Interruption [12/13]
「縁ってモンは、」
その全てを言い切らず、右手を持て余す男は長方形の窓から夜空を仰ぎ見ていた。月が隠れた満天は水平線まで続いていて、空の下の街などちっぽけなものだと静かに唱っているかの様だった。
「不思議だよな…っとに。」
冷たいベッドに腰掛けている若者の声は、酷く疲れてしまった後の溜息によく似ていた。ひとしずくの憂いをぽとんと皺の寄ったシーツに落として瞳を伏せる。
突然ふわりと灯ったら、次の瞬きの後に横風に飛ばされていってしまった。まるで流れ星みたいな巡り合わせだった。
たまゆらを想う寂びしさを一体何処に向ければいいのだろうか。気付いて、大切にしたいと願い手を伸ばした時にはもうその小さな掌は他の男の片手で包まれていた。
「いと…」
ありがとう、と伝えればいい。楽しかったまた会おう、と笑って己の小船に足を掛ければそれだけでいい。
「…」
…それが、できなくて、落とした視線がくわんと歪む。
「おい、『火拳』」
「…なんだよ、」
無音踏み倒して話し出すのはベックマンの方だった。何時の間に引っ張り出したのか、右手でシガレットケースを玩んで漸くベッドごとその黒髪を瞳に映す。
「目には見えねェ縁ってモンは、あちこちに巡らされて複雑に織り込まれてる織物だ。手繰り寄せ、結び、もつれ、切れ…」
大きな掌の中で転がるケースは鈍色で、ベッドに座ったままエースは言葉を出さずそのさまをじいっと眺めていた。唇の端が僅かに震えたのはきっと気のせいでは無いだろう。
「…どこかで必ず繋がってる。そんな奇縁も、ある。」
二つの世界をかいくぐって掴み取った奇縁のおとぎ話を、己はひとつ知っている。
「…ロマンチストだったんだな、アンタ。」
「どこぞの誰かに感化されちまったんだろうさ。」
勿論おまえさんにも、と片方の口角を器用に上げて観念したのかケースをポケットに捻じ込んだのだった。
後は任せたと言い放った男の顔がチラついて仕方ない。尻拭い後始末役だと散々ほざいていたのはまさかこれを予言しての事か、と脳みその残像に皮肉ってから紫煙の替わりに低い声を吐き出すのだった。
「うちのお頭が大慌てだった訳を話してやるよ。」
未だ嘗て見た事も無い程余裕の消えた赤髪の、最後の理性は己に託されていた。さてなんとしてこの若造に最初の一言を投げ掛けようか。
「ロマンチシズムを足蹴にした男の話だ。」
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