十万ヒット企画「ふりりく。」 | ナノ


海賊狩りの雨音 前編



  鍛えられた、本当にどこにも無駄がない身体つきだと思う。トレーニングルームから降りて来た後の汗ばんだ上半身など特に顕著で、その剥き出しの肌になまえが何度頬を染めた事か。
  ついつい目で追ってしまって「どうした?」と聞かれた日なぞ慌てて頭をプルプル振り誤魔化してしまう。なんでもないなんでもない。

(真っ赤だぞ顔。)

  まあ、余りの慌てっぷりと頬の色でこの男は彼女の挙動不審の理由をとっくに掴んでいるのだが。
  というか周囲の仲間にもモロばれなので、ここは一つ微笑ましいと思ってやって欲しい。コックに女性陣に、船大工辺りは察しがついていて特にコックなどはこれ見よがしにギリギリ歯軋りを鳴らしていた。曰く、「なんでてめーみたいな唐変木が…!どうやってどうなったらこうなる…?!」だそうだ。今にも血の涙を流さんばかりなのはコックと彼が犬猿の仲だからか、さてはて。

「頬っぺが林檎みたいよ?」
「あう、」

  今日とてトレーニング終わりの汗だく男の為にタオルを取りに行ったなまえの、その頬はほんのり赤らんでいる。廊下で出くわしたロビンに茶化されて、なまえは持っていたタオルで顔を隠してしまう。…耳も赤いので意味は余り無いが。

「ゾロ、かっこいいから…直視できないんです…。男の人の服がはだけてるの見慣れてないので、特に。」
「あら。」

  小声でもしょもしょ話すなまえの言い分はこうだ。分厚い肩で、太い首筋、喉仏が上下に動くそれ。…上げたらキリが無くてもうその眼差しに何度心を鷲掴みにされたか、とおとこの色香にヘロヘロにされたか。

「…だったらなまえ、お返しでもしてあげる?」
「おかえし。…オカエシ…?」
「ええ。お返し。たまにはなまえから誘ってみる、とか。」
「わたしがっ?」
「きっと彼、喜んでくれるわ。」

  丁度ロビンの声と重なる様に麦わらの船長の「島が見えたぞー!」がサニー号の端から端まで響き渡ったのだった。その声に二人とも顔を上げてくす、と笑う。笑い合ってひとしきり「いいこと教えてあげるわ。」「いい、こと、ですか…」と内緒を開始したのだがなまえの『愛しいひと』は当然知る由も無い。

「…じゃあ、教えたとおりに、ね?」
「は、はぃっ。」

  島に到着して街へ全力で走って行ってしまった船長と食料の買い付けに出かけるコック、ショッピング組、フランキーも工具の買い付けに行くそうだ。用は無い、と宣言したゾロが船番となる。
  手持ち無沙汰のなまえを見上げてチョッパーが「一緒に行くか?」と小首をかしげてみせたのだが…わけ知り顔のナミが抱き上げてしまうのだった。

「なまえも残るって。」
「そっか、お土産買ってくるからな。」
「ありがとうね。行ってらっしゃい、気を付けて。」

  さも愉快、という女性陣、そして他の仲間が出払ってからは一気にサニー号は静かになる。
  なまえはラウンジで洗濯物をたたみ始め、ゾロは甲板でトレーニングをしようとダンベルを片手に歩き出していた。「外にいるから何か用があったら呼べ。」と一言かかり、彼も外へと出て行けば船の中にはなまえ一人。

(静かだなぁ…)

  三枚目のバスタオルをたたみ終わってなまえはううん、と背伸びをする。手を動かしていた時間にすれば対して長くは無いが、いつの間にやら部屋の中は薄暗くなっていた。人の声がしないからか、と周囲をきょろりと見回せば…ポツポツ、と粒が地面を叩く音が聞こえてくる。

「…雨、降ってきちゃった。」

  外を見ようと立ち上がった頃には雨は大騒ぎを始めてザアザアと大きな音がが響き出していた。夕立か、ゲリラ豪雨か。みんな傘を持っていなかったけど大丈夫かなとなまえは眉を顰めてしまう。

「ちくしょう、やられた。」
「おかえりゾロ。…豪快に濡れたねぇ…。」

  滝壺に入り込んでしまった様な錯覚がする酷い音、かなりの豪雨になってしまっていた。あっという間に外は霞がかかり、バタバタと慌てて船内に戻ったゾロではあるが間に合わなかったらしい。すっかり濡れ鼠で緑の髪からぽたりぽたりと雫が落ち、服は体に張り付いていた。うっとおしそうに濡れた髪を掻き上げて、溜息。

「風邪引いちゃうよ、もぅ…。」
「おれは引かねェ。」
「はいはい。」

  どこからその自信が出てくるのか、そう断言してみせるゾロになまえは小さく笑って、たたんだばかりのバスタオルを広げる。そのまま爪先立ちになって雫のついた頭目掛けてタオルを被せてやるのだった。

「…。」
「…ふふっ。」

  無言で頭を下げたゾロはなすがまま、に大人しく頭を拭かれていた。緩やかな力に身を委ね、微笑むなまえを見降ろす。

「何がおもしろいんだ…?」
「なんだかゾロが大型犬に見えて。気を悪くさせちゃったらごめんね…?」
「おれは犬じゃねェぞ。」
「うん。」
「…はぁ…もう好きにしろ。」
「はあい。」

  わしゃわしゃとする手を止めず、ゾロのお許しを貰い。なまえは後ろ頭も拭いてやろうと足を一歩踏み出す。のだが。

「…ぁっ、」
「…ん?どうした…」
「な、んでもない、よ…?」
「ふぅん。」

  近付けば、当然顔と顔の距離は狭まる。そして突然、唐突に自分はとんでもなく恥ずかしい事をしているんじゃないかとなまえは固まってしまうのだった。ドキドキする、ゾロの顔が近い。

『お返ししてみたら?』
(あ。)

  これは、逆に考えたら、いいきっかけというヤツだろうか。ロビンが言っていた『作戦』が途端に頭を過る。このタイミングはまさに狙ったかの様で、後一歩でも前に出れば薄い唇に難なく触れること叶う。
『喜んでくれる、かな…?』或いは『はしたないって怒られちゃうかな、』とそぞろ思いつつも、なまえはそろそろとバスタオルを捲り、目を閉じている男を見上げてみた。
  今日はいつもと違う、なまえになってみても、いいだろうか。

「ゾロ、あのね。」
「…あ?」

  頭を下げていたのもあり、唇までの距離は何時もより近い。男の唇ぎりぎりまで自分のそれを近付けて当たるか、当たらないか、のところで吐息混じりの声をそっと囁いてみる。

「…きす、しても…いい?」
「…いやそこは聞くなよ。」
「だ、だって、急にされたら嫌な気分になるかもって、」
「なるか。」

  無意識に寸止めしてくるなまえにヤキモキするのはゾロばかりである。目を細めて柳の腰に腕を絡め胸の内に閉じ込め、焦れったいなまえの後ろ頭を促す様に包んでやるのだった。

「うら、やるならやっちまえ。」
「っ…!」

  その声で意を決したらしく、ようやっと唇が重なり合ったのだった。ちゅ、ちゅ、と小鳥がさえずる可愛らしいキスをおくってくるなまえに主導権を任せてゾロは懸命に角度を替える小さな頭を撫でてやる。

「ん…っ。ゾロ、つめたい…服着替えて来る…?」

  唇で温度を確かめてその冷たさに驚いたのはなまえだ。こんなのでよく平気でいられる、と自分の服が濡れりよりゾロの方が気懸りで、なまえは唇を離す。湿っているゾロの服を摘まんでみては眉をハの字にするのだが…男はまるで外の雨の話をする様に、軽い調子で心配げななまえを覗き見る。

「なんだ、このまま体も拭いてくれねェのか。」
「…からだ…っ?!」

  肩を跳ねたなまえが『こっち』方面は奥手なのは重々承知、あえて口走ったゾロである。くつくつ、と喉を鳴らして「冗談だ。」とふざけるのを直ぐに止め、腕を離してバスタオルを頭から外す。

「冗談だ気にすんな。」
「…ぞろ、あのね。えー、と。」
「…ん?」

  くんっ、と腰回りの服が引っ張られゾロはやにわに視線を下に落とす。男の服を当然摘まんでいたのはなまえで、もじもじとどうしてか潤む瞳でゾロを見上げていた。

「…わたしが、ふく…拭き、マス…。」
「へぇ、」

  にぃ、と口角を上げた男は「じゃあやってくれよ」となまえに不思議なくらい静かな声を落としていた。

「はやくしねェと風邪引くかもな。」
「ゾロ、さっきと言ってる事違う…」
「さァ…?どうだったか。」
「いじわる…っ。」
「その底意地の悪ィ男のおんながなまえ、だろ。」
「もぅ…!」

  服の合わせを握り締めたなまえはゾロの声と、その眼差しで髪の先から爪の端まで全部が沸騰しそうだった。
『女から誘ってみるのも愉しいと思うわ。ゾロなんか特にそう。』
『本当、でしょうか、』
『ええ。太鼓判を押すくらい。』
  そんな作戦の様な戦術の様な、おんなのイロハを伝授されたものの扱いきれるか、さてはて。

「しゃがんで、欲しい…デス…。」
「オゥ。」
「ソファ、とか、かけてみてはいかかでしょうかっ。」
「なんで敬語なんだよ。」
「あ、ぅ。」

  合いの手をいれつつもゾロはなまえの言う通りにソファに移動し腰を降ろしてくれる。ソファが濡れる、なんて頭からすっぽ抜け彼女は男の襟首を左右に開くのだった。
  太くて引き締まった首が最初に覗き、次に自分の物よりずっと大きな鎖骨の窪みが目に入る。肩から服が外れていけば彫刻家の作品の様な見事な胸板が現れ、くらりと目眩が起きそうになった。

「なまえ寒ィ。」
「…ぁ、はいっ。」

  見惚れて、しまっていた。
  ゾロのその声に急いでバスタオルを被せ、一息。イロハ難しいですロビンさんと跳ね続ける心臓に更に赤面してしまうなまえである。
  あまり、じろじろ見ないように視線を外し湿った上半身にタオルを押し当てていく。自分とは似ても似つかぬがっしりとした身体つきに掌が暑くなってしまう。

「なまえ、くすぐってェ。」
「…あ、ごめん。」
「へた。だな。」
「…面目ないです…。」

  だろうなぁとなまえは妙に納得してしまって、力無くあはは…と笑ってみせたのだった。しかしゾロはふむ、と何か考え込んでいてじいと顔を真っ赤にさせたなまえを見つめるのだった。

「ゾロ…?」
「…ったく、しょうがねェなァ。…背中、向けるから拭いてくれ。」

  このままではにっちもさっちもいかない、と結論を出したのはゾロの方である。まごつくなまえに次はここ、その後はこっちと指示を出してやり始めるだった。



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