或る街のひと月
*現パロですよ&捏造子ども出てきますよ
*中編『
或る街の二ゼル・ブルー』未来編ですよ
十月のポォトレヰト。
ひと月の祝いごと。
時間はとつとつと拙くも流れていく。皆ひとしく。
10/6 11:00
「…きれい、だな。」
時計の秒針がカチコチと響く今日。今年も花が届いた。
淡々と続く日々にポッと現れるのはいつだって同じ香りだった。無記名の、差出人に配達員はしきりに首を傾げていた贈り物。だがよく分かっている、己にとって『これ』を贈る人物は一人しかいない。
世界中どこを探しても、ただひとりしか知らない。
知らなくて、いい。
「『必ず来る幸福』…」
花の事などつゆも知らず、しかしこの花の事ばかりが脳みそを駆け巡るものだから…いつの間にか頁を捲り、電子の海を覗き、すっかり詳しくなってしまった。
花言葉のその意味を知らないとでも思ったのか。そのおもいをどんな顔で込めたのか。
「なまえ。」
自分の一生の内でたった二人、私を好きだと言ってくれた人。答えられなかったけど、戸惑ってばかりだったけど嬉しかった。その感謝を花に込めて。親愛なる特別な人。
…優しいかの女は、きっとそんな事を思っている。分かっている。
分かっていて己は花束をそっと抱きしめるのだ。
(おれは物分りのいい男だろ…?なァ、)
いつか枯れてしまう花を贈るのは、名前を決して残さないのは、
「花瓶、は…確か洗面台の下、」
無記名なのは己の気持ちに答えられないと言っているに等しく。
さりとてそれで贈り物をする、なんて失礼なんじゃないか傲慢なんじゃないかとぐるぐる悩んだんだろう。
『自分が』『誰でもなくても』幸福を祈っている、幸せになって欲しい、そういう気持ちだけを花に仮託して降り注ぐように。
一瞬だけ満開になって目を引いたあと、すぐに枯れて後に残らないように。
「おれの知り合いに花束をプレゼントしてくるような人間は一人しかいねぇよ。」
十月の天高い空から色を掬い取った様な、青い花瓶はリュウキンカの為だけに今年も水を満たしていく。
10/08 15:00
誕生日は温泉行くぞ。
そんな台詞がまさかこの鼓膜に飛び込んでくるとは、いやはや。
「ノーヴァ、石鹸流れた?」
「おお。」
「背中洗うよ、こっちいらっしゃい。」
部屋に備え付けの浴場は広く、四人入っても何ら問題も無かった。
普通ガキの誕生日に爺い婆あ臭いところに行くか。とまぁ湯船に浸かってフフフと笑う男に内心毒付いていた。…大方自分の嫁のハダカが見たい口実かそこらだろう。
なにぶん遺伝子を件の男から頂戴してしまったので思考がよく読めてしまうのだ、嫌らしい事ながら。
(ま、いいか。なまえがいるし。)
目に入れても痛くない、可愛い妹も居るし。
少年は母を母とも呼ばず語尾柔らかな声に従うのである。
「…はい、おしまーい。ミーティアの番ですよー。」
「はぁーい。」
「湯冷めしない内にあったまっていらっしゃいノーヴァ。私達も終わったら行くからね。」
頷き一つになまえは微笑み、夫にも「もうちょっとで入りますよー。」と声を掛けていた。
じゃぼんと浸かった湯船は少しだけ熱い、既に浸かっていた方の男はその所為だろう広い浴槽のフチに座り足湯と洒落込んでいたのだった。
「きれい、だな。」
自分よりずっと歳上なのに、何処か同じに見える輪郭が水に濡れていた。髪の毛は自分のものよりずっと深い色で、それが背中に張り付いてシャボンの泡と交互にコントラストを作っていた。
…妹はすっかりなまえの影に隠れている。
(なまえよりも綺麗な女っているのか?)
生まれて十の年月は経たないが、名前すら甘やかな存在などついぞ知らない。
「こんないいモン見て他のがまともにおんなに見えるか?」
辿り着いたこたえは、かちりと自分の身にはまり込み錠が掛かり自らの本質になっていく。
「あ、そうか。」
成る程、これがおれの、さがなのか。性なら受け入れねば、何せこの男と同じく『直感』を己も信じるものの最たる一つとしているのだ。
「これをおれのおんなにすればいいんだ。そしたら万事解決じゃねェか。」
華々しくも晴れやかに結論へと辿り着いた、世界が割れんばかりの拍手を贈ってくれている気すら起きる。これは、ああ、なんと素晴らしき誕生日か。
「お待たせ。ドフィ逆上せてない?」
「おれよりもノーヴァだな、さっきから独り言と仲良しこよしだ。」
「あらま、ノーヴァ?」
「平気だ、考え事してた。」
なまえと妹が石鹸を洗い流して漸く湯船に入って来た。髪がまとめられている、うなじが白い。
「ぱぱ、だっこ!」
「おゥこっち来い、おちびチャン。」
妹はぺちゃりと無邪気に、悪人面へとへばり付く。無垢な生きものだ、なまえによく似た丸っこい笑顔に口角は緩む。
「なまえ。」
「はあい。」
「…オイクソ餓鬼、なまえを呼ぶ時ゃオカアサンかおふくろかだっつったろ。『なまえ』と呼んでいいのはおれだけだ。」
擦り寄った胸元はふわふわして、それから前髪に掛かった金髪を払ってくれる指も柔らかい。
おれの、なまえ。
「なァ、ドフラミンゴ。」
「何だクソチビ。」
「誕生日プレゼントまだだったな。寄越せ。」
「貰う態度じゃねェよなァ餓鬼んちょ。」
「プレゼントになまえをくれ。」
「…?ノーヴァ?」
「…ふざけんなクソガキ。」
これが今後激化する父と子のなまえ争奪戦、その初戦である。
10/23 18:00
ぱぱとおたんじょうびがちかいから、わたしの『おたんじょうびパーティ』もいっしょにするんだって。
ほんとうは31日だけど、ぱぱといっしょにお祝いしましょうね、ままもぱぱも、おにぃちゃんも言っていた。それと、モネおねぇちゃんもベビーおねぇちゃんも言ってた。
「…あれ?まま?」
お祝いは大きなホテルのてっぺんのおへやでするんだって。キラキラしてて、ケーキが食べたくなって、きょろきょろしてたらしらない人しかいなかった。
ぱぱもままも、おにぃちゃんもいない。
「…おい、おまえ。」
「おじちゃん?」
気がつけばしらないおじちゃんがいた。ねむれないのかな、ぱぱが『てつや』したらできる『くま』がおかおについていた。
「親父か、お袋はどうしたんだ?」
「…いない。」
「そうか。」
今度はどこか、いたいのかしら。おじちゃんはケガをしたみたいにシワがおかおにできていた。
「…あいつの、娘か、」
「あいつ?」
「いや、なんでもない。…連れて行ってやる、手ェ出せ。」
「はあい。」
「…警戒心無いのは誰に似たのか…。」
「?」
それからおじちゃんといっしょに、キラキラなおへやの中をあるいたの。おじちゃん歩くのがゆっくりねって言ったらちょっとだけ、わらわれちゃった。
「ミーティア…!ここにいたのね。」
「まま!」
「…ローさん、」
「迷子を連れてきただけだ。…こいつ、おまえそっくりだな。」
「はい、よく言われます。…連れて来てくださってありがとうございます。」
「あァ。」
「…まま?」
おれいをままが言ったからわたしも言わなくちゃ、と思っておじちゃんを見たの。
おじちゃん、さっきのおかおで「会えてよかった」って。
ままは…こまったみたいに、泣きそうなみたいに、ちょっぴりわらってた。
「まま、あのおじちゃんだぁれ?」
おじちゃんがかえってしまったあとに、こっそりままに聞いたの。
「ママのたいせつなお友達。」
「またあえる?」
「いつかは、分からないけど…いつか会えるよ。」
また、あえるんだ。あのふしぎなおじちゃんに。
おじちゃんに、こんどあったら『いたいのいたいのとんでけ』をしよう。
10/23 19:00
「総帥、おめでとうございます。」
「ご子息も元気に育っておいでで。…何より聡明なお顔立ちをしてらっしゃる。」
「これでドンキホーテ家も安泰ですなぁ。」
「…奥様はお子様の面倒をよく見ていらっしゃる。」
「おさびしくはありませんか?ふふ、いえ、深い意味なぞございませんよ。」
何十回目の『生まれた日』がやってきた。着飾った連中に一流のホテルが用意した数々、輝く世界はまぁ、自分の地位を考えれば当然のものだろう。
これも仕事だ、しかし給料にならなければ現物支給も期待できない。
それと面倒くさいのも湧く、前向きに言い換えるなら…面倒くさいのを炙り出せる、か。
「ノーヴァはフケて、なまえはネフェルタリの奥方に捕まり、ミーティアはヴェルゴとケーキに夢中。」
「…どうなされましたか?」
「いいや、なァんにも!」
腹が丸見えなのは三人、チラつかせ様子を伺ってるのは二人。
己としてはこれ見よがしになまえ以外のおんなは要らんと言いふらしていたつもりだったのだか、これらは盲目だったらしい何一つ分かっちゃいなかった。
「うちの姪が今度お会いしてみたいと、」
「どれにだ?コラソンか?…あいつは気難しいが。まあ頑張れよ。」
「いえそうではなく、」
女を宛がおうとかどこの馬の骨とも知れない娘がとか散々に陰でうごめいてくれやがっている。
本当に、全くもって!気持ち悪い。
筒抜けな分余計にだ、おれだけなら羽虫をあしらう様にすれば事足りるが…その喧しい羽音をなまえにまで響かせようと躍起になる馬鹿もいるのだから、始末に負えない。始末したが。
「おれはおれだけの妻を迎えに行くとしよう。…少々目が疲れたんでな。」
益の為に他人を蹴落とすことを何とも思わないやつら。旗色が悪くなったら簡単に手のひらを返すけだもの達。テメェらみたいな人間なのか定かじゃないヤツらが寄越す女なんぞ視界にすら入れたくもない。
「なまえ。」
群がる連中を『愉快』ではなく『嫌悪』しだしたのは…そうだ、なまえを蔑ろにした時からか。軽蔑、軽視、敵視、あんなものを向けるとは、はらわたを引き摺り出してやりたくもなる。
同じ穴の狢、ハイエンドの性悪の思考など手に取るように分かってしまうのだ。
「あ、ドフィっ。」
「こんなところに居たのか。ネフェルタリは?」
「ビビちゃんのお友達に会いに行かれたの。…ふふっ、おつとめお疲れ様です。」
「あァ、最高に疲れた。…ご褒美くれよ。」
光り輝く百鬼夜行の群れをぬって、たった一人のおんなの元へ辿り着く。花の微笑みに唇を一つ落とせば、後ろ頭を撫でられた。
気分はすこぶる良くなる。
「ノーヴァは?」
「『ジャンクが食べたい』ってシニョールさんと出ちゃった。」
「なら早めに切り上げて帰っちまおう。」
「いいの?」
「主役の我儘は通すモンだ。それにおれはまだなまえから何にもプレゼントを貰って無い。」
無垢でいとけなくて愛らしくて、零す涙は砂糖菓子か宝石かというようななまえ。誠実で甘い少女を見出せたおれの天運は最高だ。
これが、おれだけのおんなだ。
「…いや、フッフッフッ!汚ェモンばっか見てれば初めて見た『美しいもの』を過たず見抜く眼力になってたのかねェ?」
日付が変わる前にトンズラしちまおう、そう心に誓って男は小さな女の片手を握るのだった。
十月は、じきに過ぎて行く。
ポォトレヰトは誰彼構わずこうやって語り掛けていくのだ。
これが或る街の、十月。