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赤髪の挨拶周り
敬愛をこめて





四皇。それはこの海での三つの勢力の一端を担う強大な力の塊、といってまず間違い無い。その四皇の一角『赤髪』が同じく四皇である『白ひげ』の元を訪れたのである。
海軍は沈黙を塗り固め固唾を飲み、耳敏いものもまた己のおおよそを強張らせた。

「こりゃあ、どおも。」
「…用は何だい。」
「よ、あの話考えといてくれたか?」
「無駄な時間は費やさない主義でねい。」
「ハハ。手厳しいな、」
「…、」

快晴である。時つ風は二つ名に相応しい赤い髪を揺らし、千重波はたぷたぷと帆船を叩いていた。麗らかな時節に最早挨拶替わりになってしまった勧誘を受けていた一番隊の『不死鳥』は眠た気な眦を苦く歪ませる。

「…くだらねェ世間話がしてェのかクソガキ…」
「いや、」

間に入った声の持ち主。見上げる程の巨体にその男を知らずとも足を竦ませる威圧感、刻まれた目尻の皺は叡知を見た鯨の様である。白ひげ海賊団、船長エドワード・ニューゲートは赤髪海賊団の大頭を歯牙にも掛けぬ口ぶりで餓鬼呼ばわりしていた。
そしてこの赤髪も意に介した様子無くからり、と笑って見せている。慄くのは若いクルーばかりであった。

「…てめェの後ろにいるそのちびっこい奴もだ。おれと話がしてェなら顔ぐらい晒せあほんだらァ…」
「…!!」

そう、なのだ。かの不死鳥が強く出ないのも、白ひげのクルー達が二の足を踏んでいるのもひとえにこの赤髪の男の影に隠れる『もう一人』がいた為である。赤髪に抱えられてモビー・ディック号に乗り込み、甲板に足を降ろしてからは半ば身を潜める様に男に寄り添っていた。無理も無いだろう、見回す限り厳つい男ばかりの船だ。因みにナースは奥に引っ込んでいる。
相手が白ひげだから『ちびっこい』訳では無い。この船に乗っている誰よりも小柄であろう、そして薄っぺらだ。
…そもそも『男』と『女』を比べるなどナンセンス極まりないのだが。

「悪気は無いんだ。あんまり睨まないでやってくれ、…おれのお嬢さんは繊細なんだ。」
「じゃあ連れてくんな、」

でもま、そうだよな。と一人赤髪はごちてその影の背中を支え己の手前へと促した。
おずおずとされるがままに現れたのは若い女だ。何処か幼気な雰囲気で、この場にそぐわないまろみある穏やかさが滲んでいた。寄り添っていた男を見つめていたのだが、その男が「大丈夫だ」と更に促してやって漸く顔を上げた。声は少し震えていたが、それでもそろりと白ひげを仰ぎ見ぺこりと会釈する。

「なまえっつーんだ。可愛いだろ?」
「…どう返答したら満足かい、赤髪…」
「なんだノリ悪ィ、」
「しゃ、んくす…そんな急に、」
「なんだなまえ?もっと言ってほしいのか…?」
「ち、ちがいマス…!」

囁いて何処までがふざけるのかわからない赤髪のシャツを摘まんで眉を下げて困惑顔をしている女。その若い女に周囲からどよめきが起こる。軽い口調の男ではあるが赤髪は紛れも無く四皇と呼ばれる男なのだ。それを丸々無視したその振る舞いの女は一体何者だという謎が船を包んでいた。
色目を送る訳でも無く、話術巧みという様子も無い。戦う力なぞその貧相な体付きからは期待出来ないだろう。…ならば悪魔の実の能力者だろうか。

「初めまして、エドワードさん。なまえと言います。」
「おゥ。よく来たな。…新入りかテメェは、」
「はい。シャンクスの船でお世話に、なっています…」
「そォか。」

柔らかなソプラノに白ひげは鷹揚に返した。場慣れしていない緊張ばかりの、初々しい姿の女である。この船に連れられたのは顔見せの為か。

「よく出来たなー、えらいぞなまえ。」

撫でてやるからな、とゆるゆると髪をもて遊びだした男になまえはあわあわと、しかし振り払わずに撫でる手をそのままにしていた。この女は赤い髪の男がする事なら全て受け入れてしまうのである。

「…子どもじゃないよ、私…、」
「ちゃんと出来たら褒めるモンだろ?だろ、マルコ?」
「…何でおれに振るのかねい…、」
「思ってねェから安心しろ、な、なまえ。…子どもっつって思ってたら手なんて出さ無ェさ…、」

最後の一言だけは彼女の耳元で囁いてなまえにしか聞こえない様に言ってやる。ほら、密やかな方がなまえは赤く染まり易い、きれいな赤だ。それにきらきら光る、彼女の瞳の雫がよく見える。

「…っ!シャンクス…っ、それ、よりもエドワードさん達お待たせしたら悪いよ、用事伝えなきゃ…」

涙目のままで言い募るなまえは周囲を気遣おうと懸命な様子であった。しかしこの赤髪はどこ吹く風か、ああいじらしいなァおれのなまえは細やかな性格だもんなァ可愛いな、クソ。と内心惚気るばかりである。

「…なまえ、」
「後で、あとでね、シャンクス…!」

自分の手を握るおとこの熱が上がったのを感じてしまったなまえはどきりと心臓が高鳴ってそれを誤魔化す様に慌てて赤髪を見上げる。このおとこの色香は強烈で、今だって身が持たないのだから。

「後で無しは聞かねェぞ。」
「…ぅ、ん…、」
「よし。」

にた、と歪ませて悪びれた赤髪の男は子どもが艶やかさを手に入れた表情によく似ていた。それから白ひげを振り仰ぎ「旨い酒が手に入ったんだ、受け取ってくれよ。」と己の船を顎でしゃくった。…酒はまだレッド・フォース号に乗せている。

「…フン。不味かったら沈めてやらァ。」
「西の海の酒だ、不味い訳無ェさ。」
「言ったな、」

何だ、酒を持って来ただけか。呆気に取られた空気がモビー・ディックを包み込んでいた。
話はついた。白ひげに言付けられて傍に控えていたマルコは金髪を揺らして幾人かに指示を出し、そして『新入り』を眺め見る。…なんとなく、であった。

「…あの、何か…?」
「いや、」
「いいだろ。おれのなまえだ。」
「だから何が言いたいんだよい。ハナっから散々と、女連れて来たのは自慢したかっただけかい?」

用事は酒だったらもう帰れ、と睨みをきかせた不死鳥に赤髪はそれもある、後もうひとつとなまえをその片腕で引き寄せた。途端に上機嫌を上乗せした男にマルコの機嫌は反比例していく。今度は何自慢だ、と瞳が語る。

「今度結婚式挙げるんだ。よければ来てくれよ。」

これ『招待状』と式場の島の『永久指針』な。とポンポンと懐から出す。
予想外であった。

「は…?」
「え、えぇえ…!?」

驚いたのは何故か二人。マルコは眠た気を取り払い、なまえに至ってはその場でぽかんと口を開いて固まってしまっていた。流石というか白ひげだけは変わりなく面白気にその三者三様を見下ろしていたが。

「な、え、…しゃ、んくすっ?」
「驚いちまったんだな、目ェ丸くして可愛いなァ…なまえは、」
「ひ、とりで決めちゃったの?」
「いや、ベンにも相談したぞ。」
「わ、わたし何も聞いて無くて、」
「びっくりさせたかったんだよ。」
「用意、大変だったでしょ、え、えぇえ…!」
「割りと楽しかったぞ?落ち着けよ、あー…ヤベェ、その顔堪ねェ。」
「グラララ…なんだ赤髪、身ィ固めんのか、」
「オゥ、なまえ以外にいい女なんてこの世にいねェんでな。おれのモンにしちまうんだよ。」

確かにもうなまえは『おれのモン』なんだが口約束だけじゃ、手ェ出す野郎がなまえに近くだろ?なまえが可愛いからそれはある意味当然なんだが、何せおれの腑が煮えくり返っちまう。

「そっちで釘刺しといてくれよなまえに寄るなってな。」
「…それはテメェの甲斐性の問題だろォがあほんだら、」
「騒がしいのは大好きなんだが…『今』は平穏にいきたいんで、な。」

そう無邪気に似た顔付きでなまえの額に口付け「帰るか、次は『鷹の目』んとこだ。」とわらってみせた。

「…おれの嫁さんを羨ましがるのはいいが、それ以外は許さねェ。」

最後の最後で発した顔だけは四皇に相応しいものだった、と不死鳥は苦々しい顔を隠そうともしなかった。


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