焦燥



真ん中の道を進んだ花井、泉、水谷。
彼らは周囲にも十分注意を払いながら、フライヤーヘッドライトを頼りに暗闇を進む。


「結構うまい具合にバラけたな」

「主将組分けたのは正解だと思うぜ」

「しかもオレらみんな外野!」


決戦を前にイヤに明るい3人だが、外野というワードに少々物足りなさを感じた。
本来ならもう1人メンバーが居る筈なのだ。


「西広…無事かなぁ」

「信じろ。西広だって十分強い」

「頭もいいしな。オメーと違って」


花井の後ろでケタケタとからかう泉。
彼も本当は心配でならない。
だが、同じくらい西広を信じていた。
必ず無事に、後で合流する。
三橋の元で。
3人は強い心を持って、暗闇を照らしながら進んでいた。


「……?花井、ストップ」


洞窟をどのくらい進んだのかは解らないが、暫く進んだ所で泉が花井を止めた。
前方には2つの道。
2度目の分岐点である。


「あちゃー…また分かれんのか」

「えー!オレら3人しか居ないのに!」


迷い所である。
敵が強敵だと解っている以上、更に戦力を分散させるのは得策ではない。
かと言って、3人同じ道を行って間違っていた場合、引き返すだけでかなりのタイムロスが生じる。


「どーすっか」

「…分かれるなんて言うなよ花井。二手に分かれたらオレ確実に1人じゃん」

「わーってるよ!しょーがねェ、ロスはいてーけど3人同じ道を行こう」


花井の台詞を聞いて、水谷はひどく安心したようだ。


「じゃーどっちに行くかだけど…」

「オレこっちがいいと思うなー」


水谷は花井の言葉を待たず、勝手に右側の道にフライヤーを向けた。
1人にならないと聞いた事で、なけなしの緊張感は無残にも消え去ってしまった。

どうせ花井が選ぶ道にはロクな事がない、なら自分で選んだ方がいい。

しかしこの後、水谷は自分の浅薄な行動を心底後悔する事になる。


「オイ水谷。とりあえず…」


勝手に道を進もうとする水谷を見遣り、とりあえずクジ運の悪い花井の意見を聞いてから、と言い掛けた泉は、水谷の前方の暗闇に潜む影に気付いた。


「水谷!!」

「え?」


泉に呼ばれて水谷が振り返った瞬間、水谷は暗闇から伸びる無数の影に引き込まれてしまった。


「ちくしょう!!」

「水谷!!」


花井も異変に気付いて水谷を捕まえようとするが、水谷はフライヤーごとどんどん奥に引きずられて行ってしまう。
2人はすぐに追い掛けたが、水谷と影が進んでしまった右の洞窟の天井が崩れ落ち、道は閉ざされてしまった。


「くそ!!水谷!!」

「どけ花井!!この壁ぶっ壊す!!」

「よせ!洞窟ごと壊れたらどーすんだ!!」


花井の言葉で、突入前にルナが言っていた事を思い出した。
ヘタに暴れたら、火山が噴火してしまう可能性もある。


「じゃーどーすんだよ!!」

「……っ、」

「花井!!」

「…水谷を…信じよう」

「ハァ!?」


予想外の花井の返答に、泉は思わず声を荒げた。


「オレ達は左の道を進もう。きっとどっかで合流出来る」

「ンな保障どこに…」

「ねーよ!!だから信じンだよ!!」


泉は言葉に詰まった。
怒鳴り声に驚いたのもあるが、それよりも花井の悲痛な表情が胸に刺さった。


「オレら全員…命懸けでここに来た筈だ。大丈夫だ。水谷は人間の中じゃ最強の魔法使いだ」


泉を諭すように、自分に言い聞かせるように、花井は『大丈夫』を繰り返した。


「…悪かった。行こう」


花井の気持ちを汲んで、泉は指示に従った。












一方その頃、影に引き摺られて行った水谷はというと。




「いったい!!いたたたたた痛い!!ちょっと!!おいコラてめ放せ!!」




まだ引き摺られていた。


「いて、いで!!こんにゃろ…、ライトニング!!」


水谷が魔法を唱えた瞬間、暗かった洞窟には一気に光が満ちた。
その光を嫌がったのか驚いたのか、影は水谷を解放し離れて行った。
ライトニングが電灯の役割を果たし、辺りがよく見えるようになったその場所は、洞窟の中でも随分広い場所のようだ。


「げっほ、げふっ!いって〜…コブできた!」


敵に襲われたのにコブで済んだのはむしろ幸運である。
相変わらず緊張感の無い水谷は、やはり1人でも平気だったのではないだろうか。


「くそー…はぐれちゃったしフライヤーどっか行っちゃったし…誰だお前!!」


半ば八つ当たり気味に敵を威嚇する水谷。
先程までの影はというと、岩の間でウネウネしている。


「うえ…気持ちわる…」


水谷が正直に感想を口にすると、影の集まった暗闇から、人らしき影が見え隠れしている。
それは少しずつ光の中に歩み寄り、そして


「酷いじゃない…気持ち悪いだなんて」


は。


予想だにしていなかった音声が水谷の鼓膜に届いた。
水谷はぱっくりと口を開けて思わず呆けた。


「貴方と2人きりになりたかっただけよ?私は…」


ついに全身を光に晒したその人物は、なんと。


「女の人ぉお!?」


長く艶やかな黒髪を下ろし、同じく漆黒のイブニングドレスを纏った、端麗で背の高い美しい女性だった。
水谷は呆けた思考を整理出来ない。


「え…イヤ…あの…うそ」

「驚いてるのね?無理ないわ。敵が女だなんて考えもしなかったでしょ?」

「えぇ…ハイ…全く…」


驚愕と焦燥と、不謹慎にも敵に見惚れてしまった羞恥心で、水谷の頭はパニック寸前だ。
いや、もう手遅れかも知れない。


「純粋なのね…でも現実はいつも想像の遥か上を行くものよ…?」


敵は嫣然な笑みを浮かべながら水谷に歩み寄って行く。
所作の全てが妖美で、実に艶かしい。
純然たる健康男児にとって、これ以上心を掻き乱すものがあろうか。

敵は水谷の眼前に到達すると、水谷の髪を少し掻き上げて優しく微笑んだ。
水谷は顔を真っ赤にして固まったまま、微動だに出来ずにいる。


「本当に純粋なのね…でも残念だわ…」


敵は両手で水谷の頬を包み、少し下にある水谷の頭にゆっくり額を近付ける。




「私…貴方を殺さなければいけないのよ」




その時敵の背後から影が伸び、水谷の背中を突き刺した。



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