慟哭



「今日はやけに激しいですね」

腰を穿つ律動を止め、ギシリと寝台を軋ませると、組み敷いている青年を覗き込んだ。

しっとりと汗をかいた貌に妙に艶っぽい表情を浮かべている青年―…隼は、にこりと微笑みながら視線を此方に向けている。

随分と余裕ではないか、そう皮肉を込めて言ってやるが、それでもその顔色を変えずに隼はいえ、と其れを否定したので、無意識の内にフンと鼻を鳴らしてしまった。

何が、否だと言うのだろうか。平素であれば、もう無理だのやめてくれだのと喚きながら、良いのだか止めて欲しいのだか良く分からん喘ぎ声をひっきりなしに立てるか、グッタリして気を失ってしまうかのどちらかであるのに。此の余裕は一体何処から湧いて来るのだろう。

気に食わん、そう言って心の中で密かに舌打ちをした。

それにしても。…―何故だろうか、自身でも分かる程に今日は余裕がないのだ。

部屋に充満した体液のにおいのせいなのだろうか。それとも、本能を掻き乱すような隼の嬌態のせいなのだろうか。
いや、本当は分かっている筈だ。それらが一番の理由に成り得ないという事は。

巡らせている思考を知ってか知らずか、青年は不安そうに表情を曇らせている。やがて彼は小さく口を開いた。

「何かあったんですか…?」

ワシズ様、と耳元で囁いたかと思えば、スリ、と体毛の薄い脚を悩ましげに擦り寄せてくる。理性を逆撫でするようなその動作に喉を鳴らすと、無遠慮に隼の細い腰を引き寄せ、強く打ち付けた。

「っ!」

途端に一際熱い息が上がり、脱力し始めた青年が離れたくないといった具合に縋り付いてきたので、此方も頼りない腰に指を添えて抱き寄せてやる。

乱れていた隼の呼吸がゆるゆると落ち着きを取り戻し始め、漸く身体が外気の冷たさを意識し始めるようになった頃、青年は徐に口を開いた。


「…ねぇ、今日は月が綺麗です」


少し外を歩きませんか、青年が続けた。そんな事を言うものだから、上体を後方に捻って寝室の小窓を覗くが、己の位置からは見えぬのだろうか。月など何処にも見当たらない。月影ですら床に零れていないのだ。何もないぞ、と言うと、ほら、彼処にあるじゃないですか、と青年は小窓の上あたりを指で指した。

指の先を目で追ってみるがやはり何も見えなかった。あるのは闇に溶け入りそうな黒い木立だけである。

隼の赤褐色の瞳は、何を映しているのだろうか。ワシは隼の瞳を探るように覗き見る。
この瞳は、何を知っているのだろうか、

何時と異なる態度といい、言葉といい。何だか全てが意図的なものであるようにしか思えないのだ。

―それならば。

今ここで、お前とはしばらく会えないなどと言ってみたら、どうなるのだろう。彼は微笑んで送り出すのだろうか、彼は引き止めるのだろうか、それとも泣いてせがむのだろうか。喚いて―…何処にも行くなと?

餞の言葉であろうが海をせき止める防波堤のようなものであろうが、全て自分に向けた感情がその言の葉に籠もっているのであれば、それも一興である。

ここまで考えていると、つい自嘲的な笑みが零れてしまう。

(それは、ただワシの決心を渋らせてしまうだけであるのに)

手放したくない物はどうしてこんなに愛しいのだろうか。僅かに呼吸を置くと、自身でも驚く程に言い訳じみた言葉が吐き出された。


「今は外に出る気分ではない」

せめて今日だけは少しでも長くお前の体温に触れていたいから。お前の記憶を少しでも多く刻んでおきたいから。

幻想の月光を浴びた青年は何を感じ取ったのだろうか。青年は寂しそうにはにかむと、凛とした声で、はい、とだけ短く答えた。


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