でんきこねずみの成長

でんきこねずみの恋の続き。
ドキドキ肝試し編(?)

ーーーーー


「おにいちゃんのバカおにいちゃんのバカおにいちゃんのバカ…!」


ぶるぶると震えて泣きそうになりながら、春は呪いのように何度も何度も呟いた。


地域で行われる肝試し大会。もちろん怖いものが苦手な春は参加するつもりなど毛頭なかった。それなのに。


「ど、どうして…勝手に参加申し込み、なんて…するの…!」


ほぼ泣き声になりながら呻くように絞り出す。そして春の参加申し込みをした当の本人である上鳴電気は姿を現さない。うぅー、と唸り声を上げた。


「あれ、春?」
「!」


突如後ろから声をかけられてびくりと肩を跳ねさせる。しかし聞き覚えのある声に春はばっと振り向いた。途端に顔を輝かせる。


「き、切島先輩…!」
「よっ、1人か?」
「……」


輝いた表情が再び泣きそうに歪み、切島は春の頭をぽんぽんと叩いた。違う意味で涙が出そうになるのを堪え、ごしごしと目元を擦る。


「春の兄ちゃん、またお前のこと1人にしてんのか?」
「……は、い」
「兄貴らしいときは兄貴らしいんだけど、いまいち責任感に欠けるよな。男らしくねぇぜ」
「……」
「で?兄貴探すの手伝うか?」
「あ、ぇ、えっと…」


もうすぐ肝試しの順番だ。探しているほどの時間はないが、兄とペアなのにどうしようと切島に泣きつくと、切島はにかっと頼もしく笑った。


「そういうことなら俺が一緒に参加してやるよ!」
「え…?」
「お、もう順番みたいだな」
「え、え…!」
「ほら行くぞ、春」


大好きな笑みで手を差し出され、春はおずおずとその手を取った。控えめに握れば、力強く握り返される。自分とは違う男らしいごつごつとした手にすっと頬を赤く染めた。


◇◆◇


背中にしがみつく小さな身体に、切島は苦笑した。


「春ー、大丈夫か?」
「……っ」


こくこくと無言で頷いたのを振動で感じ、再び苦笑する。肝試しが始まったばかりのときはまだ手を繋いでいたはずなのに、脅かされた瞬間に春は切島の背に隠れてしまった。そして服をぎゅっと握り締めて縮こまり、必死に恐怖に耐えている。


「そんなに嫌なら肝試しなんか来なきゃ良かったのによ」
「…さ、参加申し込み…されちゃった…ので…」
「バックレる奴なんて山程いると思うぜ?」
「それは、き、企画側に、迷惑が…、か、かかかかって、しまうので…ひっ!」


ガサっと音を立てた茂みに大きく身体を跳ねさせ、切島の背中にぴったりとくっついた。こんなに怖い思いをしているのに、兄と違って真面目なやつだと呆れてしまう。このほんの少しでも兄に真面目さがあればなど余計なことを思ってしまうくらいに。


「背中にしがみつかれてっと、撫でてやることもできねーからな…」


僅かに走るピリピリとした痛みを感じながら、ふと、大きく放電していないことに気がついた。


「そういや春」
「……は、い」
「お前、泣かなくなったな!」
「……え?」
「すっげー泣きそうだし涙目だけど、放電もしねーし」
「……泣いたら迷惑、だし…放電したら…き、切島先輩が、痺れちゃう…から…」


小さな声を聞き漏らさないように耳を傾ける。


「…おにいちゃんに放電しても、おにいちゃんは帯電だから大丈夫……だけど、切島先輩は、違うから…前みたいに、痺れさせたくない…です」
「俺のために泣かないようにしてんのか?」


再びこくこくと頷いたのを感じた。その気持ちにふわりと心が温かくなり、切島はくるりと振り返った。驚く春に視線を合わせ、にかっと笑いながらその頭を撫でる。


「そっか!偉いぜ春!」
「…!」
「個性も制御して、泣かないように我慢して、強くなってんな!」


大好きな人から褒められ、更にはわしゃわしゃと無造作に撫で回され、ふにゃりと頬が緩んだ。


「あ、ありがとう、ございます…!」


緩んだ頬を赤く染め、春は切島に笑いかけた。途端に切島の手が止まる。手だけでなく、一瞬だけ呼吸が止まった。


(やべ…っ)


手を離し、春に背を向けて口元を片手で覆った。カッと熱くなった身体に動揺する。


「こんなに可愛く笑うようになってんのかよ…」


確かに初めて会ったとき、笑っていた方が可愛いと言った。実際にそう思ったから。けれど、そのときの笑顔とは比べ物にならないほど、今の笑顔には破壊力があって。ドキドキとうるさく鼓動し始めた心臓に気まずくなり、眉を寄せる。


「…切島先輩…?」
「お、おお、わりぃわりぃ。何でもねーよ」
「…?」
「それより先行こうぜ!早く終わらせて兄貴探さねぇとな!」
「は、はい…!」


嬉しそうに頷いた春は、今度は背中ではなく腕にくっついてくる。先ほどまではまるで意識していなかったのに、変に意識してしまい頬が熱くなる。


(や、やべ…可愛いな…)


小動物のようなその姿に鼓動は早いまま。気を紛らわすように暗い道を真っ直ぐに見つめて歩みを進める。無意識に早歩きになった。それを春は必死にちょこちょことついていく。
ついていくのに必死で、そこから先で脅かしてくる人物たちには驚いている暇はなかった。
そしてなんとか無事に肝試しを終えると、春ではなく切島が深い溜息をつく。


(やべぇやべぇやべぇ…!なんでこんなドキドキしてんだよ…!ダチの妹だぞ…!)


きょとんと見上げてくる視線に、顔が更に熱を持つ。思わず目を逸らした。


「あ、の…」
「ん?」
「や、やっぱり、私、迷惑…かけちゃいました…よね」
「は?」


悲しげに歪んだ春の顔に瞬く。


「切島先輩、さっきと違って…ふ、不機嫌、そう、だから…私、何か、しちゃった、かと…思って…っ、嫌われ、ちゃったと、思って…っ」


あれだけ怖がっても泣くのを我慢していたのに、切島に嫌われたかもしれないと、ポロポロと涙を流す。泣かせた原因が自分の態度かと気付き、切島は額に手を当てて深い溜息をついた。
ひくひくと押し殺そうとしている泣き声が上がるたび、春の身体はぱちぱちと電気をまとい始める。


「春」
「ひっく…っ、ぅ…」
「春、泣くなよ。お前のこと嫌いになったりなんかしてねーから」
「…っ、けど、切島、先輩…っ、不機嫌に…」
「不機嫌じゃなくてちょっと自分の気持ちに動揺してたっつーか…」
「…?」
「だーーーー!!言い訳なんて男らしくねぇな!!」


突然の大声にびくりと肩を跳ねさせると、その頭を無造作にわしゃわしゃと撫で回される。嬉しいけれど驚きの方が大きく、春は何度も瞬いて切島を見上げた。


「俺も自分の気持ちよく分かってねぇから、理由ははっきり言えねぇけど!とにかくお前のことは絶対ぇ嫌いになるなんてことねぇから安心しろ!」
「……」
「どうした?返事は?」
「は、はい!」


驚いて涙も止まり、覗き込んでくる切島に全力で頷いた。嫌われていないと安心し、切島の言葉にぽかぽかとした気持ちが湧き上がり、思わず頬が緩んだ。


「やっぱ、春は笑ってんのが1番好きだぜ」
「………え…!?す、すす、す……っ!?」


まるで雷が地から天へ上がるように、ピシャーンと空を裂くように放電された。一瞬明るくなったのに驚くが、春はビリビリとダメージを受けている。けれどその顔は真っ赤に切島を見つめたままで。


「…さーて!迷子の兄貴探してやんねーとな!」


最後にくしゃっと頭を撫でると、切島は踵を返して歩き出した。しかしすぐにその手を取られ、ぐっと握られる。まだ僅かに電気を纏っているのか、断続的にぴりぴりとした痛みが襲う。
けれどそんなことは気にならず、春の珍しい行動にぽかんと見つめた。


「お、おにいちゃん…は…後で、良い、です…」
「は?」
「……もう少し……き、切島先輩と…ふ、2人きり、で……いたい…で、す…!」
「っ!」


真っ赤な顔でそう告げた春につられるように、切島の顔も赤く染まる。少しの沈黙後、切島は春の手を力強く握り返した。


「……んじゃ、ちょっと散歩でもするか」
「…!」


照れたように笑いながら提案され、春は勢いよく何度も頷いた。嬉しすぎて言葉にならず、纏った電気が強くなる。その痛みに切島は苦笑した。


「行くか、春」
「…っ、はい…!」


なんとか声を出して返事をし、春は嬉しそうに笑った。それを見て切島も笑顔を浮かべる。お互いに手に走る電流の痛みなど気にせず、離さないようにぎゅっと強く握りあって。


end
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夏の読みたいものアンケートより!
終わりを考えずに書くとほんと…ね。
でんきこねずみの恋の続きでした!ほんのり甘い感じを目指して……切島くんをもっと男前にしたかった…!

以下、入らなかった上鳴くんと瀬呂くんと爆豪くんの会話。何故肝試しを前に1人にされたのか。

◇◆◇

「そんでお兄ちゃんは妹と友達のキューピッドになったわけか?」
「…春がいつも恋する女の顔で切島の話すんだから仕方ねぇだろ…。こうでもしねぇとあいつら2人きりになんて出来なかっただろうし」
「ない頭で考えてんだな」
「そうそうない頭で捻り出して……っておい!!」
「でもまあ切島なら安心して春ちゃんを任せられるんじゃねーの?」
「まあな。あいつが好きになったのが爆豪だったら全力で止めるぞ俺は」
「…死ぬぞ、上鳴」
「止めるな瀬呂…!春のためならこの命…!」
「あんなボツ個性こっちから願い下げだわボケ!!」
「お、それって個性抜きなら有りってことか?」
「んなわけあるか!!個性抜きにしたって兄貴がコレじゃ論外だわクソが!!」
「俺!?ひでぇ!?」
(春ちゃん自身は否定しねぇんだなぁ…)

なんだかんだ派閥に懐くでんきこねずみちゃんでした。


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