伊丹家のナナセとカズ〔7〕
2022/05/18 10:57
伊丹家のナナセとカズ〔6〕の続きです。
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【カズの誕生日編】
カズの誕生日、当日。
部屋の端と端を何度も行ったり来たりして、落ち着かないナナセ。
プレゼントをいつ渡すか。
どんな言葉をかければいいのか。
また無視されて、受け取ってもらえなかったら。
赤い上質な手提げ袋に収まったソレを見ながら、ぐるぐると頭を悩ませて数時間。
気づけば日が沈み、厨房では夕食の用意が始まっていました。
「あかん、考えてたらキリがないわ..っ」
不安を吹っ切るかのように、プレゼントを勢いよく掴んで、カズの部屋がある離れ家まで走り抜けます。
部屋へ直行...ではなく一度御手洗いへ。
息を整えながら、鏡に映った自分を再確認。
多少乱れた前髪を直し、メイクの状態も確認して、万全な態勢で臨みます。
「ふぅ、渡して、おめでとうって伝えて、それから...一緒にご飯を食べる...っ」
それが、本日最大の目標。
プレゼントを胸に抱きかかえて、覚悟を決めます。
カズの自室へ向かうべく廊下を進んでいると、
ちょうど自室から出てくるカズ。
そうして....───鉢合わせる二人。
「...ッ、か、カズ...、今日は、話があって、」
「......、」
「ッ!カズ..っ、まって、!」
話しかけるナナセの横を、そのまま通り過ぎようとするカズ。
「おねがい...っ、きいて...、少しでいいから...、」
細くて白いカズの腕を掴んで、引き止めるナナセ。
その頬には涙がこぼれています。
無意識に流れてしまったそれを、奮い立たせる気持ちで拭い、潰れそうな声を絞り出します。
「今日..ッ、カズ、誕生日...だからっ、」
「.......」
「どうしても、プレゼントっ、あげたくて...」
抱えてたそれをカズの手にそっと握らせて、渡すナナセ。
「カズ、二十歳のお誕生日...おめでとうっ」
濡れた顔をそのままに、にこっと精いっぱいの気持ちで笑顔を作ります。
伊丹家の人間に、初めて優しく笑いかけられるカズ。
どう反応したらいいか分からず、
戸惑いながらも、渡されたプレゼントの中身を覗きます。
水色のリボンで綺麗に結られて畳まれた着物。
緑と白がベースの生地に、鮮やかな赤い花の刺繍が咲き乱れています。
そして、上前(うわまえ)の位置にあしらわれているのが...、
「....これ、」
「あっ、犬のデザイン...可愛かったから...っ、
カズ、犬好きかなって、思って...ッ」
愛くるしく、手触りが心地良い犬の絵が大きく施されたそれを見て、小さく声を発するカズ。
慌てて出したナナセの答えは、“可愛かったから”という無難なもの。
──二人が初めて出会った大切なあの日。
ナナセが読んでいた、カズが好きだと言っていた、絵本の物語。
それは、主人公の小さな犬がまだ見ぬ光景を目指して、困難に立ち向かいながらいろんな国へと冒険するお話でした。
「ちょっと、こ、個性的、すぎた...かな、」
カズの記憶から抜け落ちてしまった二人の思い出。
絵本のことなど、当然知るはずもありません。
着物を見つめて、無表情のままのカズに、
“やっぱり気に入らなかったよな...”と肩を落とし落ち込みます。
指先でそっと。
優しい手つきで、その絵に触れるカズ...、
「.....ふふ」
ふわり。
温かさを宿した瞳で、頬を緩めます。
「....かわいいね...」
「...ぇ...?」
顔を上げて、目を垂れさせながら、ナナセに笑いかけるカズ。
“カズが、笑ってる...、”
その笑顔に見惚れ、再び、ぽろぽろと涙を溢すナナセ。
「...わ、あ、は、ハンカチ...っ」
「あ、うぅ、ごめ、」
カズが袂(たもと)に入れていたハンカチで、ナナセの涙を拭いてあげます。
今まで感じたことのない距離感。
ドキドキと鼓動が音を立てて響く。
それはまるで、初めて会った、お友だちになれた、あのとき覚えた感情と同じものでした。
この感情は、きっと....、
「ありがとう。」
「...っ」
「プレゼント、ありがとうね。ナナセちゃん」
胸が...熱い...。
耳も、顔も、カラダも、至るところが。
全身が、熱くて、燃えてしまいそうで。
この感情は、きっと....、気付いてはいけなかった。
「か、カズ...あの、」
渡して、おめでとうを伝えて、それから....、
「...っ夜ごはん...いっしょに、どうかな...?」
夕食のお誘い。
今日一番、叶えたかったこと。
叶えられるというなら、今日しか...、
「.....うん..いいよ、でも、」
「で、でも...?」
「おふろ、入ってくるから、ちょっとだけまっててね」
「....えっ、あ!お、お風呂ッ?!」
唐突に飛び出した“お風呂”発言に、分かりやすい程赤面し、違う意味で耳が熱くなるナナセ。
その着物に隠された真っ白な肌を想像して、思春期の頭の中はパンク寸前です。
「いいよ..!も、もちろんっ、入ってきて...!ごゆっくり...!」
「あ、ナナセちゃんも、いっしょに、」
「だ、だめだめ..!どこ見たらええか..っ
じゃなくて..、ほら、わたしは、入ったから!」
頑なにブンブンと首を振って拒否するナナセ。
そっかぁ、と納得した様子のカズは、
「じゃあ、八時に、ここで...、」と言葉を残すと、立ち去ってお風呂へ。
カズの背中を見送り見えなくなると、ぐったりと全身が脱力。
糸が切れたかのように、廊下に倒れ込み大の字になって寝そべります。
そうして、天を仰ぐナナセ。
「プレゼント...渡せた....カズに...渡せた....っ!」
「しかも、笑ってた...この後は、いっしょに..!」
「っふふ、ふふふ、んふふっ、」
「なーにひとりで笑ってんの?キモイぞ」
足をバタバタさせながら、空に向かってパンチする
気持ち悪いナナセを、上から覗いてやるアスカ。
「ふふっ!今は何言われてもムカつかへんもーん」
「で、なにかあったの?一応、聞いてやる」
「んー?ふふ!
あんなぁー、前話したやつあったやろ?プレゼントがなんとかっていう」
「ななの友達がお姉さんにー、ってやつね」
「それがな!
その友達、カズに、誕生日プレゼント渡せたって!
しかもな、笑ってた、って!ふふよかったぁー!」
「いやもう支離滅裂じゃん、
くくっ、はいはい良かったですねぇ」
ナナセがプレゼントをあげられたこと。
カズが笑っていたこと。
それらを知って、アスカの心も少しずつ、じんわりと満たされていくのでした。
「じゃあ、お風呂入ってくるから。さよならー」
「あ、ここのお風呂いまカズが使ってるから、母屋の大浴場に...」
「はい、存じておりますけど。
毎日一緒に入ってますけど。
カズ様のお背中、流させていただいてますけど。
それが、何か?」
「...は?え?!ど、どういうこと..?!」
「“ちっちゃな侍女さん”、ですので」
「いや侍女ちゃうやん!格好してるだけやん!」
「くくっ、では、またあとで、ご夕食のときに。」
「.....えぇー、ちょ、うそやろぉ」
心が満たされていても、嫌がらせはしていきますけどね。
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