March of you is special | ナノ

ハートと飴玉とマフラー

  これは『彼』がまだ海軍本部にいた頃のお話。

  幾ら海軍基地、それも本部といっても町は広がっているしそれなりにイベント事はあるしそれに浮かれる住民だっているのである。それは先月の十四日に実証済みで。付け加えるならば幾ら海兵といっても、プレゼントを貰えば嬉しさ極まりなく殊更にそれがいっとう愛している女性から、となると当然お返しをしたい……となる。
  ごく当たり前の結論だった。

「うー……む…」
「あの、お客様?…海兵さん?」

  木目がハートの形に似ているな。そう気付いて踏まないように、とその隣に右足の位置を決めたのは時計の長針が『4』を指していた頃だった。今は因みに『5』を指していた。同じ棚を穴が空くほど眺めて、そう、まさに一時間が過ぎていたのだ!店員が訝しんで声を掛けるのも道理だろう。

「何かお探しでしょうか…」
「いや、うん、」
「どういったものをお求めで…?」
「飴を、買おうと思うんだ。」
「こちらはホワイトデーのコーナーですが……お返し、ということでよろしかったでしょうか?」
「あぁ。」

  店の名前は『洋菓子』店。そしてこのコーナーは先月チョコレートで埋め尽くされていた。今月は、キャンディとクッキーとマシュマロがお上品に整列している。この海兵さん、どうやらあちこちに目移りしてしまって中々決められないらしい。

「……先月、おれには勿体無いくらいのそりゃあもう手の込んだチョコレートをくれたんだ。その、恋人が。ちっちゃなカップケーキをたくさん作ってくれて、チョコレートで飾り付けてあったんだ。サクランボの砂糖漬けとかな、それとチョコプレートに『だいすき』とか書いてくれてたんだ……味もおれ好みにちゃんとしてくれてて、一緒に用意してくれたコーヒーも前におれが『美味い』って言った銘柄をわざわざ買ってきてくれたんだ、おれにゃ勿体無い出来た女なんだ。料理するのもうまいし、笑顔がすごく可愛くて…おれァなまえの笑顔見たさにあいつを喜ばせてんだ。だのになまえときたら『自分ばかりがお世話になっている、だから何かお礼をしたい』って言って聞かなくってな。おれがおれの為にやってるようなもんでもあるから…」
「あの!お客様!!」
「ハッ?!」

  なんだこのお客、さっきは無言と仲良しこよしだったのに今度はマシンガントークときた。一時間分の声をたっぷりと聞かされたとでも言うのだろうかこれは。
 

「もし、参考になれば、ですが。本命の方にはキャンディ、ご友人ならクッキーがお勧めです。ホワイトデーのお菓子にはこんな意味が込められているのですよ。」

  因みにマシュマロは『あなたが嫌い』という意味があります。と言われたところで海兵の視線はふわふわの塊から勢いよく外されたのだった。
  分かりやすい、分かり易過ぎる海兵が何をこれから選ぶのかおおよそ検討付いた店員が『お買い上げありがとうございます』と口に出すのは……後十分少々のちである。




「ロシー、見つけた…っ。」
「なまえ!」

  淡いコーラルピンクのショッパーは随分とこじんまりとしていた。それを右手に下げて家路へと足を向けていたのだが……夕陽を背に自分の名前を呼ぶ声と思い掛けず出くわして、目玉は勝手に真ん丸へ形を変えてしまう。

「なまえ、どうした?何か家であったのか?おまえは、その…確かに妙齢だけどこの辺じゃ幼顔に見られちまうんだ、変な奴はいないと思うが万が一の事があれば、だな。その、」

  側まで寄って、だいぶん低い位置にある恋人の瞳覗くのだが……何やら困ったらしい眼差しで、終いにはほんのりと苦笑まで浮かべられてしまうのだ。
  苦笑の相手?勿論自分だとも。

「心配なんだ、なまえが。」
「うん、ありがとうね。でも……心配しちゃったのはこっちもですよー。」
「ええ?!」

  いつも帰って来る時間になっても帰ってこないし、風が冷たくなってきたし。また何処かで転んじゃったのかしら?と思って。と微苦笑から今度こそ、海兵が……いやロシナンテがいっとう『好きだ』という柔らかい笑顔でなまえは笑むのだった。

「鼻が赤くなってるよロシー。……マフラー持ってきたの。」

  じゃがんでほしいなあ、というなまえの声を素直に聞いたロシナンテの首元には先程の洋菓子店で見かけたようなギモーヴそっくりの柔らかいマフラーがかかる。

「ありがとう……。」
「どういたしまして。……三月入ったけどまだ寒いねえ。」

  今日は寒いからトマトシチューにしたのよ、と夕飯のメニューを諳んじるなまえに、ロシナンテはえも言えぬ温度がじんわりと胸の内に広がっていくのを覚えるのだ。
  あぁ、なまえ。穏やかなぬくもり、己の拠り所よ、愛しいたった一人のひとよ。ありふれた日常がこの上ない幸せであると、教えてくれる美しいひと。
  思わず涙腺を緩ませてしまうのは、もっぱらなまえだったけれども今は自分もすっかり彼女に感化してしまったらしい。

「なまえ、なまえ、聞いてくれ。」
「はあい、なんでしょうかロシー。」
「マフラーがすごくあったかいんだ。」
「ふふっ。それはよかった、よかった。」
「それと今日遅くなってごめんなぁ。」
「ううん。会えてよかったよ。」
「……なまえのお返しを選ぶのに悩んじまったんだ。」
「お返し……?あぁ!今日ホワイトデーだったね。」

  なるほど合点がいったと、納得するなまえの手を引いて歩き出したロシナンテは幸せそうな顔で「そうさ。」と頷くのだった。
  なまえがしてくれたようにとびきり美味しいキャンディと、それとキャンディに合う……そうだ紅茶にしよう。とびきりの茶葉を戸棚から出して一緒に飲もう。
  そうやって二人帰る家路は、とてもとてもあまやかだった。

fin

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