Chocolate holic | ナノ




White&Hot chocolate
>霧江さまへ


  甘いにおいをさせている。
  おんなは、なんというかぽってりとしたエナメルの輝きにも似た、濃こげ茶のかおりをここ最近ひっきりなしに首元と手首の一番細いところからさせていたのであった。
  おとこは、無愛想ではあるが唐変木でもウドの大木でも無いと自他共によく知っていたので、あァそういえばもう二月かと捲り忘れたカレンダーを一枚千切ったのだった。
  それが丁度、十二日と半日前のことだ。彼女がまとうかおりは日増しに強くなっていき、それに右習えとばかりに街全体も似た様なかおりに変わっていく。
  それと矢鱈と目立つハートの形。

「…。」

  書類を片付けて帰路の夕暮れ。オレンジピールとウィスキーと、カカオのにおいで充満したローグタウンの大通りをくぐり抜けて我が家への道を進んでいく。今日が一番においがきつい…甘ったるいかおりだ。
  おんなのまとう甘ったるさは好ましい、鼻につかない。しかしこの通りはありとあらゆる隠し味が、ワタシもワタシもと押し退けあって前に出ている…正直苦手だ。
  上等なガナッシュを食べたいのに駐屯の安物口に突っ込まれた…そんなげんなりした顔に似ていたと、通りすがりの海兵は後に語る。

「帰ったぞ。…ん?」

  メッキが剥げかけたノブをごつい手で捻って帰宅の声を上げる。ここまでは普段通りだ、しかし何時もなら子犬が待ちわびていそいそと出てくる様な…そんな顔をしたなまえが出迎えにこない。
  ああ、成る程。と葉巻の火を消して部屋のかおりをたどるのだった。最近、随分とこの家と仲良くなってしまったカカオのかおりがする。

「…驚かせるつもりか…?」

  かおりをまとうなまえにそれとなく尋ねれば「な、なんのことかな…?」とまあ『お上手』にはぐらかしてくれたものだ。目を逸らして幼げに口籠る姿が事の他愛くるしく、小さな嘘に自ら飛び込んで引っ掛かったのは…たしか一週間前である。

『…で…かな、』
『きっと…』
「…なんでいる。」

  灯りが漏れるダイニングのドアの前で立ち止まり、訝しむ顔になったのは必然だ。早番でそそくさと帰った部下の声がするのだからさもありなん。部屋の中へと誘うかおりは何時の間にか男の腕に巻き付いて、ドアを開ける気を吸い取ってしまっていた。

『…味、どうかな?初めて作ったから、自信なくて…』
『美味しいですよ!…クリーム無しでも濃厚で…。』
『よかった…。これくらいの甘さならスモーカーでも大丈夫かな。』

  ああ矢張り、己へ贈るチョコレートの話だったか。と薄いドアを見つめながら男は持っていた確信を更に飲み込んだのだった。ドアの向こうのなまえの声は己が描く幸せのイメージにカチリと誂えた様にはまってしまうものだから、口角は自然に上がってしまう。

『なまえちゃんが作るものならスモーカーさんなんでも食べてくれますよ。』
『うん。でも、やっぱり…スモーカーに一番美味しいなって思ってもらえるのを作りたかったの。』
『なまえちゃんらしいなあ。』
『ふふっ、スモーカーの事になると凝り性になっちゃう。』

  色々方法を教えてもらってね、ダークチョコとかミルクとか云々とチョコレートよりも蕩けたなまえの声が鼓膜を擽る。なまえの心のあり様はドア一枚程度、簡単に突き抜けてしまう。

『スモーカー、もうちょっとかかるのかなぁ…』
『書類山積みだったから、まだ帰るまで時間ありますよ!』
『それじゃあ、最後の仕上げすませちゃおう。』
『スモーカーさん、きっとびっくりして大喜びです。ふふふっ。』
『うんっ。』

  ぱたぱたとくぐもって響く二つの足音は左から右へと移って行く。そちらはキッチンの方だと記憶を掘り返し、今度こそ男は小さな微笑い声を唇の隙間からもらしてしまうのだった。
  通りで。書類の山を思い出して、部下のたくらみにもう一度わらってしまったのだった。

「…花屋にでも行くか、」

  一番近い店ならまだ開いていた。最上等を包んでもらえば丁度いい時間潰しになるだろう。なまえのかおりを引き立てる、とびきりの…白い花がいい。
  先程まで足早に通り過ぎたかおりの坩堝の街へと男はゆっくりと爪先を向けたのだった。




「あ、お帰りなさいスモーカー…っ。」
「わ、わわ、すいませんスモーカーさん!お邪魔してました!」
「…どうしたの?綺麗な花束…」

  右手に引っ掴んだ花束を声ひとつだけ吐いて渡せば、おずおずと嬉しさを練り込んだ両手でなまえは受け取る。かおりは相変わらず首元から漂ってきて男はその心地よさに目を細めるのだった。

「…書類に手間取ってな。遅くなった。」
「ううん。寒かったでしょう?あったまるものすぐ用意するからね。」
「助かる。…たしぎ、おまえも付き合え。」
「いや、お二人の空気が、その。」
「なまえに付き合ってくれた礼だ。」
「…え、まさか、」

  瞠目する瞳はランプの光に反射する眼鏡のレンズに隠されていく。意味深で縁取られた口元は弧を描き、男はそのまま視線をキッチンに引っ込んだなまえへと向けるのだった。

「ソファにどうぞ。…たしぎちゃんはコーヒーがいいかな?」
「あ、はい…お口直し、じゃないはい今日はコーヒーの気分ですので、はい!」
「…くく、」

  カカオのかおりがする。パウダーシュガーよりも真っ白なカップをトレーに乗せて持つなまえの後を追って使い慣れたソファに腰を降ろせば、目の前のローテーブルからコトンと音が立つのであった。

「…スモーカー、ハッピーバレンタイン…なんちゃって。」
「甘ェにおいだな。」
「甘さ控えめにしたんだけど…お口に合うかな?」

  ろろん、と目元を綻ばせたなまえと湯気が立ち上るカップからは同じかおりがした。細い線の影には贈ったばかりの花束が覗き、これは中々に目の保養になったとそぞろ笑む。

「ショコラショーか。」
「うん。ラムが入ってるの。…その別名は知らなかったなぁ。」
「おまえより長く生きてる分ぐらいは、な。」

  カップを持ち上げて口元に運べばなまえの、かおり。あながち間違っちゃあいないと葉巻の匂いを塗りつぶさながら男は喉仏を上下に動かしたのだった。

「おかわりあるからね?」
「…腹一杯くわせてもらうさ。」
  
  二人の会話の小さなずれに気付いているのかいないのか、モカを揺らす部下は「そろそろおいとましなきゃ、」とカカオのかおりに呟くのだった。

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