舎を出て、都会へと移り住んだ。それ以来、俺は今日に至るまでこのおきつねさまの像のことをすっかり忘れてしまっていた。小さな頃はあんなに足しげく通ったと言うのに。

祖母と一緒に住んでいた家を取り壊すことが決まったのはつい先月だった。小さな頃からの思い出が詰まっている家を壊したくないと渋っていた父親がついに母親によって折れたのだ。 家の掃除は知り合いの人に定期的に行ってもらっていたらしいが、家具などの荷物は残ったままだという。そこで、夏休み真っ最中の俺が家財道具の整理に駆り立てられたのだった。

「ちゃんとおきつねさまに挨拶しに行くんだぞ」

そうして田舎へと旅立つことになった俺を駅まで見送りにきた父が言った言葉で、俺は狐の石像のことを約十年ぶりに思いだし、こうして森の中へとやったきたのだった。

「おかしいなあ、」

果物の詰め込まれたビニール袋をもって森を歩くこと一時間。昔の記憶を頼りにしてみたものの、一向に狐の石像は見当たらない。子供の頃は一度だって森のなかで迷うことなどなかったのに。携帯を取り出してみても、圏外と表示されるばかりで、日も暮れかかってきている。俺は辺りを見回してため息をはいた。母親に言い負かされて来たものの、やっぱり意地でも来なければ良かったと早速後悔し始めていた。

ちりん

大きな木にもたれ掛かって途方にくれていると、何処からか鈴のなるような音がした。懐かしい音色に、地元の子かと辺りをきょろきょろと見回すが薄暗くなってきた森の中にはやはり誰もいない。

ちりん、ちりん

今度は先程よりも大きな音だ。俺は木から背を離すと、鈴の鳴った方へと歩き出した。呼ばれているような、いかなければいけないような、そんな不思議な気持ちになったのだ。鈴の音は森の奥から聞こえているようで、これ以上進むのはやばいと、そう思っているのに歩くのをやめられない。

ちりん、ちりん、ちりん、

やがて歩き続けていると、何処か見覚えのある古ぼけた鳥居が現れる。俺はそれを見たことがあった。祖母と一緒にお供え物を持っていくとき、必ず此処をくぐっていた覚えがある。俺は低めの鳥居をくぐった。がさり、と持っていたビニールが揺れる。

ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、ちりん

鳥居をくぐった瞬間、まるで蝉の声が一斉に降り注ぐように四方八方から鈴の音が鳴り響いた。まるで笑うように、又は警告音のように。俺は顔をしかめながら、それでも歩いた。記憶が正しければもう少し歩いた先に、あの狐の石像はあった筈だ。







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