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鰐らの話
※シュールだよ気をつけてね(笑)




妻の話

私の夫というひとは余り島の外に出る人間では無く、そして妻という私は嫁いだこの『世界』で親しい友人をまだ持たない人間だった。

「少々出掛ける…ので、よそいきのコートを羽織ってくれるかお嬢さん。」

静かな自宅、葉巻の香り漂うラウンジ。硝子のテーブルに置かれた大小様々なケースの中身はパステルブルーよりもっと薄い色のチュニックと、夜空を型に取った様なパンプスと、天鵞絨よりも上質なコートがひとつずつ詰まっていた。

「こんなにたくさん…。」
「おれのおんななら、当然だ。」
「あ、ありがとう、またたくさん貰っちゃって…申し訳ないというか、」
「遠慮と卑屈は違う。…お嬢さんは与えられて然るべき権利があるのでな。…おれの為に着せて見せろ。」
「うん。服、ありがとうね。」

ひとくさり、話は終わり。
そういえば彼のところに嫁いで来てからの初めての外出だ。そう気が付いてから…胸の奥からじわじわと温い感情が滲み出て心臓がきゅう、と鳴ったのだ。

「用意したまえ、午後には出るぞ。」
「はあい、」

行き先など夫と一緒なら何処でもよかった。なので何処そこに行くのか、とはまるで聞かず二人で昼食を取った後、篭った部屋でいそいそと着替えたものであった。

「潮風が気持ちいいね…」
「髪が乱れるのはお構いなしかね。」
「風と遊んでいるだけなの。…ふふっ、演技がかった台詞言っちゃった。」
「風よりも、目の前の男の相手をするべきだ…。なぁ?奥方。おまえが最も優先すべき男は…誰だと思う?」

風と、そののちは夫とじゃれて暫し。船は目指す島へと辿り着くのだ。



鬼の話

愉快な毛色を、人かげの隙間に見つけた。己の口角が徐々につり上がっていったのがまた更に愉快で、さてどんな『お喋り』をしてやろうかなどと…漂う紫煙を片手で握りつぶしてやるのだ。
例えるならそうだな、揶揄と加虐と少々の興味で出来上がった台詞をうそぶいてやろうか。
厳つい大男、片手は鉤爪、頬に真一文字の傷、行儀の悪い人相…そんな海賊の傍らにいる女の、そのなんたる眼差しの乳臭い事!わらってしまう、あぁクセェクセェ。
恋に恋する少女?いや違うな、もっと別の、おんな独特が持っている『おとこ』にはわからないものだ。それが、何か?…考えたくもないね蕁麻疹が体中に湧いちまう!

「フッフッフ!よォ鰐野郎!」

愉快を張り付かせた顔を見定めた相手の、眼差しは見事なまでに歪んでくれた。


鳥の話

鰐と鳥が騒いでいる。その間で視線を右往左往させているのは…困惑顔が似合いの女だった。
男二人のやり取りは苛烈を極め…聞きたくも無いのに台詞は己の鼓膜を叩き続けていた。面倒ごとになる気しかしない、付け加えるなら興味もない。
くるりと背を向け、しかしにんまりと鬼が嗤った気配がした。
今日は厄日か。

「珍しいなァ『鷹の目』、しかしもっと珍しいモンがここにあるぜェ?てめェの大好きな『暇つぶし』にゃもってこいさ!」

鰐が番いを背に隠し、大男は愉悦を指先に宿らせていた辺りで漸く後頭部が痛みを訴え始めてくれた。

「興醒め。その一言に尽きるな…。趣味の悪い男だ『天夜叉』」
「フッフ、相変わらずで何より。反吐が出そうになっちまうよ…!」

そら見たことか。女はいよいよ涙目で自らを取り囲む男を見上げ、そして雛の如く傍らの男との距離を縮めていたのだ。
ほお、逃げはしないのか。及び腰の癖にそれの隣から離れる気を全くみせない女に鰐は視線だけで何やら語り掛けている様子であった。
視線に紛れ混ませた言葉を己が知る由もない、蹴られる気も…毛頭ない。




夫の話

「フッフ!鰐の隣は苦労するだろう?」
「あの、鰐が…夫の事であるのでしたら…。いいえ、です。」
「いじわるをされてるんだろう?」
「いいえ…、」
「葉巻クセェだろ?」
「…いいえ。」
「部屋に閉じ込められてばかり?」
「いいえっ…。」
「ところでこれはマトモに喋るのか?顰めっ面ばかりだろうに!」
「そんなこと、むくっ、」

何を言わんとや、妻が口を開こうとするのを中指で止めた。触れた指腹としっとりした唇が触れるのもままとして。僅かばかりの抵抗を一瞥で押し留める。
この女は全く、夫を美化し過ぎる悪癖でもあるのか。悪い気は…無くも無いが、その危なげな姿に溜息が生まれる。

「満足か、二本足のけだものめ。」

この巫山戯た鬼は…暇を持て余しているのかそれとも果たして、馬鹿を演じて愉しんでいるのか。枯らして差し上げようか抉ってくれようか。

「オォ怖い。」
「身の毛がよだつ。」
「おっと鷹の目にまで嫌われちまったか。」
「いつだって鼻つまみ者だろうテメェは。」
「テメェもさ、鰐野郎。…愛想尽かされる前にあんよを奪って人魚にでもしちまいな。鰐と人魚、水の中で仲良くするこった。」

妻の姿、その頭から爪先まで睨めつけた鬼が忌々しい。見るな寄るな話すな同じ場の空気を吸うな、挙げれば切りが無い言葉の羅列は眉間へと皺になって溜まっていく。

「鰐。」
「…。」
「細君には用向きがあるらしい…手を離してやったらどうだ。」

鷹の声に釣られて妻を見やれば、己のなすがままじっとしているがひたむきにこちらを見つめている深い色の眼差しとかち合う。
なまえの指は己の手の甲を這い、戸惑う様を見せていた。




妻のもうひとつの話

私の夫という人は、確かに初めてお話する方にとってはおっかない人でしょう。
実際仕事にはとても厳しい人で…はい、カジノの方のお仕事についてです…毎日びしびしと部下の方に指導しています。けれども無茶は押し付けたりしません、部下の能力を見極めているのだと…私は感じております。とても良く出来た優秀なひと、だと思っています。
それに私は随分と夫に助けてもらっています、私がこうしてここに居られるのもひとえに、夫が私を支えてくれているからなのです。
不相応とは弁えていますが、私も夫の支えとなれる人間でいたいと、思っております。

「なまえ、」

それに私は夫と、心のままに過ごせるなら何処だろうが構いません。子供じみた考えなのでしょうが心底そう思っておりますので…これ以上は説明しようがありません。

「夫が望むのなら、水の底でも。」



夫のもうひとつの話

おれの妻という女は、お人好しが過ぎていつかくたばるのでは無いかと半ば本心から思っている。
お人好しで、ひ弱で、おれが居なければ死んでしまう、かげろうの様な…少女の面影を残すおんなだ。おれの帰りを健気にも待ち、朝になれば『行ってお帰りなさい』と見送る柔らかな女だ。
これの隣が似合うのはこれの分まで業突く張りで、疑り深く、嫌味ったらしい人間だろう。己は全くもってぴたりと当てはまるのだからぞっとしない。
そんな男を、引っくるめて全て受け入れてしまう女が、おれの妻だ。

「テメェらが邪魔をしないのなら水の底も悪かねェな。」





そののちの話

そうのたまった後の、あの野郎どもの顔は暫く忘れられそうに無い。
中々に胸のすく顔付きだった、あァそれよりもなまえの染まった頬の方が見ものか。

「クロコダイルがあんなに私の事を褒めてくれるなんて。」
「なまえが『おれのおんな』らしい口上を申されたので、な。…おれを誰だと思っている。」

紫煙の香り残るラウンジでつらつらとのたまうのは隠しているのかいないのか分からぬ惚気だ。
蹴られた鬼と鳥は水の上を彷徨うばかりであろうに。


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