ホワイトデー2017
「そこの綺麗なお姉さーん」
「……」
「えぇ!?ちょ、無視は酷いやないですか春さーん」
「はぁ…」
パターン化した日常に姿を見なくても誰だか分かるようになってしまった。そもそも声を聞き間違えるはずがない。けれどそんなことを言えば当人が調子に乗ることは目に見えているため、絶対に口には出さないと心に決めている。
「いい加減それやめて」
「どれです?」
「今の声のかけ方。どこのナンパよ」
「えー、でもイコさんも水上先輩も言うてるやないですか」
「だから全員やめてって言ってるの」
「照れちゃいます?」
「あんな馬鹿にされた呼び方されて照れるわけないでしょ。周りが真似するから嫌なのよ」
「真似?」
ついこの前、同じ調子で当真に声をかけられた。にやにやとしたその表情は完全にからかっているとしか思えなくて。更には犬飼にも全く同じように声をかけられたのだ。知られたくない2人に知られてしまい、溜息しか出なかった。
「そんな溜息ついたら幸せ逃げますよ」
「…誰のせいよ」
「おれは春さんに幸せ与えてる方やないですか?」
「よく自分で言えるわね」
「ホンマにそう思うてますんで」
「その自身をランク戦のときにも活かしたらどう?」
「うわー、春さんなかなか痛いとこ突いてきますね」
「水上が、隠岐がグズる癖をどうにしろって言ってきたからね」
自分の隊のことなのだから自分で何とかして、と呆れて答えたのは記憶に新しい。
「へー?春さん、おれのいないとこでもおれの話してくれてるんやね」
「…水上が話してただけ」
「ふーん?」
「…用がないなら行くわよ」
にやにやとした視線から逃れるように春は足を進めた。隠岐は慌ててそれを追いかけ、腕を掴む。
「…何よ」
「用があるから来たに決まっとるやないですか」
いつも用もないのに声をかけてくるのに何を言うか。視線だけでそう訴えたが、にこりとした笑みに流される。
「今日はホワイトデーやから、ちゃんとお返し持ってきたんですよ」
そう言いながら可愛らしくラッピングされたものを取り出す。
「…ああ、だからみんなお菓子くれたのね」
「え、気付かんで貰っとったんですか!?」
「…まあ」
「ていうかまず春さんがおれ以外にもバレンタインに渡してたいう事実に不満なんやけど」
むすーっと膨れた隠岐に思わず笑った。年相応の可愛らしい反応は嫌いではない。
「隠岐だって私以外にもお返ししてるでしょ」
「そらそうやけど…」
「ならお互い様ね」
「………みんな義理なら我慢します」
むくれる隠岐の頬を引っ張った。驚いてきょとんと見つめてくる瞳と視線が交わる。しかし春は何も言わず、隠岐が取り出したお返しをすっと奪い取った。
「お返し、ありがとうね」
頬から手を離し、春は微笑んだ。その微笑みは一瞬で、春は背を向けて本部の廊下を歩いて行く。隠岐は慌てて追いかけ隣に並んだ。
「春さんいつもずるいですわ」
「はいはい」
「ほらまたそうやっておれを子供扱いしよる」
「してないわよ」
「ホンマです?」
「ええ」
「ほな、お返し開けてみて下さい」
何の脈絡もない言葉に春はぴたりと足を止めた。眉を寄せて隠岐を見つめると、にこにこと笑みを返される。先ほどの不満そうな表情が嘘のようだ。
「ここで?」
こくこくと頷く隠岐に、春は仕方なく受け取ったお返しを開け始めた。可愛らしくラッピングされた袋から出てきたのは丈夫な箱だ。更にそれを開ける。
出てきたのはペアのマグカップだった。
「…マグカップ?」
「デザインどうです?」
「…私の好みね」
「せやろ?春さんの好みはリサーチ済みやからね」
「でも何でペアマグカップなの?私、1人暮らしなんだけど」
「そら知ってますわ」
「じゃあ何でよ」
そう問いかけると、隠岐は笑みを深めた。
「春さんち行きたいなーって」
「は?」
「もう1つのマグカップはおれ用です。春さんちで使う用」
「…何言ってるの」
呆れたように隠岐を見つめる。冗談なのか本気なのか分からないが、恐らくこの笑みは本気なのだろう。はぁっと小さく溜息をついた。
「あれ?もしかしてもうおれ用の用意してくれとったんです?」
「そんなわけでないでしょ。何で隠岐用の物をウチに用意するのよ」
「近いうち同棲するときのために今のうちからおれの私物増やして行こう思うて」
「……」
呆れて言葉が出なかった。一体何を言っているのだ、と。
けれど心は正直で、ドキドキと心臓が早鐘を打ち出した。熱くなりかけた頬を誤魔化すように無表情で前を向いて足を早める。隠岐は春の歩幅を合わせるようにして隣に並び、ただにこにこと春を見つめた。
「…同棲も何も、ウチに来たこと1回もないでしょ」
「せやから行きたいなーって」
「何でよ」
「何でって、そりゃ好きな人の家に行きたい思うの当然ちゃいます?」
「そう?」
「相変わらず冷めてるんやから」
「…悪かったわね」
「いえいえ、おれは春さんのそういうクールに見せかけてホンマはカワイイとこが好きなんで」
「…っ」
「そうやって隠しきれずに照れるとこも大好きです」
「だ、黙って…!」
「えー」
ついに頬がうっすらと赤く染まった。顔を覗き込んでこようとする隠岐を片手で押し退ける。
「照れてます?」
「…照れてない」
「そんな赤い顔して何言うとるんですか」
「暑いだけ」
「へー?」
「……ウチ、来たくないの?」
「へ…?」
隠岐の口からたった一文字。同じ言葉で全く違う意味の言葉が紡がれた。静かに気持ちを落ち着かせた春はちらりと隠岐を盗み見る。ぽかんとした表情が見えた。その表情に今度は春が余裕の笑みを浮かべる。年下にいつまでも振り回されてはいられない。
「マグカップありがとうね」
「え?あ、ど、どういたしまして…?」
「ほら、行くわよ」
「え?え?」
訳が分からないというように疑問符を飛ばす隠岐に、春は少し進んだ所で振り返った。そしてふっと表情を和らげる。
「…ウチ、来たいんでしょ」
「!」
「早くして」
再びくるりと踵を返して歩き出してしまった春に、緩む頬を抑えられなかった。すぐに春の後を追いかける。
「待って下さいよ春さーん!買いもんして帰りましょ。おれ春さんの手料理食べたいです」
「調子乗らないの」
「ええやないですかー」
「…今度来たとき、好きなもの作ってあげるわよ」
「ホンマですか!そら楽しみにしてますわ。ほな明日も行くんで、そんときにお願いします」
「そうね」
「ええんですか!?」
「もちろん。そっちがそのつもりなら、水上たちも呼ぶから」
「えー…そらないですわ…」
がっくりと項垂れた隠岐に、春は小さく微笑んだ。近いうちに隠岐の好物を作ってあげようと考えているのは本当だが、それはまだ内緒にしておこう。
「隠岐」
「…なんです?」
「お返し、ありがとうね。…大切にするから」
「おれも春さん一生大切にしますよ」
「はいはい」
「あ、せやけど春さんち着いたら大切に扱えんかもしれないんで、そこは勘弁願いますわ」
「!」
にやりと色気を含んだ笑みを浮かべた隠岐に、まだまだ振り回されることになりそうな未来を悟った。
けれどそれも、満更でもないように。
end
ーーーーー
ホワイトデー第4弾!
短編から派生している隠岐くんと年上夢主!
結構気に入ってきちゃったんだ…!
隠岐くん夢主追いかける描写多すぎる。
夢主宅で生駒隊と鍋パとか書きたいね←
余裕ある隠岐くんも余裕ない隠岐くんも好きなんだ!
タイトルは考えるの諦めた
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