伊丹家のナナセとカズ〔5〕
2022/03/03 11:38
伊丹家のナナセとカズ〔4〕の続きです。
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【ナナセの悩み編】
二月八日。
ナナセの部屋にかけられたカレンダーには、その日付が赤ペンで囲われています。
──カズの誕生日。
その大切な日を、忘れるはずがありませんでした。
「はぁ....なに、あげたらええんやろ、」
今年の誕生日で、二十歳を迎えるカズ。
話しかけようと奮闘し続け、数年が経ち。
今の一度も、会話をすることなどできずにいました。
故に、毎年訪れるカズの誕生日は、
覚えているにも関わらず、直接祝うことは無く。
渡すタイミングすら与えられていない誕生日プレゼントは、二度と開封される予定がないまま、ナナセの引き出しへと仕舞われていくのでした。
しかし、今年は諦められないナナセ。
成人祝いという、大切なイベント。
それを口実に、無理矢理にでも受け取ってもらう気でいます。
この日を逃したら、二度とカズとは...という未来は絶対に避けたい。
「お酒...は何がええか全く分からへんしなぁ...」
「小説...?もっと特別感無いとあかんやろ」
「ぬいぐるみ...いやいや子どもやないんやから」
「ネックレス...!?な、ななは恋人かッ!」
「なーに、ひとりでブツブツ喋ってんの?キモイぞ」
「わ..!わ、ちょっ、アスカ!入ってくるならノックぐらいしてや...!」
「お、エロ本か。精が出ますなぁ」
「違うわ、んなわけないやろっ」
慌てて見てたソレを隠すナナセでしたが、間に合わず。
突如背後からヌルッと現れたアスカに、エロ本と勘違いされては堪ったもんじゃないので、白状します。
「なになに?
『誕生日プレゼントカタログ~大切なあの人へ最高の贈り物を~』って、おー、とうとう彼氏かぁ」
「だから違うわ。そんなんじゃないって。
彼氏なんか出来るわけないやろ」
「昨日告白されてんのバッチリ見たんですけどー、写真撮っちゃいましたけどー」
「は...?!え、け、消してや..!」
「ていうのはまあ嘘でして」
「うわ、もうサイテー...ほんまに、」
バシバシとアスカの腕を叩いて、威嚇するナナセ。
それを軽くあしらいながら、「で?誰にあげんの?」と真面目な顔に戻り、イスを寄せてきてナナセの隣に座ります。
「あー...だれ、えと、友達...?」
「ふふなんで疑問系なの?」
「いや、そのー、そう!友達の話やねん...!
その“友達”が、お姉ちゃんに何をあげようか迷ってたから、ななが相談に乗ってあげてんねん...っ」
「ふーんそっかぁ、なるほどね、“友達”の話なのね」
「うんっ、そういうこと!」
絶対嘘じゃん自分の事じゃん。
...という言葉を堪えながら、騙されているフリをするアスカ。
十五歳、大人です。しょうがない。ここは大人の対応をしてみせます。
「で、その友達は、何あげるか、なんとなくは決まってんの?」
「まったく...思い浮かばへん....って、」
「そんなに分かんないなら、一緒に買いに行けば?
...って提案してみたら?」
「.....それが出来たら苦労してへん...、」
“一緒に買いに行けない...ってことは、やっぱり彼氏か...?
いや、好きな人って可能性もあんな。”
“でも、お姉ちゃんって言ってたし
マイお姉様の誕生日なんて、とっくに終えて...”
頭をぐるぐる回転させて、そのお相手が誰か当てにいきたいアスカ。
気分はアキネイター。さらに質問していきます。
「その友達の、お姉さんは...いくつなの?」
「....は、二十歳、って言ってた、」
「なるほどね、そういうことか」
こんなに悩んでいるのも、一緒に買いに行くことができないのも、全て理解したご様子。
チラッと視界に映ったカレンダーには、その日付に華丸が。
「なんだ....知ってたんだ....」
「...?」
「いや、べつに。」
“カズの誕生日知ってる人、ほかにも居たんだ”
嬉しいような、寂しいような。
まだ中学生には理解にし難い複雑な感情が胸に広がります。
「その人が好きなものをあげれば良いんだよ、」
「だから...それが分からへんから」
「分からないなら、観察すれば?
今何が好きか、何にハマってるのか、昔何が好きだったのか。」
「観察...、っわかった!やってみる..!
...じゃ、なくて、その“友達”に伝えとくな!」
「くく、はいはい、がんばれー」
悩みが吹っ切れて、これからのことを想像しながら笑顔が溢れるナナセ、カタログを閉じてギュッと抱きしめます。
部屋を退室したアスカ。
「今年こそ、笑ってくれたらいいな...、」
これまで二人きりで迎えたカズの誕生日を思い出しながら、切なげに小さくつぶやくのでした。
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