(モブの女の子が少しだけ出てきます)





「何だ、これ」

朝の昇降口。シズちゃんは自分の下駄箱を不審な目で見つめながら呟いていた。丁度俺もシズちゃんと同じタイミングで登校した為、独り言を言っている彼に出くわしたのだ。
当然いつものようにちょっかいを出しにいく俺。

「シーズちゃん、どうしたの?下駄箱荒らされた?イジメ?もしかしてイジメにあってるの?ははっ、それはそれはご愁傷様」

俺に気付いたシズちゃんはぴくりと眉を動かしあからさまに不機嫌な顔になった。それでも無視をするということを知らないシズちゃんは答えてくれる。

「あ?イジメ?何言ってんだ、違えよ。下駄箱にこれ入ってた」

これ、と目の前に突き付けられたのは中が見えるタイプの透明の袋。閉じ口をリボンで綺麗に包装されたそれの中身は、

「……チョコレート、じゃん、それ」
「は?何でそんなもんがここに……」

首を傾げるシズちゃんと、全てが分かってしまった俺。

今日は2月14日。バレンタインデーだ。好きな人にチョコレートをあげる日。シズちゃんの下駄箱にチョコを入れた生徒は、恐らくシズちゃんを相手に直接渡す勇気はなかったのだろう。“遠くから見ていたい”、シズちゃんをそういう目で見ている女子生徒が何人か居ることは知っていた。
まあ、顔は整ってるし、意外と優しいところもあるし、ね。

……でも敢えて、シズちゃんには教えないことにした。

「さぁね、いくら俺でも知らないよ、そんなこと。新手のイジメじゃない?毒とか入ってたりしてねー。ああ、でも化物のシズちゃんは毒も効かなさそうだよねえ」
「ごちゃごちゃうるせえぞ、臨也ぁ……。朝から俺を苛々させんじゃねえ!」

にっこりと笑みを浮かべてシズちゃんを煽ると、シズちゃんは青筋を浮かべて手にしていた袋を握り潰した。勿論、中に入っていたトリュフはぐちゃりと形を崩し、一瞬にして醜い姿になる。
俺はそれを見て更に笑みを深めた。シズちゃんの下駄箱にチョコを入れた奴、ざまあみろ。

「あはっ、シズちゃんの顔こわーい!」

クスクスと笑いながら俺はその場から離れ、教室に向かった。

「あ、手前、待ちやがれ……!」
「ほらほら、早く教室行かなきゃ遅刻だよー?」
「言われなくても分かってる!チャイムに間に合わなかったら手前のせいだからな!」
「何それ、責任転嫁よくないよ。カッコ悪いよ」

シズちゃんが走って追いかけてきたものだから、追いかけっこをしながら会話をしつつ教室まで走る。

俺とシズちゃんがほぼ同時に教室に入った瞬間、チャイムの音が鳴り響いた。
同時に、とある女子生徒がシズちゃんの方に期待と不安の混じった視線を注いでいることに気付いてしまった。





朝のHRには間に合ったが、俺は一時間目の授業をサボることにした。シズちゃんにチョコをあげた生徒が同じ教室内に居たらと思うと、授業に出る気分にはなれなかったからだ。

「まさか俺以外にシズちゃんにチョコをあげようとしてた奴がいるなんてね」

誰に言う訳でもなくぼやく。
屋上へと繋がる階段に座り、薄汚れた天井を見上げた。外の外気が屋上の扉の隙間から流れ込み、少し肌寒い。しかし暫くここを離れる気にはならなかった。
天井から自分の上履きの爪先に視線を移すと、気分まで急降下してしまった。

俺は、シズちゃんが好きだ。
本人を目の前にすると今更素直になれなくて、いつも喧嘩腰になってしまう。
でも今日は……今日こそは素直になろう、そう思っていた。チョコレートを渡そうと、考えていた。
でも俺が渡してシズちゃんは受け取ってくれるだろうか?結果として、今朝シズちゃんに潰されたトリュフのようになるんじゃないか。皮肉にも、俺が用意したのもトリュフだ。
その前に、シズちゃんにあの女子生徒が近付いたらどうしよう。下駄箱にチョコを入れたのは私です、とあの生徒がシズちゃんに告げたら?シズちゃんはどう答えるのだろう。今まで愛されることに無縁だった化物は、他人からの愛情に触れたらどうなってしまうのだろう。
嬉しいに決まっている。もしかしたら付き合ってしまうかも……。

「……っ、ああ、もう……!」

自分の口から飛び出す痛嘆の声。
嫌な方へ嫌な方へと考えてしまう。ナイフで抉られたように胸が痛い。
俺はこんなに弱い人間じゃなかった。全部シズちゃんのせいだ。
シズちゃんのせいで苦しくて、辛い。
階段の端に移動し、冷たい壁に身体を委ねて瞼を閉じる。こうしていると頭が冷やされる気がした。けど、実際は頭はこんがらがったまま。
時間は過ぎる。
どうしよう、どうしよう、と気持ちばかりが焦る。
一時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ったが、俺はその場から離れなかった。





そのまま一度も授業に出ずに昼休みを迎え、そして放課後になった。校内に人の気配が少なくなった気がする。生徒達の話し声も笑い声も聞こえない。多分もう教室に残っている生徒は居ないだろう。シズちゃんも、帰っちゃったかな。

「……帰ろう」

腰を上げると、長時間座っていたせいで脚がフラついた。身体もすっかり冷えきっている。
もたつく脚を叱咤しながら自分の教室に向かう。
廊下の窓から見える夕焼けは、泣きたくなる程綺麗だった。
教室に近付くと、話し声が聞こえてきた。ドアは閉まっているけど、静かな廊下に響いている。

「朝のチョコ、受け取ってくれた?」

女子生徒の声だ。
あー、嫌な予感がする。きっと女子生徒と一緒に居るのは、

「あ?朝?お前が俺の下駄箱にチョコ入れたのか?何で?」

シズちゃんだ。
予感は的中。ドクン、と心臓が大きく跳ねた。いけないと思いつつ、聞き耳を立ててしまう。

「何で、ってバレンタインだから……」
「バレンタイン……?」
「本当は下駄箱に入れるだけで満足だったの。でもやっぱり、直接言いたくて……」
「……言いたいことって、何だよ?」
「うん、私ね……平和島くんのこと……」

もう、限界だった。
ガラッと派手な音を立ててドアを開け、教室に入る。
シズちゃんと女子生徒が驚いたようにこちらを向いた。

「折原くん!?」
「……臨也」
「お邪魔して悪いね。でも鞄取りに来ただけだから。どうぞ続きでも何でもするといいよ。ああ、噂とか流すつもりはないから安心して。あ、でも君達が付き合うことになったら自然と噂になるかもね?周り公認のカップルってやつ?あはは、おめでとう。じゃあねー」
「おい、臨也……!」

俺は自分の席に置いたままだった鞄を掴み、ひらひらと手を振っていつもの調子で言葉を紡ぎながら二人に背を向ける。
シズちゃんが俺の名前を呼んだ気がしたけど、一度も後ろを振り返らずに昇降口まで走った。

誰も居ない昇降口に辿り着いた俺は、鞄からそっとチョコレートを取り出してシズちゃんの下駄箱をそっと撫でる。

「……シズちゃん、俺のも、受け取ってね」

彼の名前を口にした途端、隠していた感情がぶわっと溢れてきてしまった。
今頃、あの二人は教室で何を話し、何をしているのだろうか。
もう俺には関係ない。下駄箱にチョコを入れるだけ。せめてそれだけは、許して。
そしたら諦めるから。

「臨也!!」

下駄箱を開けようとした手が愛しい声によって制止された。

「シズちゃん……?」
「手前、何で今日授業に出なかったんだよ?」
「シズちゃんには関係ないでしょ」
「じゃあそのチョコは何だよ?俺の下駄箱の前で、何してんだ?俺の下駄箱に何かしようとしてたんなら、関係なくはねえだろ」

真っ直ぐと射抜くようなその視線に耐えきれず、思わず目を逸らしてしまった。
それでもこの口は素直になろうとしない。

「……っさい、うるさい!!シズちゃんこそ、あの女置いてきたの?最っ低だね」
「断った。チョコも返したよ。潰れたチョコ返したら、泣かせちまったけどな」
「え……」

シズちゃんの言葉に驚いて思わず顔を上げた……、けど、目が合った瞬間後悔した。
心臓が激しく脈打ち、身体全体が心臓になってしまった感覚。

「今日、バレンタインなんだってな。俺は、そういうのは本命から貰えればいいしな」
「意味が、分からないよ……」
「これ、俺にくれるんだろ?」

ひょい、と俺の手にあったチョコを奪うシズちゃん。
少し意地の悪い笑みを浮かべたシズちゃんは更に言葉を続けた。

「手前の誤解を解くために追いかけてきたらよ、臨也が俺の下駄箱の前で何か可愛いことしてっから、……俺、気付いちまった」
「何を……」
「手前が、俺を好きだってよ」

ガタン、とシズちゃんが下駄箱に手をつき、俺の脚の間に膝を入れて顔を近付けてきた。
逃げようにも逃げられない。
この場からも、この男からも。

「シズちゃんは、俺のことどう思ってるの……」
「先ずは手前の気持ち聞いてからだ」
「……ッ、意地悪!ばかっ!」
「それが手前の本当の気持ちか?」
「…………すき、だいすきだよ、ばかぁ……!」

告げると同時に、ぐいっと抱き締められ、耳元で告げられる。

「俺もだ、……ばか」

その言葉を聞いて、胸がきゅう、と締め付けられた。
嬉しくて視界が滲む。

「シズちゃん、シズちゃん……っ、受け取ってね、俺のチョコ……」
「ああ、大事に食うよ。ありがとな」

やっと素直になれた。
やっと通じ合えた。

あ、あと一つ言い忘れてた。
ねえ、シズちゃん。

「ホワイトデーは倍返しだからね?」




























20110214
ハッピーバレンタイン!



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