あの夜の先に-after story-




「♪〜〜」


鼻歌を歌いながら雑誌の切り抜きをひとつひとつ百均で買ったコルクボードに押しピンで差していく。

それを見ているだけでニヤニヤとにやけが止まらない。

たぶん、はたからみたら凄い気持ち悪い人だろう。


そこに映っているのは最愛の彼。



そしてその見出し記事には『群馬が生んだスター。世界へ』の文字が。




「ひとつ夢が叶ったね」




そういってふと笑い、そっと切り抜きの彼の顔を撫でた。




彼が日本を経ったのは1か月前―――

プロジェクトDとして走っていたのが遠い昔のよう。あれから啓介は国内のレースにプロとして参戦し、数々の賞をかっさらっていた。

さらにあのモデル顔負けの身長とルックスにファンがたくさんつき、テレビや雑誌出演、もはやアイドル並みの人気。

外を歩けばすぐに女の子たちに囲まれ、変装してもあの長身だとすぐにバレてしまい、普通のデートができなくなってしまったことに最初は寂しくて戸惑ったが、今となっては慣れっこだ。


というか、啓介が忙しすぎて週に1度会えるかどうか。

家にも寝るだけに帰ってくるような生活だし、その間に啓介の家に行って炊事洗濯をして自分の家に帰ることが日課になっていた。


「そこまでするならいっそ一緒に住めばいいのに」と涼介や賢太に言われたが、彼のことだから私が家でひとり待っていると分かったら気を遣うだろうし、今がどれだけ大事な時期か分かるので彼の邪魔をしたくない一心で同棲は断っていたのだ。

こういうところはプロジェクトDの時とあまり変わらない。


そんな彼には世界でレーサーとして戦う夢があり、それを叶えるためにただ我武者羅に走り続けていたある日、海外チームから声がかかったことにより叶ったのだ。


そこからはとんとん拍子で海外行が決まり、1か月前に旅立ったのだ。





「体調崩してないかな・・・ちゃんとご飯食べてるかな・・・」






そんなことが心配になる私はふと机の上に置いてある携帯を見た。

今まで欠かさず毎日連絡をくれていたのだが、それ以上に多忙になったのか今は1週間に2,3回くるか来ないかまで減ってしまった。


時差の関係上電話もあまりできず、基本的に文章での連絡になるのだがもちろんタイムリーにお互い見ることができず朝起きたら連絡が来ているといった具合。


ただありがたいことに週刊雑誌に彼が毎週のように特集されているため、それを買い漁っては切り抜いてこうやって飾って少し寂しさを紛らわせることができていた。




「(いつ見てもカッコイイよなぁ・・・)」




こんなカッコイイ芸能人みたいな人が自分の彼氏なんだな、と改めて実感する。

彼に恋い焦がれる気持ちと会えない寂しさが入り混じった感情に浸っていると、急に携帯が鳴った。

驚きながらも急いで携帯を手に取ると、久しぶりに見た名前が表示されていた。




「はい、もしもし」

『ああ、俺だ。今いいか?』

「うん、大丈夫だよ。どうかした?」

『今日久しぶりにご飯でもどうだ?珍しく夜の予定が空いてな』

「うん、いいよ。私も何も予定ないし」

『そうか。そしたら駅に18時、迎えに行くよ』

「了解」




時間にして30秒ほどで電話を切る。

時刻は16時半、少し余裕はあるがきっと豪華なホテルレストランにでも連れて行かれるだろうと予想して、準備に取り掛かった。




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