(14日、夕焼け、昇降口にて とリンクしています)




春の香りが鼻腔を擽り始める3月。暖かな陽気に機嫌よく自転車のペダルを漕ぐ。自転車を走らせながら、今日決行するサプライズのシチュエーションを頭の中で何度も繰り返した。

1ヶ月前、俺は臨也からチョコを貰い、めでたく付き合うことになった。「ホワイトデーは、倍返しね」と可愛くないことを頬を真っ赤に染めた可愛い顔で言う臨也が昨日のことのように思い出せる。バレンタインやホワイトデーという恋人のイベントに無縁だった俺は散々頭を悩ますことになった。悩んだ末、俺は一つのサプライズを思い付く。倍返しどころか100倍返しくらいだ。臨也は喜ぶに違いねえ。
準備は、完璧だ。





「おはよう、シズちゃん!」

チャリを自転車置き場に止めていると、臨也の声が聞こえた。サプライズのことを悟られないよう、なるべく平静を装う。

「はよ」
「ねえねえ、シズちゃん、早速だけど問題です」

綺麗に弧を描いた唇に人差し指を宛てて片目を瞑る臨也は可愛いが、嫌な予感がした。臨也は恐らく……。

「今日は、何の日でしょうか?分かるかな?分かるよねえ?」

やっぱりな。
コイツにはホワイトデーのお返しをねだるという行為について何の恥じらいもプライドも持ってねえようだ。

「あ?今日何かあったっけか?あー…、英語の小テストとか言ってたな……」

自転車に鍵を掛けながら、俺は何も知らない風を装って的外れなことを言った。
臨也のことだから、「シズちゃん、それ本気で言ってるの?だとしたら頂けないなあ。一ヶ月前、君は俺からチョコを奪ったじゃないか。今日はそのお返しをする絶好の日だよ?何か俺に言うことはないかな?」とかなんとかごちゃごちゃと御託を並べながら今日がホワイトデーなんだと言ってくるに違いねえ。
しかし臨也の方に視線を向けると、何かに耐えるように唇をきゅっと固く結び眉をハの字に下げている姿が目に入った。心なしか目も潤んでいるように見える。

「……そうだね。今日は英語のテストがあるんだった。すっかり忘れてたよ」

そう言った臨也は笑っていたけど、酷く悲しげだった。ズキ、と胸が痛むが、ここで種明かしをしたら全てが水の泡だ。今、臨也は傷付いてるかもしんねえ。今日を楽しみにしててくれたのかもしんねえ。
でも、大丈夫だ。俺が今日に向けて計画を立てていたと知ったら――……サプライズが成功したら、きっと臨也は喜んでくれる。
満面の笑みを咲かせて、「ありがとう」と言ってくれるだろうと信じて、俺は喉まででかかった「ホワイトデー、用意してあるに決まってんだろ」の一言を飲み込んだ。





朝から臨也との間には微妙にギクシャクした雰囲気が流れているが、心の中で謝りつつも俺は白を通し続けた。
4時限目が終わり、やっと昼休みだ。臨也を早く喜ばせてやりたいと気持ちばかりが焦り、時間が過ぎるのが遅く感じる。
弁当を用意していると、ふと机に影が差した。顔を上げると、一人の女子生徒が目の前に立っていた。

「平和島くん、例のことなんだけど……、これ、渡しておくね」
「ああ、無理言って悪いな」

机の上に置かれた鍵。俺はそれを受け取り、制服のズボンのポケットに忍ばせる。

「ううん、大丈夫大丈夫!ただ、内緒で持ってきたから、他の人には言わないでね?それより、喜んでくれるといいね。成功祈ってるよ」
「おう。ありがとな」

女子生徒が立ち去って直ぐに臨也が弁当を持って俺の席に寄ってきた。少しの怒りを交えた表情を浮かばせながら。

「シズちゃん、今の子とあんなに仲良かったっけ?何話してたかは知らないけどさあ……」
「あー……仲良い、っつか……」

あの女子生徒は被服部の奴で、今回の計画には不可欠な存在だった。しかしサプライズを成功させる為には素直に答える訳にもいかず、曖昧に口ごもることしか出来ない。

「しかもあの子さあ、バレンタインにシズちゃんにチョコあげてた子でしょ?」

臨也の言っていることは確かだ。でもあの時、俺はきちんと断ったし、あっちも何事もなかったかのように普通のクラスメートとして接してくる。だから俺も被服部の彼女に協力を求めた。臨也の思っているようなやましいことなんて何一つない。ヤキモチを妬いている臨也はそれはそれで可愛いけど、今それを言ったら火に油を注ぐだけだ。鈍感な俺でもそれくらい分かる。

「……後でちゃんと説明すっから」
「へえ?何で今説明出来ないのさ?教室だから?皆に聞かれたら困るのかな?」
「んな訳あるか!違えよ!」
「じゃあ教えてよ。あの子と何話してたの?」
「……そ、れは…」

自分でも分かるほど、今の俺は挙動不審だ。

「分かった、もういい……」

臨也は深く溜め息を吐き、弁当を持って教室から出ていってしまった。
今すぐ追い掛けてやりてえ。
ごめんな、臨也。放課後に全部話すから。
今日何度目か分からない心の中での謝罪をし、俺は臨也が出ていった教室のドアを見つめ続けた。





昼休みが終わってから、臨也は露骨に俺を避けていた。それだけ嫌な思いをさせちまったんだと思う。早く誤解を解いてやりてえ。
放課後になり、臨也に声を掛けようと教室を見渡したが、見当たらない。

(あいつ、先に帰りやがった……!)

慌てて廊下に飛び出すと、肩を落としてとぼとぼと歩く臨也の後ろ姿を見つけた。

「臨也!」
「……っ!」

止まるかと思いきや、俺に気付き走り出す臨也。
ここで臨也を逃がしたら、臨也の機嫌を損ねてまで隠してきたサプライズがパァになる。

「待ちやがれ!」

距離がそんなに離れていなかったから追い付くのは容易かった。ぱしっ、と臨也の腕を掴む。

「離せ!」
「離すか!ちょっと付き合え!」
「何でそんなに偉そうなんだよ!?俺怒ってるんだけど!」
「うるせえ!知るか、よ!」

また逃げてしまいそうな臨也を無理矢理抱き寄せ、姫抱きする。

「な……っ!降ろせ!ばかばか!」
「いいから大人しくしとけ」

暫くばたばたと暴れていた臨也だったが、軈て諦めたように大人しく俺の首に腕を回してきた(視線は合わせてくれなかったが)。
被服室の前に着き、ポケットから鍵を取り出す為臨也を降ろす。

「逃げんじゃねえぞ」
「……分かったよ、逃げたら後々面倒だしね……、っていうか被服室なんか開けてどうするのさ?」
「見てからのお楽しみ」
「……何それ」

ガラっ、とドアを開けた瞬間、眉間に皺を寄せたままだった臨也の表情が変わった。

「これ、臨也に着せたくて用意してたんだよ。今日、ホワイトデーだろ?」
「……嘘、何、これ……」

吸い込まれるように被服室に入った臨也は、その白い布地に手を触れながらただただ驚いていた。

「何って見りゃわかんだろ?……ウェディングドレス、だ」

そう、俺からのホワイトデーのお返しはウェディングドレス。もっと言えば、ウェディングドレスを着た臨也にプロポーズをするまでが計画の内だ。

「これ、どうしたの……?」
「昼休み、あの女子と話してたのはこのことだ。被服部が演劇部の衣装の為に作ったっていうこのウェディングドレスを借りれないか交渉して、被服室の鍵も預かってた」
「なん、だ、そういうことだったんだね……、俺、勝手に勘違いしてた……」
「驚かしたかったからよ、説明出来なかったんだ……。不安にさせて悪い」
「ううん、ありがとう……」

ふわりと微笑む臨也。その可愛らしい笑顔につられて俺も笑みが浮かぶ。
早速着てみろよ、と言おうとしたが、ふと予想していなかった光景に気が付き、驚きの声が出てしまった。

「何だ、それ?タキシード……?」

ウェディングドレスの傍に、タキシードも用意してあったのだ。俺が頼んだのはウェディングドレスだけだった筈。意味が分からず首を傾げていると、臨也のクスクスという笑い声が鼓膜を揺らした。

「ふふっ、これね、俺が頼んでおいたの」
「……は?」

更に深まる謎を、臨也は楽しげに解説し始めた。

「うん、被服部のあの子にね。いやあ、驚いたなあ、まさかシズちゃんがウェディングドレスを用意してくれるとはさ。それを聞いた時は嬉しくて涙が出ちゃった。それで、俺も折角だから何かサプライズしてあげたいなって思ってさ。ウェディングドレスと合わせてタキシードを用意して貰ったってわけ。あ、シズちゃんの計画を誰に聞いたかって?被服部のあの子ね、俺の信者でもあるんだ。吃驚した?」
「な……っ!じゃあ、初めから知ってたのか!?」
「うん。サプライズ、大成功」

にっこりと臨也は笑う。俺は開いた口が塞がらない。

「じゃあ俺の計画は無駄だったってことかよ!」
「まさか。違うよ。俺はシズちゃんのサプライズを踏みにじりたかった訳じゃない」
「……?」
「俺は、完璧主義者なんだよ。花嫁がいるなら、花婿もいなきゃ……ね?」

少し頬を赤らめて照れくさそうにタキシードを差し出す臨也。

「ったく、まさかサプライズをサプライズで返されるとはな」

タキシードを受け取りながら、こいつには一生敵わねえな、と思った。








タキシードに着替えた俺は、ウェディングドレスに苦戦している臨也の着替えを手伝った。確かにこれは一人で着れねえな。

「よし、出来たぜ」
「ありがとう、シズちゃん」

後ろを向いていた臨也がくるりとこちらに向き直る。
ドキ、と高鳴る心臓。
真っ白なウェディングドレスに身を包んだ臨也は、まるでどこかのお姫様のようだった。

「……どう、かな?」
「すげえ、綺麗だ……」
「シズちゃんも、かっこいい……」
「……っ」

急にいじらしくなった臨也がたまらなく愛しくなって、思いきり抱き締めた。

「臨也、好きだ……。指輪はまだねえけど……、いつか、本当に俺のとこに嫁に来いな?」

俺のプロポーズを受けた臨也は、満面の笑みを咲かせてこくりと頷いた。


まあ、色々と予想外のこともあったが、この笑顔が見れたということは、俺のサプライズは成功と言っていい……よな?






























20110319
ハッピーホワイトデー!


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