March of you is special | ナノ

紅と揃いと梅の花

「観世水ならございますよ。」
「……それもいいが。辻ヶ花は?」
「うーん、お取り寄せになりますねえ……」
「そうかい。いや無理言ったなご店主。」

  辻ヶ花がいいんだが、生憎あれはワノ国まで仕入れに出向かないといけないらしい。と或る島で偶然見つけた反物屋で緑の黒髪を結い上げた美丈夫は思案していたのだった。
  小花の絞りにしようか、雪輪文も娘らしいが。色はそうさな、石竹か……淡い縹でも似合うだろうさ。おれの可愛いやつは春の襲がいっとう映える。いっそ簪も誂えてしまおう。春の花の透かし彫りが襲の色と揃うていいだろうさ。
  帯のいろいろ、帯留、と考えておっとこりゃアおれが一番楽しんでるねェと締め括る。

「後は…と。」

  最後にひとつ、うちのやつに尋ねとこう。





「さて、ちょいとご新造。聞きたいことがあるんだよ。」
「はあい?」
「御前様、貝はお好きかい?」

  相も変わらずの紅がよく似合うそのかんばせは…何やら企みの飛び切り悪戯っ子のそれになっていたものだ。名前を呼ばれたのは、なまえ。島へ遊びに行った四番隊長殿から、土産に梅花をひと枝貰ってほくほく歩いていた時分であった。
  まだ硬いその蕾は……来る日を冠するように微かに白く染まっていたのだった。

「かい…って、貝?」
「そう。海の貝。」

  帆立や蜆の事じゃあないんだがねなまえ、と茶々を入れてひとくさり。付いて来てほしいんだよ、そう言っては彼女の袖を引くのだった。白梅枝を携えたままだから部屋に置いてくるよ、となまえはたたらを踏むのだけれどもにこりと微笑み……それはもう艶をひそめた女のように微笑んでみせたのだった。

「その梅、咲かせてみしょうか、おひぃさん。おれの紅でひと花ふた花色さしてしまうがね。」

  能舞台に引っ張り込まれたようだった。時々この人は心底、女形になっては自分を翻弄して喜ぶのだ。何処に行くのと問うてみれば、なあに直に着く。と人差し指をそっと唇に当てられたのだった。……成る程秘密というわけか。
  寝ぐらの船から降りると、ままにして島の通りを抜けていく。商店が建ち並ぶ中を淀みなく足動かしては「こちらさ」と言ってとろりと笑むのだった。

「急ぎ足になっちまってたかい?」
「ううん。ちっとも。」
「なら良かった。……着いたよ、なまえ。」

  さあごろうじろ、そう言われてまじまじと見つめる先には『異国情緒漂う』空間が広がっていたのだった。ワノ国の店だと一目瞭然、鼻を擽るのは手の内の花とよく似た香の甘やかさだった。

「お待ちしておりました。ささ、こちらに…」

  着物のご店主が奥のどん付き部屋まで案内してくれた。さあ襖を開けようか、なまえが身を乗り出したのだったけれども隣の美丈夫に片手で制されてしまう。

「さあさ、お楽しみはこれからだ。……口上を覚えているかい?」
「……花を咲かせる?」
「そう。花咲爺ほどの立ち回りじゃァ御座いやせんがこのイゾウ、見事ご覧にいれやしょう。」
「それじゃあ今日はイゾウは、花咲…海賊?」
「ふふ。まあそんなもんか。ちょっと待ってななまえ。」

  勿体ぶるように、ささやかな声を耳打ちされる。ぞくとするまでにあだっぽい女形に吐息を注がれてなまえは内心あわあわと慌てふためいてしまうのだった。
  その隙に手の内から梅の枝を抜き取られ、そして美丈夫は硬く閉じた蕾へと唇を寄せる。……ふぅっと息をかけたのは僅か一拍程。まだ見えぬ襖の向こうへと梅の香りを流すような仕草であった。

「さあ、花が咲いた。」

  襖はその声と共に引かれていく。
  目の前には淡い色が広がり佇んでいた。梅の花を散らした着物が二枚、並んで衣桁に飾られている。先程からの甘い匂いはこれに焚き染めている香だったらしい。
  ひとつは梅の花が散りばめられて、裾下には色とりどりの貝合わせ文が華やかさを生み出していた。もうひとつは貝合わせ文は無いが……同じ梅の花が上品に散っている。イゾウが言ったとおり咲く梅花は雪白もあれば薄紅や茜、萱草色に染まっているのもあった。

「綺麗な着物だねぇ…」
「こういうの、嫌いじゃねぇだろう?先月のお菓子のお返しさね。」
「……え。」

  チョコレートの、お返しがこれ!三倍返しなんて言葉もおこがましいと思ってしまう程の豪華すぎるお返しが、ここに。
  今度こそ目が点になってしまったなまえは、瓢箪から駒どころでは無いこの有様にぱかん、と口を開いて固まってしまうのであった。

「受け取ってくれな。どうせなまえの身丈に合わせてこさえてあるから他のやつらは着れないんだ。」
「……はい、ありがとう、ございます。なんとお礼を言いましょうかその。本当に身に余るこうえいで…!」
「慌ててるねェ。」

  貝合わせ文が散った一枚を引っ掴んだイゾウは打掛よろしくなまえに羽織らせてやるのだった。うむ、丈は問題なし。色味も素晴らしい、後で小物も纏わせてやらにゃあなるまい。

「驚くのはまだ早いよおひぃさん。これからが真打ち登場さ。」

  そう言いながらイゾウは自身もまた仕上がったばかりのもう一枚を羽織るのだった。

「このイゾウ、ひとさし舞ってみせやしょう。」
「いいのっ?」
「おや、こっちの方が着物より反応いいね。」
「だって、イゾウとっても綺麗だもの、踊ったらきっとすごく素敵だと思っちゃって……。勿論着物もびっくりしたけどすごく嬉しいんだよ…!」

  言い募るなまえにわかっているとも、と美丈夫は美丈夫たる笑みを紅引いた唇に宿らせる。梅のひと枝を扇子の様に持ち替えて、片足をとん、と踏むのであった。

「さらしめ、しおくみ、なんでもござれ。しんきょくうらしまと洒落込むのも粋だよ。」

  つい、と梅枝を掬い上げ朗々と口上を述べる女形は誰よりも楽しげにろろんと微笑んでみせたのだった。「おれそのものが贈り物みたいなもんさ。」と艶やかさを増したおとこは、裾を翻して垂れた髪一房を払う。
  随分豪華で、イゾウらしい贈り物に『おひぃさん』は頬を紅梅よりもあかくして笑み崩れていたのだった。


FIN

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