時雨、のち、雨



だからオレは

喉をぶち切る思いで

頑張れって叫ぶ












「雨だ」


しとりと雫が肌を濡らす。
予報を外れた空は曇天。厚いグレーが頭上にのしかかり、視界までもを暗くぼかし込む。


「ヤな天気だね」


栄口が言う。暗雲立ち込める空を見上げて零れた言葉は、何故か水谷の心臓に噛み付いた。


「雨、嫌い?」


水谷が問う。その瞳は僅かに憂いを含んで揺れている。


「嫌いじゃないよ」


瞼を結んで弧を描いた栄口の眼が水谷に向けられる。その笑顔だけで先程言葉が刺さった心臓が洗われていく。
水谷はホッとした。それが何故安堵となって心を落ち着けたのか、水谷には解らない。


「オレは雨が好きだ」


しとりと雨粒が頬を垂れる。厚手のコートに落ちた雫は、じわりと染み込んで溶けた。


「なんで?」


栄口が問う。水谷は応える。


「雨って、すごいんだよ」

「うん」

「蒸発した水がもう一回、地上に降りてくるんだ」

「うん」

「海で蒸発した水も、空に昇って地上に還ってくる時は飲める水になってる」

「そうだね」

「雨がないと、みんな死んじゃうんだ」

「死んじゃうね」

「もし天上に神様が居るとしたら、それはいい奴だ」

「どうして?」

「雨を独り占めしない。ちゃんと還してくれる」

「うん」

「昔の人は豊作を祈って神様を祀った。神様は代わりに、雨をくれた」

「うん」

「今は誰も、祈ってない。なのに雨は還ってくる。ギブアンドテイクが成り立ってないのに、還してくれる。神様はいい奴だ」

「そうかも知れないね」


雨が木々の緑を揺らす。
ぽたり、ぽたり。ざあ、ざあ。
物質に当たって砕けた雫が弾けて唄う。


「さかえぐち、」


水を含んでしとどになった水谷の髪が揺れる。開きかけた口から覗く舌が次の言葉を探している。


「なあに?」


栄口は笑う。水谷の眼を見て目尻を下げ、次の言葉を待つ。


「お前は、かみさまみたいだ」

「どうして?」

「栄口は優しい。オレはお前に何も還してやれない。ギブアンドテイクは成り立たない」

「うん」

「なのに優しい。嘘みたいだ」


水谷の頬を雫が伝う。
雨だ。
きっと、舐めたらしょっぱい雨だ。


『嘘みたいだ』


紡ぎ出した声が形を成して鼓膜に響く。栄口は、尚も笑っている。


「オレは、かみさまじゃないよ。優しくもない」


向かい合う二人の視線が交差する。隔たる雨が二人を繋ぐ。


「何も還せないのは、オレの方だ」


眼を細めた笑顔のまま、栄口の眉がくにゃりと歪む。


「だから、ここに居る」


あはは。
栄口は困ったように笑う。


「だから、頑張れよ。水谷」


もう一度小さな瞳が水谷を捉える。


「頑張れ」


冷たい雨が顔を覆う。滴る雫がコートに滲む。
冷たい雫が涙を辿る。滴る雨が軌跡をなぞる。


「がんばれ、」


途切れた音は震えていた。
水谷は、痛かった。


『どうか哀れまないで』


水谷の瞳が、そう訴えていた。
栄口も、痛かった。


栄口は考えた。
元気になってくれれば、それが一番いい。
早く、いつもの水谷に戻って欲しい。

栄口は、それが傲慢だと気付いた。
辛そうな水谷を見ている自分が辛いから、早く元気になって欲しかった。
あぁ、それはなんと身勝手で浅ましい願望であろう。
逃げずに戦っている親友から目を背け道楽に没頭するが如く不甲斐ない自身の側面を浮き彫りにされてしまった。

栄口は考えた。
何か、何か無いか。たった一つでいい。自分に出来る事は無いか。
なにか、なにか。

気付いたら、側に居た。
身を裂く氷雨に包まれながら、同じ時間を共有していた。


『がんばれ』


搾り出した答えを形にする。
栄口は、自分も喉をぶち切る思いで頑張れと言う。
無責任で無力な自分を恥じながら激励する。
痛みを分かち合いたい一心で、自らのココロに爪を立てる。

頑張れ。頑張れ。頑張れ。

それは祈りにも似た、美しすぎる自虐行為。


「ありがと、栄口」


笑いながら泣く。泣きながら笑う。
届いた音は終わりを詠う。


キャッチボールをしよう。

君から僕へ。僕から君へ。

天から地へ、地から天へ。


雨はまだ、止まない。







今や何を思ってコレを書いたのか良く分からん。
水谷は何か落ち込んでるんです。栄口は痛みを伴った方法で励まそうとするんです。
痛みを共有しようとする栄口と、それを望んでいても言えない、または信用出来ない水谷のお話でした。



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