また、いつかを信じて  [ 3/5 ]







「凛ちゃん!」


先ほど豪と話が終わったと連絡が入り、ここまで来いと伝えた名前が手を振ってこちらへと走り寄ってきた。その顔は相変わらずニコニコしていて、見てるこっちまで頬が緩む。
それは出会った当初から何も変わらない。



「(こいつのこういう明るいところに・・・俺と豪は救われていたのかもな)」



香織を失ってからは、自暴自棄に陥り、廃人のごとく荒れた日々を送り、目も当てられない状態になっていた。

今まで親しかった人間は何人も傍から離れて行った。

でも特別止めようともしなかったし、何よりも香織がいない世界に耐えられず、ただ毎日のように彼女の元に行きたくて仕方がなかった。


そんななか、離れていく人たちの中で、こいつだけはしつこく離れずに傍に居続けた。

両親ですら俺のことを見放したのに、名前だけは見捨てずにいつも気にかけてくれていたのだ。

頻繁に連絡をくれてはたまに家まで様子を見にきたり、いくらメールや電話に返事をしなくても性懲りもなく、俺との繋がりが切れないように何度も手繰り寄せていた。

それに俺だけでなく、同じように豪にも必死に手を差し伸べていたのだ。


今、プロジェクトDで名を馳せている高橋兄弟と同じくらい、二人で切磋琢磨してお互いを高め合っていたのが遠い過去のようで、最愛の人を失ってからは口を利くことも会うことすらしなくなった弟との関係は今にも断ち切れそうだった。

そんな俺たちの間を名前はずっといったり来たりして繋いでいてくれたのだ。

だからこそ、今日もこうやって弟の元へと来れたのかも知れない。あのままお互いを結んでいた細い糸が完全に断ち切れてしまっていたら、こうやって再び言葉を交わすこともなかったかも知れないのだ。



「(涼介にもこいつも・・・・俺は色んな人に助けられてんだな・・・)」

「凛ちゃん、豪ちゃんとちゃんとお話できた?」

「・・・ああ」

「それはよかった!」



観光用にと展望台になっている橋の上。同じように柵にもたれながら名前は今まで見た中でも特に嬉しそうな笑みを浮かべていた。



「やけに嬉しそうだな」

「うん!だって・・・凛ちゃんと豪ちゃんが一緒にお喋りしてるところ、やっと見れたんだもん」

「!」



今まで見たことのない、どこか悲しそうで、でも優しい笑みを浮かべながら言った名前に目を瞠る。

彼女が今までどんな思いで俺たち兄弟を見ていたか、想像することしかできないが、もし自分が同じ立場に立たされたらと考えるだけで心が痛む。

ずっと仲良かった大好きな人たちが絶縁状態に近いくらい離れてしまい、それでも諦めたくなくて必死に間を駆けずり回っていたのだ。

それがどれだけ辛くても、めげなかった彼女にただただ感謝の言葉と罪悪感しかない。



「・・・悪かったな」

「んー?何が?」

「お前には・・・本当に感謝してるよ」

「じゃあ・・・ごめんじゃなくて、違う言葉言って欲しいな」



先程の悲し気な表情はどこへ行ったのやら、どこか大人っぽくなった顔で目を細め笑って凛の顔をじっと見つめていた。それにつられるようにふと笑い、ぽんぽんと頭を撫でる。



「・・・ありがとう」

「どういたしまして!」




敵わないな、こいつには。そう思い、ふと小さな笑みを浮かべれば「凛ちゃんが笑った!」とまたもや嬉しそうに笑う。



「そろそろスタートする頃だ」

「!」



聞き覚えのある声がし、二人で顔を向ければ一人の男がこちらへと向かってきていた。名前は面識がないため首を傾げていたが、凛は驚いていた。以前、涼介とバトルをした際にいたチームスパイラルの池田だ。

だがそれより前に一度、死神GT-Rとして峠で故意にぶつけた相手なため気まずい。
そんな凛の空気を諭してか少しだけ睨むように名前が池田を見れば、いきなり睨まれたことに池田は面食らっていた。



「こら、名前。そんな敵対心向けるんじゃない」

「だって凛ちゃん・・・」

「ああ、悪かったな。俺はチームスパイラルの池田ってんだ。そこの奴とは知り合いだよ」

「名前です。・・・凛ちゃん、ほんと?」

「ああ」




凛がそうだというなら間違いないとやっと信じたらしく、「ごめんなさい」と素直に謝れば池田はいきなり謝られたことに驚いたが「いいよ」と一言いい、同じように柵にもたれかかった。



「見ものだな、このヒルクライムは。さっき何か話かけていただろう、弟に。どんなアドバイスをした?」

「そんなものはしていない」

「ん?」

「重たいものを背中から降ろしてやっただけだ。ネガティブな感情をモチベーションにして走ってもいいパフォーマンスは出せない。そんな状態では、涼介の弟には勝てない気がしてな」

「それなら私も言っといてあげたよ!豪ちゃん顔が怖いって」

「それはそれであいつは傷つきそうだな」



名前のあまりにもストレートな言葉に凛は思わず笑った。そんな横で「豪ちゃん傷ついたのかな・・・」としょんぼりしている名前とは裏腹に池田は凛が笑ったことに驚く。



「(あの死神が笑顔を浮かべるとはな・・・この子、ある意味凄いぞ)」

「池田さんも豪ちゃんの応援にきたの?」

「ん?ああ、そうだな」

「じゃあ一緒だね!」




仲間が増えたことに喜びニコッと笑った。すると何か閃いたのか、ポンと右手で左掌を叩き目を見開く。



「そうだ凛ちゃん!私飲み物買ってくる!」

「ああ。気を付けろよ」

「うん!」



そういい一目散に自販機目指して駆け出した名前を池田は目で追って、見えなくなったところで口を開いた。



「なんか嵐みたいな子だな。弟の彼女か?」

「いや、幼馴染みだよ」

「にしちゃあ若いな。いくつだ」

「22だったかな。大学生だ」


「いいのか?放っておいて」

「あいつなりに気を遣ってくれたんだよ。なんか話があったんだろ?」

「あ?ああ、大したことじゃねえけど、さっきの話の続きさ」



少し表情を引き締め先程言おうとしていた話の続きをする。



「俺の理論でもネガティブな感情はすべて排除するのがルールだ。怒り、妬み、恨み、虚栄心、そして悲しみ。そういった負の感情はドライバーを正しくは導かない」

「プロジェクトDが何故あれほど強いかわかるか?」

「ん?」


「あいつらはどんな時でも楽しそうなんだ。車が好きで、峠が好きでここまで走ってきた。どんなピンチにたたされてもそれをどこかで楽しんでしまう。それに対して迎え撃つ神奈川陣営は楽しめていない」

「!」

「意地とプライドが邪魔をするんだ。絶対に負けられないと思った瞬間に苦しくなる。楽しんでしまえばいい。勝ち負けでなく、楽しめるかどうかに意味がある。特に今日はカーニバルの最終日だからな」





  
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