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青雉の自慢

実に奇妙な事件が起こったのは、今から丁度一ヶ月前だったか。さて、今となってはどうでもいい。
海軍大将が半日ほど突然行方をくらませた。これはどういう事だ何処に行った、と周囲が騒ぎ始めて暫く。やっとこ姿を見せたと思えば、そのひょろりと伸びた男の腕には小柄な娘がオドオドと抱えられていたのであった。大将はその娘を抱きかかえ、これ以上無い程の喜色をその顔に浮かべていたという。
あれは春が来た男の顔だ、とは一体誰が呟いた言葉だったか。

「あー、あれだ。特休取ってもいい?結婚するんで。」
「「「はいぃい…!?」」」
「ぇ?えぇ…?!クザンッ?」
「あ、先ずはこっちだったわ。…なまえ、おれの奥さんになってちょうだい。…おれと、結婚してくれ…。」
「あ…、」
「まっかだ、かーわい…。」

大将の言い放った、突拍子もない発言は今でも海軍上層部の語り草となっている。
過程は…まぁ兎も角、あのだらしない青雉が、漸く腰を落ち着けてくれたということで概ね彼の奥方…突然現れた娘であるなまえは歓迎されていた。彼女には幾人か女海兵とも交流が生まれた様子で、時折お茶の時間など共にしている様だった。

「…楽しそうに今日あった事話してくれるんだけどさ、でもなんかね嫌な訳よ、だってなまえはおれの奥さんでしょ?そしておれはなまえの旦那でしょ?何でそこに他人が入ってくるわけ…。」

この男は他人に彼女の笑顔を見せるのが堪らなく不満であるらしい。

「そうそう聞いてよ…実はこないだから、なまえってば早起きして弁当こさえてくれてるんだわ。『奥さんらしいことしたい』ってね。しかもおれの好物ばっかりで、おれあんまりそーいうの?好き嫌いとか言わなかったけど…よくおれのこと見てくれてたみたいで『箸がよく進んでたから好きなのかなって思って』なんてはにかむのよ。…全く本当いい女だよなまえは。後…おれが大好きって素直に言ってくれてさぁ、すっごい照れた顔で微笑んでくれんの。」
「…。」
「っあー…、なまえに会いたい…」

奥方に骨抜きであるらしい青雉はでさぁ、と更に話を続けていく。

「弁当の袋の中に音貝が入ってたんで、まぁ、何だこりゃって聴くじゃない。そしたらさなまえからのメッセージで『いつもお疲れ様です。…さみしくなっちゃったのでお仕事終わらせて、ちょっとだけでいいから、早く帰って来てほしいです。…我儘言ってごめんね…?』だって。あーおれのなまえまじ良妻。我儘じゃない、おれだって会いたい…!」

真顔で語る青雉に聞き手である、無言を貫いているもう一人の大将は頭の片隅で思い起こしていた。
確かそれは魂の抜けた、この大将の部下達を見るに見兼ねて大参謀つるが一策投じた「大将デスクワークしろ」作戦だった筈だ。青雉の妻に協力を要請したと聞いていたが遂に決行か。

「そもそもなまえは我慢ばっかりするんだよ。控えめって言えば聞こえはいいけど引っ込み思案というか…まぁそんなとこも可愛いけど、当然だけど。あれだ小動物みたいな感じ、ふるふるしてて小さいし。おれの身長鑑みれば仕方ないけど…。」

心底どうでもいい。無言は貫かれる。

「それでもキスの時とか頑張って背伸びしてくれるんだわ、健気で可愛い訳よ。可愛いくってついワザと背ェ屈めずそのままにしてたら『クザン…』って潤んだ瞳ですごく控えめーにおねだりしてくンの。そりゃ反則だ、なまえに心臓潰されると思った。あ、なまえの泣き顔見ていいのおれだけだからそこんとこよろしく。いやしかしあの時のなまえは本当可愛いかったわ。」

この男は何を言い返して欲しいのだか正直よくわからない、そして考えたくも無い。

「やばい、思い出したらムラムラしちゃった…あーなまえ喰いたい…今喰いたい…」
「…、」
「そうだ、帰っていい?」
「じゃかァしいわァ…!仕事せんかクソッタレがァ…ッ!!」
「アラララ…報告書が燃えていく…」

黙殺に徹していらっしゃった赤犬大将殿もとうとう限界が来たんだな…あーあ…。と大将二人の傍に控えていた海兵達は満場一致でそう感じていた。
余談であるが普段は沈着冷静な赤犬の血管が切れる音がけたたましく鳴ったのは後にも先にもこの時だけだったという。


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