March of you is special | ナノ

猫と水色と春の空

バレンタイン話の続きですよ。

  なまえが、昔のように最近よく微笑う。いや幾らか語弊が生まれる言い方だったか。
  そこまで過去の出来事とか霞かかる程時間が過ぎたという意味ではない、ただ昔の、と引っ付けたくなってしまう程度には自分はずっと待っていたのだろう。
  艇を舫いた若草色の島、春島の春はまるで猫の和毛を撫でているようなとろとろとした居心地になるだった。そう思っている矢先に汀のほとりでにゃあにゃあと鳴声が響いたのもので、『PENGUIN』帽子はそぞろ笑みを作ってしまうのだった。



「なまえ!」
「おかえりなさい。」

  様子見で島をぐるり一回り。ちょっとした買い物も済ませた男はキャプテンへの報告もそこそこにこの潜水艇唯一の女部屋へと歩を進めるのであった。ドアを開けていの一番、声を掛けられたなまえはマキシスカートを翻していた。先程まで繕い物でもしていたのだろう、裁縫箱の口が開いている。

「ただいま。なまえ、体の調子はどうだ?」
「まあまあ、かな?ペンギンも偵察お疲れ様でした。」
「うーん、偵察ってか、この島はのんびりしたトコだからなぁ。」

  偵察というか態のいい散歩というか……。
  港町をぐるり回ってこの島の記録(ログ)と名産品の情報を仕入れた男は随分と可愛げのある小さなショッパーを携えていたのだった。記録はこの紙袋に入る訳もなく、名産品は春玉葱なので押して図るべし。

「なまえにお土産買ってきたんだ。」
「私に?」
「みんなにゃナイショ。な?」

  おれのは、おれのは、とうるさくなるから。そう言って破顔した彼は軽い音がするショッパーを振ってみせたのだった。ハイ両手を出してよお嬢さん、など流行り歌よろしく拍子を打てば彼女はおずおず素直に掌を揃えて見せたのだった。
  ショッパーはそれくらい小振りだ。

「開けてみてくれよ。」

  開けてくれるトコを見るのが緊張する一瞬でもあり、堪らなくワクワクしてしまう。童心を刺激されるというか。シールタグを剥がす仕草を目で追って、そのソワソワのまま舌に言葉をふたつみっつ乗せるのだ。なまえにきっとよく似合う、と。

「わ。」
「へへ…!」
「シュシュだ……。」
「なまえのスカートと同んなじ色だろ?」

  春の空色だとはにかんでペンギン帽子を照れ隠しに被り直す。耳朶の端が赤くなっているのは二人、あぁこんなトコがお揃いだなんて!と更に気恥ずかしくもなり……男はふにゃりと微笑うのだった。

「それに。」
「それに?」
「ホワイトデー。」
「……?」
「ホワイトデーだろ、だから」

  何をお返しにしようか散々迷ったんだけど、これ、見つけたら一発だったんだ。ニカリと音が鳴りそうなまでの笑みとなった男になまえの瞼の奥は熱くなる。

「たまたま寄った店屋で見つけたんだ。そしたらなまえが着てるのとよく似た色のがあって……。すごい偶然だろ、ガラまで何となく一緒に見えちまって。したらもうこれは買わねェと、ってな。」
「ありがとう、すごく嬉しい…っ。」
「やった、サプライズ成功だ。」

  喜んでもらえたのが何より嬉しいと朗らかさを溢れ出している男にしかし、なまえはでも…と言葉を濁す。先月のバレンタインは自分一人で作ったものでは無いのだ。目の前の、この破顔した男と共にあつらえたのだ。お返しを貰えるような立場では無いし、自分から彼へ贈る物も用意していなかった。

「私…そのごめんね、何にも用意してなかったの…今からでも、何か、」
「……あー…それ、なんだが…」
「??」

  なまえが最近臥せりがちで、ようよう落ち着いたのは誰よりもおれがよく知ってるんだ余り気に病むな。と前置きを並べるとバツの悪そうな…おねだりをするような、所在無げな、そんな物珍しい顔を笑む眦を引っ込めて呟くのだった。

「実はそのシュシュ、下心があってな。」
「うん。」
「あのだ、その、」
「うん。なあに…?」
「それ付けておれとデートシテクレマセンカ。」

  いい陽気で、キャプテンからの『外出許可』もとれた。ここは猫がのんべんだらりと過ごす長閑な島だ、散歩には持ってこい。デートの口実を作りたかったのもあるんだ、と彼は早々に白状するのであった。

「ぶらぶらしてたら広い野っ原もあったんだ、クローバーが一面に広がってて……風も穏やかで。」
「……っ、」
「人もまばらだから、なまえも落ち着くだろ。」

  先だっての『事件』の所為でなまえはまだ人混みに苦手意識がある。……下手に口を開いて妄言を出してしまうのが怖いのだと、この男はよくよく理解しているのだ。
  あぁ、その代わり猫が多いんだ人より猫の方が多いかもしれないと戯けてから彼女の手をそっと握るのだった。

「それ、私が貰うプレゼントみたいだよ…。」
「おれも嬉しいし、楽しいからいいんだよ。」

  とうとう泣き出してしまったなまえの頭をしこたま撫でてやった男はその後、穏やかな春風を愛おしい連れ添いと共に浴びて歩く事になる。実に幸せそうな面持ちをしていたのだった。
  『島中の店という店を回って探し出した』シュシュはなまえにやはりよく似合っていた。『どこかいいデートスポットはあるかと島民に散々聞いた』クローバーの野原までは、残り四半刻もせずに到着するだろう。
  ホワイトデーだ、男のおれが大立ち回りする日だ。だから勿論なまえには内緒で、秘密なのだ。

  さて、必死で探して見つけた四つ葉のクローバーはあのネコヤナギの近くに生えていた筈。

「四つ葉のクローバーあったら、指輪作って欲しい……なんちゃってな!」
「ふふっ、頑張って探そう。ちっちゃい頃よく作ったんだよ、クローバーの指輪とか冠とかね。」
「おれ、実は作り方知らなくてなァ。教えてくれよなまえ。」
「はあい、お任せください。」
「できたら指輪交換、しような。」
「うん…っ。」

  靴に付いた草の染みをそっと隠して、春の空色を目一杯浴びる男はとてもとても幸せそうに微笑っていた。女が幸せそうだったから、涙も出そうだった。


FIN

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