十万ヒット企画「ふりりく。」 | ナノ


麦わらとキャンパス


※大学パロですよ。
※暴力表現が含まれてるので気をつけて!


「なまえっ!なまえっ!今日昼めし一緒に食い行こう!」

  眩しいばかりの笑顔を向けられたのは学び舎の門をくぐってすぐ、今朝の事だった。トレードマークの麦わら帽子をはためかせているのは気持ちのいい風で、彼の性分に実によく似合っていた。
  走って来たのだろうか、ほんの少しだけ息切れしていたが…じきにそれも収まり彼はなまえの手を握るのだった。

「うん、お昼楽しみだね。おはよう、ルフィ。」
「おう!」

  ルフィはこうやって突然唐突な予定を立てる。出会った初めの頃は驚きっぱなしのなまえだったがいつしか慣れて、逆に彼の性分が微笑ましくなってしまったのは何時ぐらいの頃だったか…。

「サンジんトコが昼定食始めんだ、肉が食える!」
「バラティエ、ランチタイム始めるんだね。」
「朝一番に教えてやろうと思ってよー、そしたらなまえの背中が見えたから走っちまった。」

  ありがとう。となまえが笑みほころぶとルフィもまたししし、とはにかんで繋いだ手を大袈裟にぶんぶんと振るのだった。なまえだけがルフィをここまでご機嫌にしてしまう、そしてその笑顔一つだけで彼の耳を染めてしまうのだった。
  
「待ち合わせどこにしよっか?」
「講義終わったら迎えに行くから待ってろ。」
「え…でも、遠回りにならないかな、」
「レイリーのヤツだろ?その分なまえと散歩出来るからいいじゃねーか。」
「…う、ん…」
「ししっ、おれなまえのその表情(かお)好きだ!」
「ルフィのてんねんたらし…」
「んー?そうかー?」

  そう言ってまた節くれた手でなまえの手を握り直す。
  ルフィはよくこうやって、『好き』の気持ちを振りまいてなまえの心を鷲掴みにしてしまう。きゅうっと手を繋ぐ力を強めて『本当の事だから言ってるんだ』『なまえがすっげー好きだ!』『絶っ対ェ離してやるもんか』と惜しげも無く言葉を降らしてくるのでなまえはいつか愛しい気持ちと恥ずかしさで爆発してしまうんじゃないかとおもってしまう。

「おっ。なまえは西棟だよな。」
「ルフィは東棟だったね、それじゃ名残惜しいけど…。」
「また後でなー。」

  悲しきかな、学部が違うので大好きな恋人とは一旦ここで別行動である。物足りない片手を誤魔化す様に振って『いってらっしゃい』と伝え合うのだった。
  食いしん坊の彼氏ではないけれどお昼時が待ち遠しい。バラティエが大学の近くにあってよかった、ルフィの嬉しそうな笑顔をおかげで見る事が出来ました、ありがとうゼフさんサンジさん。となまえはふわふわした気分でドアを開けるのだった。




(はー…終わった…)

  ルーズリーフを片付け、フワフワ気分のまま時計を眺めれば丁度十二時を回っていた。ドアの前まで出ていようか、と麦わら帽子を思い出しながらなまえは立ち上がろうとするのだが。

「ね、ちょっといい?」
「はい…?」

  さて、と顔を上げた瞬間見知らぬ生徒と視線がかち合った。同じゼミでもなければ別段、話をした事があるという訳でも無い。きょとんと見上げるなまえだったが、相手の表情は妙に不自然でどうにも引っかかるものがあった。
  わらっているのに笑っていない。というか、上手く言い表せないと、いうか。

「ここじゃ言い辛いから…こっち来てくれない?あんたに話がある子がいるのよ。」
「…え、と、」

  参った。としどろもどろなまえは時計を見るのだった。もうすぐルフィが迎えに来てくれるだろう。

「ごめんなさい、人と約束があってあんまり時間取れないんです…。」
「連絡入れとけばいいじゃない。」
「でも、」
「五分ぐらいで済むわよ。」
「…。」

  五分だけならLINEでも、メールでも一言打っとけばいいでしょ。とぴしゃりと言われてしまいなまえは更に困ってしまうのだった。
  高圧的な物言いに口を噤んでしまいつつそんなに重要な話なのだろうか、となまえは押し切られる様にタップを始めたのだった。

『ちょっと呼ばれちゃって。五分くらいで済むから(>人<;)』

  ここまで打ったところでまだぁ?!と凄まれてしまい、なまえは慌てて『送信』を押してしまう。微妙な意味になってしまった本文にあちゃあ、と眉をハの字にするのだが相手は居にも止めずなまえの肩を押して「早く、」と急かすのだ。
  そういえばルフィは余りケータイを開かないタイプだったな、と思い出すも手首引っ張られていてはどうする事ももう出来なかった。
  何処に、と不安しか感じないまま外に出る。早足で連れて来られたのは西棟の裏側で、普段人なんて集まらない場所であるのに男子が何故かたむろっていた。それが怖い。

「ごめんごめんーお待たせー。」
「遅いよー。」

  待っていたのも女子であった。なまえを引っ張って来た女子と仲が良い様で交わす言葉に棘は見受けられない。しかし二人共通してなまえを見る視線だけは居心地が悪くなる素っ気なさをたっぷりとはらんでいた。

「…あの、用事って…」
「…。」

  呼び出した方であるのに対面した女子は無言でなまえを上から下までジロジロと眺め見ていたのだった。品定めしている様な目つきになまえはただただ早く終わりますようにと心底願い、そしてルフィを待たせてしまう罪悪感に心をチクチクと刺激されていた。

「あなた、一年のルフィ君と付き合ってるんですよね。」
「えっ。」
「一緒に手、繋いで歩いてましたよね。」
「…は、い…。」
 
  なまえの肯定の言葉に品定めの目つきはたちどころに鋭い視線に変わっていった。まるで敵を相手にしている様な眼光だ。逆になまえはその気迫に涙腺が緩みそうになる。

「別れてください。」
「…へっ?」
「主語言わないとわかんないんですか、ルフィ君と別れてください。」
「えっ?」
  
  いや、言葉の意味はわかるのだが、日本語が頭の中からすっ飛んでしまう。

「私、高校の時から、ずっとルフィ君が好きだったの…!なんであなたがルフィ君と付き合ってるの、どうして…?」
「…は、ぁ…。」
「…あんた相槌しか言えないの…?」

  先程まで見守っていたもう一人がなまえを咎める様に声を上げる。しかしなまえとてどう言い返せばいいのは分からないのだ、所謂修羅場、というものだろかこれは。いや十中八九修羅場だこれは。目の前の女子がルフィを好きなのでなまえが隣にいては不都合なのだ、と言いたいのだろう。
  だかこればかりはなまえもはいそうですか。と言える訳も無い。朝一番の気持ちいい風と揺れる麦わら帽子が心をいっぱいにする。

「私の方が先に好きになったの!だから譲ってよ!」
「…ゆずれ、って。」
「ずっとずっと好きだったのに…。」

  感極まってか、女子の顔真っ赤だった。泣き出してしまいたいのはなまえも同じなのだが…なまえはきゅ、と唇を引き締める。

「先とか後とか、人の気持ちをないがしろにするみたいな、言い方やめて…。譲って、ってそんな…ルフィを物みたいに扱わないで…!」

  情けない事に声はずっと震えっぱなしでたったこの一言だけ発するのにありったけの力を出し切ってしまったのだった。言いたい事はたくさんある、好きだったらなんでルフィ本人に伝えないのか。伝えられたら伝えられたできっとヤキモチを焼いてしまうし、不安で大泣きをしてしまうだろう。

「ルフィが好きな気持ちは私だって同じだよ…!」

  ほろほろと、遂に涙が溢れ出してしまう。ぎょっとされて、そしてきっと癇に障ってしまったのだろう。目の前の子がツカツカと近付いてくる。眉間に皺をこれでもかと込めて、右手を振り上げて。

「あんたウザいっ!」
「…っ、」

  ばちん!ぐわん!一度目にしこたま響いた破裂音、次に視界が歪む音がした。
  歪む音がする、なんて知らなかったと麻痺した体を懸命に支えてなまえは叩かれた左頬を両手で覆う。痛い、けれど、ここで喚き出したくは無い。
  頬よりも心がギリギリと痛みを訴えている、それでも。

「男子呼んでくるよ。」
「そうね。」

  男子…?一体何をされるんだろうか。なまえはくわんくわん揺れる頭で考えて一拍最悪な答えを導き出す。まさか、まさか、と心中声を漏らす度脈拍が大きく跳ねる。
  見守っていた方がスマートフォンを弄って、ルフィを好きだと告白した方が逃げ道を遮る。

「…あれ?なんで来ないの…?」

  すぐそこにいる筈なのに、と漏らすのを聞いてなまえはたむろっていた男子も協力者だったのかと血の気が引いた。しかし来ないという事は、一体、

「何やってンだおめぇら!!!なまえから離れろ!!!」
「るふぃ…?」
「うわ。」

  よく通る声だ。あんなに離れているのにとなまえは某然と思い浮かべ続けていた姿を食い入る様に見つめ続ける。顔を誰よりも真っ赤にして肩で大きく息をして…それから殴り飛ばしてしまったのだろうか、足元には突っ伏して倒れる男子が居た。

「るふぃ…っ、」
「なまえ!」

  名前を呼ばれた瞬間、へなへなとなまえはその場に座り込んでしまう。張り詰めていたものが切れて次から次へと安堵と疑問が零れ出てくる。
  どうしてここが分かったの?探し出してくれて嬉しい。迷惑掛けてごめんなさい、それからそれから。

「どけよ。邪魔。」
「…ぁ、」
「じゃまだ!!!」

  何時もの声よりも数段低い声、眉間にこれでもかと寄った皺は深い。彼女達が何か言おうとしても聞く耳を持たない態で、これがあのルフィかと戸惑ってしまう程だった。ルフィが怒っている…いや怒るでは生温い、激怒している。

「…なまえ立てるか?」
「…ぁ、の、ルフィ…、」
「ここ、おれ、もう居たくねェから、抱えっぞ。」
「わ、わわ…っ。」

  早足で来たルフィは怒った顔を引っ込め、代わりに硬い表情になっていた。座り込んだなまえと目線を合わせる様にしゃがむとあっという間に小さく震える体を抱え上げ…腫れてしまった左頬を酷く苦しそうに見つめるのだった。

「おまえらなんか嫌いだ。」

  振り返りもせずそれだけ口走ってルフィは、歩き出してしまう。二の句を言わせない迫力になまえもまた声を出せず、彼の腕の中で縮こまっていたのだった。これがあの、底抜けに明るいルフィなのだろうか、こんなに鬼気迫る顔など見た事が無い。

「なまえ、ごめん、頬っぺた。」
「…え、あ。」
「痛かったろ。」
「…ううん、見た目ハデだけどそんなに痛くないよ。それにルフィが謝る事なんて、」

  西棟の玄関横まで来て立ち止まったルフィはなまえを漸く降ろしてやって、その瞳を覗き込む。むうっ、とぶすくれた顔付きは普段通りの彼の表情に戻っていて「なまえのばかやろー。」と呟くのだった。

「おれの使命はな、なまえを守る事なんだよ!」
「え、」
「あいつら何の用だったか知りたくもねーけど。…おれが原因っつって言ってたし。」
「…その…。」
「なまえが恨まれる様な事しないっておれが一番知ってる。」
「う、ん、」
「守れなかった。出来てねェじゃねーか、だからゴメン!」
「でも、ルフィがあの時来てくれなかったら男の人達に、」
「嫌だそれ聞きたくねぇ、なまえが男の話するのすっげェ嫌だ。」

  誰にも見せてやるものかという風にルフィはなまえの頭を抱えると両腕の中に仕舞い込む。ぎゅうっと目を瞑りなまえの存在を確かめて、それから「医者のばーさんとこ行こう」と呟くのだった。

「ドクトリーヌさんとこ…?」
「うん。トラ男にもチョッパーにもなまえ触らせたくねェもん。ばーさんは百歩許して…あんまし許したくねーけど、許す!おれが全部なまえの事してやりてェんだけどなァ。」

  はぁ、と盛大な溜息をついてルフィは再びなまえの腫れた頬を見つめるのだった。

「痛くねーか?なまえ、いっつも我慢ばっかすっだろ?」
「うん。ルフィが心配してくれてるから…あんまり痛いって感じしないよ。」
「心配すんの当たり前だろ。」
「それでも。…来てくれてありがとう。ルフィがいてくれるだけで私、すごく安心してホッとしちゃう。」

  こんなに心配してくれているとわかれば殊更に、痛みは和らいでいく。体の痛みより心の痛みの方が大きかったけども真っ先にそれをルフィが癒してくれたのだから。
  なまえはルフィをゆるゆると眺めてもう一度ありがとう。と囁くのだった。

「なまえ。」
「はあい?」
「なんか急にちゅーしたくなった。」
「へっ?」
「なまえが可愛い事言うからだ。いっつもそうだ、おれの方がなまえの事すっげェ好きな筈なのに、こういう時はなまえにやられちまう。」
「あ、ここ、誰かに見られちゃうから。」
「別にいーだろ?」
「…!」

  なまえの声はもうルフィが飲み込んでしまって周囲に響く事は無かった。
  さて。余談ではあるが、兄二人の助言を受けて麦わら帽子を被った青年がなまえの自宅から大学の間、それに学内の移動の間ずっとボディガードよろしく引っ付き始めたのであった。
  兄の一人曰く「これ幸いとばかりに、ってやつか。どんだけ大好きなんだよ。」とのことである。



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