Etoile Filante | ナノ
Neuf [10/13]
  僅かな時間で儚くなってしまう異海の人間。
  ベンから聞いた『特例』。
  そして埃を被った記憶をシャンクスは引っ張り出す。

「いと、」

  子が出来て、『女』が助かったのなら『こう』すればいいんだろう。深くまじり合ってしまえばいとは助かるのだろう?己の学の無さなどとっくの昔に自覚済みだ。
  だからおれはおれの『直感』を信じる。

「…シャンクス…?」

  嘗て、あの古い家にいた頃。赤い髪を見下ろしていたというのに。その赤が自分を見下ろしている。随分伸びてしまった背丈からは身にしむような恋情が零れ落ちていて、いとの涙へと降り注ぐ。
  あぁ、いつのまに私は泣いていたのだろうか。瞬きも許さない、まっこうの眼差しのなんたる荒々しい事か。言葉は生まれず、いとの手首を握る片手はゆるりとしているというのに、その双眸に勝るものなどこの世の何処にも無い。

「…なにが、あったの…?」

  体は柔らかいベッドに沈んで、ふくら脛は冷たいシーツの存在を確かめていた。海の香りと…アルコールの香りはシャンクスがまとう香りと同じで、五感のそのすべてをおとこのいろで染め上げられてしまっていたのだ。

「何かあったのはいとの方だろ…まだくらくらするか?」
「…少しだけ…」
「そうか、」
「しゃ、んく…っ!?」
「いと、おれはおまえを守る為なら何だってする。」

  胸の内の、揺れ騒ぐ心の裏表を囁いてそれからその同じ言葉をもう一度胸の奥底で叫んで…口ごもり黙り込む。感情は魂の熱ですっかり焦げ付いてしまっている。

「どうか憶えておいちゃくれないか。」

  小さく震え出したいとの首筋に額をぐりぐりと押し付けた姿はまるで、未知への領域をこじ開けようとしている仕草によく似ていた。劣情という名の小鬼にそそのかれてしまわぬ様に、愛しいおんなを守る儀式にもつれた心を解きほぐしてもらえる様にとシャンクスは深い息をつく。

「何処のどいつにだろうがいとをくれてやる気はこれっぽっちも無くて。」

  愛しさと切なさと、苦しさで満ちた声はいとの耳元に静かに落とされていく。おとこの香りと火照った吐息が混じり合っていとはその度にぴく、ぴく、と肩を揺らし涙を目尻に作っていくのだ。か細い声で必死に男の名前を呼んで、うす紅色をした指先で宙を掴む。

「いとをこの世で一番愛してんのはおれで。」

  ほろりと零れて落ちるいとの雫を口付けの様にリップ音をさせて吸い取って、おとこは目尻を下げる。彼女は随分に涙脆く、何時だってこの涙以上に透明なこころを持っていた。だから己は魂ごと存在全てをいとに奪われてしまったのだ。

「いとから離れられないのはおれの方なんだ。」
「…シャンクス…?」

  抵抗しようともしないいと。己の声の硬さに、自分の現状をほっぽり投げて心配そうにするいと。おれを真っ直ぐに見つめる、おれのいと。
  だからこんなにも愛してしまったのだ、どうしようもないくらいに。いとの心を掌の上に取り出せてしみじみと眺めたらそのいじらしさに、どんなに己は狂おしさを憶えてしまえるのだろうか。

「…どうしたの…?ねえ、すごく辛そうな顔だよ…?大丈夫?」
「いと、」
「うん。」
「これから何しようとしてるか、わかるか…?」
「…え、と、」

  そうシャンクスが、ポツリと告げればいとは眉を下げてしまって言葉を濁す。あからさまに左右に忙しくなった瞳のすぐ下の頬に口付ければ、体温が少し上がっているもがわかった。

「な、んと、無く…は…。」
「その予想で合ってる。…『抱く』の意味を取り違っちゃいないか冷や冷やしたぞ。」
「で、も…私たち再会した、ばかりで、」
「ああ。…時間が無いから、な。」
「じかん…?…っん、」

  唇が降ってくる。喋る間も男に取り上げられてしまったいとは想いを募らせていくのだけれども大きな波に突然に飲み込まれてしまった様で、これからどうすればいいのか考えてもまとまらない。

「いと、いと、」
「ひゃ、ぁ、」

  別々の呼吸を懸命によみ合って、白いシーツの中に溺れていく。湿った唇は零れ流れる涙を掬い取ってそのまま頬を這っていくのだ。
  焦りをこんなにみせているシャンクスを初めて見た、といとは涙で歪んだ男の眼を見つめ続けてそして、力を抜いた。
  朗らかなかつての少年は、何時だって自分の事を誰よりも考えておもってくれていた。愛しくて堪らない離れたくないと片腕できつくきつく抱き締めてくれた、男。
  涙を掬い取る、ただひとりの愛しいおとこ。

「…いと、」
「シャンクスはひどいこと、しない人だから…」
「いとにだけな。」
「それに私ね、シャンクスになら、何されても…いいの。」
「…、」

  嫌でも不安でも無い。愛しい男に求められるのは幸せな事だ。ただそれは夜の海を彷徨っているのと同じで、一歩足を踏み出すだけで暗闇に飛び込んでしまう事になんら変わらない。

「シャンクスと一緒にいられるなら、いいの。」

  それでも構わない、とおもってしまった自分は酷くさもしいおんななのだろうといとはほとりと涙の数を増やしていく。

「いとは…そうやっておれの欲しい言葉をすぐに見つけちまう。」
「…ん、っふ、」

  頬に当てていた吐息は唇に。柔らかい唇をゆるゆると食んで、それからペロリと舐め上げた。いとが息継ぎをする隙に舌を捻じ込んで怯む小降りのそれを絡みとってしまったのだ。シャンクスのなすがまま彼女は翻弄されていく。

「脱がすぞ…」
「…ぁ…っ、」

  蚊の鳴く声を上げてしまういとがけだものに襲われる小動物そっくりだった。無意識に喉が鳴ったのに気がついたのが一拍おいてからでシャンクスは自身の余裕の無さに内心苦笑いを浮かべるのだった。大切にしたいと言っている癖に、と罵倒の言葉をけだものに吐き捨てた。
  けれど片手は止まらず、いとの服をたくし上げていく。なめらかな肌を掌に感じた瞬間に彼女の背中が孤を描いて、そして息を飲む声が聞こえた。あぁ、怖いのだろう。と誰が見てもわかる素振りに愛くるしさが募っていく。

「大丈夫だ、おれに全部任せてくれりゃあいい…怖い事なんて何にもしねェから…」
「ぅ、ん…っ、」
「いいこだ…」

  いとの温もりを燃料に己の熱が高まっていく。邪魔な服を剥ぎ取ってしまう度に心火が荒れ狂ってしまう。まろむ白さに朱華の鼓動が激しくなって『尊い儀式』はいろどりを深めていくのだった。

「いとを、手放してたまるか…」

  最後の一枚を床に投げ捨てて、シャンクスは己のシャツに手を掛ける。視線は赤く火照るいとから逸らさずに、釦一つ取る手つきすらもどかしく。乱れた姿のそのままに、おとこは最愛のおんなに覆い被さったのだった。
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