荒船くんの誕生日

「おい如月、これで同い年になったぞこら」
「………穂刈くん、荒船くんが怖い」
「怒ってるな。これは」


腕を組んで見下ろしてくる荒船に、春は冷や汗を流しながら穂刈に助けを求めた。しかし特に何をしてくれるわけでもなく、春は荒船にガシっと頭を鷲掴みにされる。


「いだだだだ、痛いんですけど!?」
「てめぇ自分の誕生日に先に年上になっただなんだってよくも散々バカにしてくれたな」
「え、何?まだ根に持ってたの?荒船くん
意外と小さい男……いだだだだ!嘘!嘘です!!」


更にチカラを込められ、春は荒船の腕を掴んで抵抗するも、その手はなかなか離れない。


「穂刈くんヘルプ!」
「仲良いな、相変わらず」
「そう言って前も援護してくれなかったね!!」
「付き合えばいいだろ、いい加減」
「「誰が!!誰と!!」」


綺麗にハモった台詞に穂刈は薄く笑う。


「だ、誰がこんな暴力男と…!」
「誰が暴力男だ」
「今!今!現在進行形でか弱い女子に暴力振るってる!頭そろそろ本気で潰れる!」
「か弱い女子なんかどこにもいねぇし、こんなの暴力にも入らねぇだろ」
「横暴じゃない!?」


ギリギリと攻防を続ける2人を傍観することに決めた穂刈。しかしそこでふと気づく。
荒船は今日誕生日で来たのに、春も自分もまだ肝心なことを伝えていない、と。


(ちゃんと用意しているのにな、プレゼント。素直じゃないな、お互いに)


前の春の誕生日にくっつくと思われたが、みんなの作戦で荒船と春の2人で祭は回ったものの、気持ちを打ち明けた様子はなかった。またもどかしい両片想いを見ることになり、穂刈だけでなく協力した全員が大きな溜息をつくことになったのだ。

今もぎゃーぎゃーと同性の友達のように騒ぐ2人に呆れながらも小さく笑った。


「お前嫌いなもん言ってみろ。前のお礼だ、俺がすぐに用意してやる」
「あ!お好み焼き食べたい!」
「誰が好きなもん言えっつったよ!」
「荒船くんの作ったお好み焼きが良いな!」
「話聞けバカ」
「お祝いしてあげるから影浦くんち行こう!」
「どこまでも上から目線だな!」


はぁっと溜息をついてギリギリと締め付けていた頭から手を離す。解放された締め付けに春は大きく息を吐き出した。


「あー…荒船くんのせいでバカになるとこだったー」
「元々バカだろうが」
「映画バカに言われたくない」
「てめぇも変わんねぇだろ。今月何本映画観た?」
「え、分かんない…10…15…?」
「ほらみろ」
「20以上観た人には言われたくないね!」
「今月は良作が多かったんだよ!」
「うん!分かる!特に例の続編が…!」
「お前も観たか!あれはアクションはもちろん最高だが、役者の演技が…」
「……何で一緒に行かないんだ、映画」


突如訪れた映画トークに、微笑ましい表情から一変、口元を引きつらせた。趣味も相性も良い上に両片想いなのだから本当に付き合ってしまえばいいのに。何度そう思ったことか。


「一緒、に……」
「そうか、その発想はなかったな」
「う、うん。そう、だね」
「………」


突然口ごもり出した春に穂刈は首を傾げた。荒船もどこか違和感を感じたように穂刈に視線を向けた。アイコンタクトをするもお互いに理由は分からない。


「と、とりあえずお好み焼き食べに行こう!お腹減ったし」
「お前の奢りな」
「えー」
「文句言うな。お前の誕生日に奢ってやっただろうが」
「たこ焼きと焼きそばとりんご飴とわたがしだけじゃん!」
「あと射的も金魚すくいも出してやっただろ!」
「射的は荒船くんがやりたかっただけでしょ!自分が夢中になっちゃってさ!」
「お前が景品の変なぬいぐるみ欲しいとか言うからだっつの!」
「……さっさと行ってこい、2人で」


微妙な惚気に呆れて2人を促した。


「訓練行ってくるぞ、俺は」
「穂刈くんはお好み焼き行かないの?」
「やめておく、今日は」
「んー、そっか。じゃあ訓練頑張ってね!」
「ああ。頑張れよ、如月も。誕生日おめでとう、荒船」
「おう、さんきゅーな」


影浦の家に行く気満々の2人を残し、穂刈は部屋を出た。今日こそ2人に進展があればいいと期待しながら。



「影浦くんタダにしてくれないかな。荒船くんの誕生日だからって」
「穂刈の真似すんな。つかそれお前までタダで食えるやつじゃねぇか。大人しく誕プレと思って奢れ」
「…誕プレ2つもあげるつもりないし」
「は?」


そう言って春は鞄からチケットを2枚取り出した。そして荒船へ差し出す。


「?なんだよ?」
「…誕生日プレゼント」
「チケット?」
「そう。荒船くんが前に観たがってた映画の前売り」
「!」
「たまたま2枚取れたからあげる。誕生日プレゼントね!」


うっすらと頬を染めながらチケットを2枚押し付けた。今更に恥ずかしくなってくる。


(…穂刈くんが余計なこと言わなきゃ気軽に一緒に行こうって誘えたのに…変に意識して誘えなくなっちゃったよ…)


荒船に一緒に行くという考えもなかったことに少なからず傷付いてもいる。気付かれないように小さく溜息をついた。


「……如月、お好み焼き食べ終わったあとは予定あんのか?」
「え?ないけど?」
「…なら、これ観に行くぞ」
「……え…?」


ぽかんと荒船を見つめると、すっと目を逸らされた。珍しく照れている。それが面白くて下から覗き込むように追いかけた。


「…うぜぇ」
「わぷっ」


にやにや顔を覗き込もうとしてきた春にぼそりと呟き、かぶっていた自分の帽子を春にかぶせた。視界を遮られた春は暴れるが、荒船は上からそれを押さえつける。


「おら、さっさと行くぞ。お好み焼き奢れ」
「ぐえっ、ちょ、苦しいんだけど!前見えないし!」
「うるせぇ行くぞ」
「奢ってもらう側なのに態度でかい!」
「誕生日なのにまだ祝いの言葉すら言ってこねぇ薄情な奴よりマシだろ!」
「あ、ごめん!言ってなかったね!」


首根っこを掴まれていた態勢から抜け出し、荒船に向き直る。そしてくいっと帽子のツバを上げて微笑んだ。


「荒船くん、お誕生日おめでとう!これでまた同い年だね!」
「…おう」
「仕方ないから映画付き合ってあげるよ!」
「…うるせぇバーカ」


微笑む春の帽子を再び目深にかぶせた。愛しげに目を細めて。
かぶせられた春も、嬉しそうにはにかんで。

穂刈の望む進展は、遠くないかもしれない。


end

ーーーーー

甘く…ならない…
けど!荒船くん誕生日おめでとー!
荒船さん呼びだったのにこれの前のお話をプレゼントした人の影響で荒船くん呼びになったよ!荒船くん!好きだよ!


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