Gift | ナノ

悪童の機嫌
※望ちゃんちの夢主ちゃんです。
※とある事情で声の出なくなってしまった女の子です。

  使い古されたランプがジリリと文句を呟いていた。安っぽい酒と安っぽい香水と、天井まですっかりタールで染めてしまった煙の臭いに、だろう。だいたいこういう所はこんなモンだ、とさして気にも止めずにこの古臭い酒場の敷居を跨いだのはつい先程この島に辿り着いた海賊達であった。
  酒場に似合う古臭い、いや使い古された椅子に行儀悪く座ったのは悪名高き海賊団の船長である。しかしまだ、この酒場ではまだ気がつくものはいない…いたとしても無言を貫いていた方が利口というものだ。

「なまえ、座れ。」

  連れ添いの一人に目線でその場所を指し示す船長は航海でくたびれたのかそれとも元来の性分であるのか定かでは無いが、お行儀を正さないまま両足をテーブルの上に乗せてしまうのであった。
  傾いた鮮やかな真紅の髪はランプの灯火でいつもより深い色合いに見える。

「やれやれ…」

  止めはしないが、そう小言まじりを漏らしてしまった仮面の男は随分と低い位置にある薄い肩をぽんと押してやるのだった。

「おれ達も座る。…遠慮しなくていい、おまえも疲れたろう。」

  見た目からかけ離れた言葉はやたらと気遣う声音で、隣にいたおどろおどろしいクルーはふへらと笑ってしまうのだった。「…ヒート」とボソッと呟かれてしまえば黙るが…やはりしかし。

「なまえ。」

  二度目の呼び掛けは半音低い。そうして漸くこくんと頷いた彼女にあっという間に船長の機嫌は上向きになるのだった。

「…。」
「よし。…それでいい。」

  なまえが船長の隣、左側に座るのは当然で仮面の男が右側に。最後の席もおどろおどろしいクルーで埋まった頃にウェイターに料理と酒を注文するのだった。
  酒だけは早々と運ばれて来たが…料理はもう少しかかるらしい。

「…酒までヤニ臭ェと思ってたが…」

  グラスの中身をすっかり空にして、氷をグラスにぶつけた船長は滴れていく一滴を適当に流し見ているのだった。どうやらここの味をお気に召したようだ。テーブルにグラスを戻してまた足を組み直している。

「…。」
「…ン?どうしたなまえ。」

  カロン、とひときわ氷が鳴いた。音の聞こえた方に眼差しを向ければひょいとグラスを持ち上げてしまったなまえが視界に入ってくるのだった。

「次の分を持って来てくれるのか?」

  仮面の内側からの声にこくり。頷きが一つ。

「いい。誰か呼びゃあいいだろうが。」

  ふるりふるり。首は二回、右と左を行ったり来たり。

「オシゴトのつもりかなまえ、ええ?」

  こくこく。今度は早めに頷かれてしまえば、この船長は彼女に勝てた試しは無い。我らが頭に美味しい物を持ってこようではあるまいか、きっとこんな思考が彼女の頭の中で踊っているのだろう。

「…ったく。」

  にこり。控えめな微笑みであったが、小さな野花が舞った様なそれに惹きつけられるのは道理であった。この面子の誰よりも威圧感を放っていた男であったがその微笑みを瞳に映した途端にジンの残り香をまとった溜息をつくのだった。

「好きにしろ。」

  大層に甘いのだ。この船長は、なまえに。ほんの僅かな距離でさえも何かあったら笛で呼べと言葉を漏らすのは彼女のストライキを起こしてしまった喉の所為だろうか。
  こくん、ともう一度頷いたなまえは椅子から立ち上がると古臭い天井そっくりな床を歩き始めたのだった。

「…、…!」

  窓側を見ればフィズをかき回す前の余所余所しい男女。手配書が貼られた(船長のものは無い。残念。)方に目配せすればナッツ顔の老爺がラムに舌鼓を打っている。そして大騒ぎをする男、二人。

「だからよォ!!」
「ウルセェ!」

  大きな丸太の様な腕が四本、テーブルの上で振り回されている。あぁ、『キッド』が見たら苛々してしまうかも。とぼんやりと見つめてしまったのだった。勿論、喧嘩っぱやいかの船長を案じての事であって、

「…なんだ嬢ちゃん?」
「おれらに用事か?」
「…?!」

  彼らに用事などこれっぽっちも無いのだ。無い筈である。しかしどうにも上手く物事は回らないもので後はお決まりのコースだ。
  喧嘩した、
  腹が立った、
  嬢ちゃん慰めてくれよ、

「…」

  きついアンゴスチュラのボトルにどぼんと落とされてしまった様な不安定さが足元を襲う。酒の臭いと汗の臭いが入り混じった男二人に、半歩下がってしまったのだった。
  あく、あく、と唇を動かしてみても喉が震えてくれる気配は無い。

「うさぎちゃんみてえだなあ。」
「怖い?」
「おっかねぇってよ、おまえの顔が。」
「うるせえ!…なあ、こんな野郎に付き合わされるおれを慰めてくれよお。」
「…、」

  丸太が伸びてきて肩がビク、と跳ねてしまう。何処を掴もうとするつもりだろうか。笛を、と思ったが手を動かすより早く、唇は動いていた。
  紡ぎ出す言葉は音を纏わないままであってもまろび出る。
  キッド、キラー、

「寄るなブチ殺すぞ。」

  ボトリ、と零れたのは煮え切った怒声だ。後ろから聞こえたとなまえが振り向くより早く視界はあっという間に急上昇し、瞬きを繰り返しているうちに金色のたてがみとかち合った。…これはあの男の髪だ。
  片手で抱え上げられている為か、男達の表情は見る事が叶わない。しかし×××、×××と口に出すのもおぞましいと言われる様な言葉が怒声に交じって響いているのだけは嫌でも耳に入ってくる。

「…なまえが聞いているぞ、キッド。」
「そうかよ。…なら『嬢ちゃん』は一足早くお家に帰っとけ。」
「わかった。」
「…?!」

  焦るのはなまえだ、自分の所為でとんでもない事態にと体を捻ろうとしたが予想されていた様であっさりあしらわれてしまう。

「船で飲む。適当に見繕っとけよなまえ。」
「頭、おれは?」
「邪魔すんなヒート、おれがやる。」

  なまえだけの声音をおくった船長はバタンと閉じたドアを一瞥して。燃え盛る赤い髪をアンゴスチュラのボトルの底へと沈んでしまった男達の情け無い顔を見下したのだった。
  口元だけが歪んでいる。

「おれのモンに手ェ出す意味を教えてやるよ、腐れ×××。」



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