Gift | ナノ

副船長とプレゼント

「酔い冷ましか?」

  帆船は明るくゆらりゆらりとランプの灯りが木目を照らしていた。太陽はとっくに水平線に潜ってしまった頃合いであったがここだけ…この船だけは黄昏時の、うす明かりを思い出させるものであった。
  今日も今日とて赤髪海賊団は飲めや歌えの大宴会、彼らにかかれば金波銀波も酒の肴である。

「うん、ちょっとだけ。」

  はたはたと自分の手で火照った顔を扇いで、長身の男を見上げる。雪が積もって無いのに白い髪、鋭い双眸、厳めしい顔の傷跡…実に海賊らしい風貌の男である。

「…おれらのペースに無理して合わせなくていいぞ、なまえ。疲れちまったら元も子もない。」
「ありがとうね、ベック。」

 船の隅、背中を預けて隣り合って視線を向ければ耳触りいいテノールが降ってくる。微笑み、なまえは無理はしません。とそんな厳しさが吹き飛んでしまう様な気遣いをゆるりと吐く男に声を返したのだった。

「ふふっ、盛り上がってるなぁ…」
「あれは馬鹿騒ぎっつうんだ。」
「すごく楽しそうだから、見てる方も笑顔になっちゃうね。」
「否定はしねェな。」

  一番賑やかなのは矢張り船長がいる場所。今とて驚く程に大きなジョッキを仰いでいる赤い色にどちらからとも無く微笑を浮かべたのであった。

「宴が終わったらあの人の面倒を見なきゃならねェ。…構って欲しかったら今だぞ、なまえ?」

  そう言って長身を屈め視線を逸らす事なくなまえの肩へと腕を回わし、己の懐へと引き寄せる。彼女の鼻を擽るのは紫煙のそれで、辺りの騒がしさからいっぺんに切り離された錯覚に陥ってしまったのだった。

「ベックずるい…。」
「おれを惚れさせた責任取ってもらってるだけだ。」

  小さな不満を述べたところでこの男にかかればなんとも愛らしい、で済まされてしまうのだからなまえは閉口してしまうばかりであった。触れ合った肌からじんわりと熱が灯っていき、瞳を伏し目がちにするのであった。
  男は…矢張り。あァいとけない、ああくるおしい。と節くれ立ったゴツゴツした指で彼女の髪を梳いてやる。

「なまえ。」
「…っ、」

  再び流れる様な手馴れた調子。指を絡め合わされてなまえは体温が確実に上がった事を実感してしまう。経験の差か歳の差か、恐らくどちらもだろうと冷ましに来た筈の頬を様々な感情で赤く染めてしまうのだった。これは複雑な乙女心というものだ。

「あァ…そうだな…、」

  彼女のそんな感情さえも好いたらしいと微笑う男は肩に置かれた手をそのままおもむろになまえの腕に沿って降していく。柔らかな掌まで親指を這わせるとその腕を掬い上げたのだった。

「ベック…?」
「『メリークリスマス』…だったか?」
「!」

  どうして知っているの?と聞こえる様な気がして男は好相を崩したのだった。それもその筈、『クリスマス』はなまえが居た『彼方の行事』だ。

「『あっち』で覚えた。」
「…流石ベック…」
「お褒めに預かり光栄だ。」

  掌を持ち上げてなまえの細い指、左手の四番目をなぞる。眦を細めて身じろいだと彼女が感じた瞬間に、なぞられていた指に冷たくて硬いものが通されていた。ぽかんと口を開けてしまったなまえに男は機嫌よく、くつくつと声を漏らしている。

「クリスマスプレゼント、だ。…受け取ってくれるな?」

  確信じみた質問を投げ掛ける男になまえの心は愛おしさで満ちみち、やがてそれは涙と一緒に溢れてしまった。更に火照った頬に男の掌が添えられればあたたかい気持ちはこんこんと湧き起こっていった。
  星の欠片の様な石が一粒、彼女の肌を飾っていた。上品な佇まいのリングはランプの灯りに照らされている。

「ありがとう…本当にありがとうベック…うれしい…」

  リング自体、だけでなく男の心配りそのものもまた嬉しかった。『彼方』での出来事を覚えていてくれて、それが自分達の出逢いを…空から降ってきた恋を大切に慈しんでくれているのだとなまえは瞳を潤ませる。

「ベック、ちょっと待っててっ。」
「ん?…あぁ…。」

   リングを右手で宝物の様に包んだままのなまえは上気した頬を惜し気もなく男に向けて、自室へと引っ込んで行った。パタパタと忙しない駆け足で男が転んでくれるなよ…と微苦笑を浮かべてしまう。
  程無くして再び急ぎ足で戻って来たなまえは何やら小さな包みを携えており男は僅かばかり瞠目するのであった。

「ベック、メリークリスマス…っ。」
「…おまえなら用意すると思った。」
「ふふっ、やっぱり流石だなぁ…。…びっくりしてもらいたかったんだけど。」
「だが舞い上がるくらいには喜んでる。」
「きゃっ、」

  腰を支えて少々力を込めただけで、なまえは男に抱き上げられてしまう。片腕の上に腰を降ろした格好に心臓がわなないて、眉をハの字にしてしまうが当の男は愉快で堪らないという顔をしていた。

「さて、その小箱には…何が入ってるんだ?」
「もう…っ、ベックわかってるでしょう…?」

  なまえの声で、なまえに教えてもらいたいんでね。…あぁ、もし願いが叶うならおまえの手でおれに着けちゃもらえねェか?
  素知らぬ、とうそぶいて男は己の指をなまえの前に差し出したのだった。

「べっくずるい…」
「そりゃァどうも。」

  己がなまえの為にと見繕ったリングのケースと瓜二つの形。おまえはどんな顔をおれに見せてくれながら箱を開けるのか…男は今か今かと待っている。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -