すえながくばくはつ | ナノ

Photo Magic



 ああ、いらっしゃいませ。こんにちは。お待ちしてましたよ、ええ、十一時からのお写真ですよね。今は……十時半、おやおや。
 大丈夫です、少々待っていただく事になりますが。いやね、今せがれが撮ってるんですよそうそう、あのチビすけだった。なのでお話の相手くらいにはお役に立ってご覧にみせましょう。
 そうですねぇ、どんなお話をしましょうか。この歳まで写真ばかり相手にしてますとどうにも話題もそっちになりまして。
 ……そうだ、これがいい。もう何年にもなりますが、いいお顔の写真があるんですよ。そりゃあもう、最高だと自画自賛してしまうくらいのいい出来なんです!ちょっと待っててくださいね。
 ああ、でも秘密にしてくださいね。この写真の『主役のひとり』さんはかの有名な大海賊なんです。




 それは、セピアの色に記憶が染まりつつある秋島での一幕でのこと。



「いらっしゃいませ、こんにちは。…おやおや、ご両人お揃いで。白くま君もいらっしゃい。」
「こんにちは。」

 大きなバッグと小さなポーチを携えたお似合いの二人、それと後ろに大きな大きなトランクを持った…ちょっとした名物になりつつある白くまがやって来たのはちょうど十時のチャイムが鳴った頃合だった。
 背の高い青年は今日も今日とて、濃い隈がはりついてどこか排他的な風貌である。海賊に排他もクソも関係ないのだろうが、まあ、兎角明るい爽やかとは無縁の青年だ、その片腕は相変わらず傍らのお嬢さんへと回されている。お嬢さんは背が低く、随分と幼げにも見えたが本人曰く成人しているとのこと。

「今日はよろしくお願いします。」
「はいはい。お着替えの手伝いはかあさんがしますから、おぉい。」
「はいよ。」
「奥にどうぞ。『旦那さん』は…」
「……。」

 ぴくりと、青年の目尻が揺れるのは『旦那さん』呼びに馴れていないのか、照れ隠しなのか。お嬢さんはわかりやすく頬を染めていたのが大変に可愛らしい、いやぁわたしも歳を取ったものだ若いとはこういう事なのだろうと、目を細め。もう一度彼の名前を白くま君が呼んだところで漸く声が返ってくるのだ。

「タキシードぐらいなら一人で充分だ。なまえ、どれくらいで済む?」
「うーん、お化粧からだからけっこうかかると思うの……。」
「着替えたらおまえのところに行く。いいな。」

 おやまあ花嫁さん離れが出来ない新郎さんだね!とはきっぷのいいかあさんの一声であった。奥さんとなるお嬢さんは微笑んで旦那さんの子供みたいな駄々、おっと失礼。…可愛いおねだりに頷いていたのだ。
 ならばわたしはカメラの準備をせがれとしようか、と踵を返すのだった。
 彼らがこの島へとたどり着いたのは今から一週間ほど前のこと、そしてこのご両人は錦美しきこの島で結婚式を挙げる。今日は事前の写真撮影。
 名誉あることに我が一家が切り盛りする写真館を選んでくださったのだ。後々海に名を轟かせる大海賊のキャプテンが!

「ベポ。」
「アイアイキャプテン。」
「伝言だ。」
「アイアーイ。」

 そんなやりとりを背中で聞きつつ。
 これはかあさんから後から聞いた話なのだが、旦那さんは奥さんの花嫁姿にたいそうに、そりゃあもう天使が女神を見たかのごとく驚いていたそうだ。「きれいだ……」と言ったきり棒立ちで、感動して指が震えているのが見えたんだよおまえさん、新郎さんはよっぽど花嫁さんが大好きなんだろうね!とまあ歳を忘れて恋愛小説を読んだ乙女のようにきゃあきゃあとはしゃいでいた。
 母さん、父さんと同い年だろ。とぼそぼそ言っていたせがれはしばかれ。わたし?口出しせずに主役が来るのを良い子で待っておりましたよ。

「おまたせ、しました…。」

 主役が遅れたのは唇のお直しをしていたから。完璧にメイクもドレスの準備をしたけれど、その後にそれを乱してしまった御仁がいるのだ、責任を取ってご自分で花嫁へとルージュをほどこしてあげていたが。
 チラ見したかあさん曰く、情熱的だったわよ!海賊ってのはみぃんな激情家だったわ!とのこと。ええ、キスの話です。

「では、こちらに。」

 パールホワイトのドレスと象牙色の肌のコントラストは素晴らしい、選らんだ人物はこのお嬢さんの事をよく知っているのだと思ったところで旦那さんが満足そうに笑んでいたので合点がいった。

「奥さんは椅子に腰掛けて、旦那さんはその後ろ…そうそう、寄り添うようにしていただいて…かあさん、ドレスの裾を。」
「もう少しふんわりさせましょうか!」

 レフ板用意はせがれの役目、角度は上々。黒いタキシードと白いウェディングドレスはお互いを引き立ててこの先の二人を表しているようだった。
 実に、お似合いの二人だった。

「「「ごめんくださーい。」」」
「おや?」
「あらあら!着たわね!」
「かあさん知ってるのかい?」
「お嬢さんから伺っててね!」

 元気な若者たちの声、それも一週間前から聞き始めた声であった。かあさんが呼びにいけばぱたぱたと足取り軽い音と共に部屋の人口密度はいっきに増す。
 特徴を上げるなら、サングラスと帽子と白くま、と言ったところか。名前もすっかり覚えてしまった、彼らが我が写真館を見つけたのがご縁の始まりなのだからさもありなん。

「なまえちゃん、きれいだなあ!」
「キャプテンが選んだんだっけか、よく似合ってる。」
「キャプテンもちょうかっくいーっす!」
「やっぱり白より黒がいいですね、キャプテンは黒が映えます。」

 まあ性格がよく現れた感想だった、そして二人と一匹は首をかしげるのだった。
『どうして写真撮影に呼ばれたのか』

「たくさんお世話になりましたから。」
「特にお前ら三人には、な。」

 特殊な出逢いで、ばたばたとした出来事が幾つも連なり。それでもここまでこれたのはおれ達二人だけの力じゃない。と旦那さんは海賊のキャプテンらしい言葉を零していた。

「写真も、おれとなまえだけでよかったんだが。」
「私の我がままをローが聞いてくれたんです。皆さんと一緒に写りたいって。」
「あれ?式の時に皆写るでしょ?」

 白くま君がもっともな一言。だが今度は旦那さんが「こういうきちんとした場のショットでという意味でだ。」と注釈を入れていた。
 ははあ、『伝言』とはこのことだったか。白くま君は理由まで聞いていなかったか、なるほど。

「私が、一人でこっそり思っていたんですけれど……ハートの皆さんは私にとって家族のようで。」
「全員で撮りたいと強請られたが、流石にあの数はここには入らねェ。だから特に関わりが多かったお前らが選ばれたって事だ。ほらさっさとこっちに来い。」
「キャプテン…あなたって人はまったく……身に余る光栄、ありがたく。」
「なまえ、ちゃ、なんて、いいこ!!おればってなまえぢゃんのごど本当の妹だって思っでるよぅおうおぅ!!」
「なまえから離れろ、顔から出てるもの全部拭け。」

 てきぱきと指示を出す旦那さんことキャプテンの手腕は流石。「おれなまえの隣とったー。」とちゃっかり並ぶ白くま君。
 瞳が潤む、きれいな花嫁さんは今日一番のとびっきりの笑顔を浮かべて。

「はーい撮りますよー。みなさんにっこりしてー。」



 …といった経緯がありまして。で、こちらがその一枚。どうでしょう、皆さんいいお顔でね。あんまり出来がよかったものだから引き伸ばしてしまったんですよ。
 ええ、その後のお式にも呼ばれて写真撮らせていただきました。みんな陽気で、厳つい顔もいましたけど、そこらの島民より博識でね。気のいい連中ばかりでした、結婚式であんなに大笑いをしたのは生まれて始めてでした。
 おっと、話が長くなりましたね、そろそろ先客さんの撮影も終わる頃でしょう。
 時間もぴったり。

「前も十時からの撮影でしたねぇ。」
「すごいですねぇ、よく覚えてらっしゃる…。」
「それはもう、あんなに見事な一枚を取らせていただきましたから。」
「時間を取らせて悪かったな。」
「おちびさんがぐずらなかったから予定通りですよ。」

 おや?どうなさいました?
 ああ、あはは。そう、そうです。先客はご両人ですよ。新しく加わったおちびさんの初めての記念写真です。

「結婚式の時の写真の隣に飾るんですよ。」

 お母さんとなった花嫁さんは、あの日のようなとびっきりの笑顔を浮かべていた。


fin.




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