また、いつかを信じて  [ 2/5 ]



「凛ちゃん!豪ちゃん!」


そういってはちょこまかと俺らの後をつけまくっていた小さな幼馴染み。

いつも笑顔で、へらへら笑っていて・・・大きくなったら自然と離れていくだろうと思っていたが、どれだけ歳を取ろうとあいつは変わらなかった。

成人した今でも相変わらずちゃん付けで呼んでくるのはちょっと恥ずかしいが、兄との関係が大きく変わってしまったなかで、あいつだけは変わらず俺らに接してくれる。


俺と兄を繋ぐ唯一の架け橋だ。

あいつがいたから、完全に兄との繋がりが切れずにいる。

ほぼ絶縁状態なため、繋がっているかも怪しいが、少なくとも間にいるあいつの存在によってギリギリのところで繋がっているに違いない。






何故突然そんなことを思ったのかしばらく理解できずに、ぼうっと箱根山の頂上を見つめていた。

今日のバトルを思い浮かべるだけで、ゾクゾクと体を這い上がるような闘争心と全身の血を沸き上がらせるような熱が巡る。それを冷ますようにふぅと一息ついてさあっと吹き抜ける風を感じた。

風が止んだところで、先ほど考えていた人物を思い浮かべる。



「(何も考えてないようで、実は助けられてたんだな・・・・)」



きっと最近変わった兄の話聞いたせいか、昔のことをよく思い出すようになった。そこには必ずといっていいほどあいつがいる。


以前は頻繁に会っていたが、プロジェクトDが神奈川に入って来てからは情報収集と練習とに明け暮れていたためここ数週間会ってない。
それだけで、何故か一緒にいた日が遠い過去の思い出かのような錯覚さえも覚える。

別に付き合ってるわけでもないし、何も言わなくても神出鬼没で気付いたら「豪ちゃん!」と後ろにいるような女だ。


会いたいなと思う前にそこにいるわけだし、それに会えば会えばでいろいろ疲れるし体力と精神力を削られるから、正直この一大イベントともいえる勝負時に会いたくない。
とは思うものの、心の奥底ではどこか静まり返った男だらけの空間に花が欲しいなんて思ってしまう。

人間の感情というものは繊細で脆くて自分のものなのにコントロールできない、非常に面倒くさいものだとつくづく思う。




「(でも・・・なんとなく、元気が欲しいなんて思ってる俺は甘えてるんだろうな・・・)」

「どうしはったんです、北條はん」

「え?」

「口元緩んではるけど、なんや愛しい女のことでも思い出しとったんですか?」

「な、・・・んなことねぇよ」



ニヤリとした笑みを浮かべからかってくる久保さんに俺ははっと我に返りそっぽを向いた。愛しいかは置いておいて、女のことを考えていたのは間違いない。そんなに緩んでたかなと思いきゅっと口角に力を入れる。



「まぁいいですよ。これからの勝負にあんまガチガチでいったってええことあらへんからね」

「わかってますよ」



プロジェクトD、今は目の前の奴らとのバトルに集中しないといけない。



勝つ、そのために俺は走るんだ。


先程まで頭の中をぐるぐると回っていた思考をすべて振り払うように左右に一度頭を振った。




「(あいつらは、今は関係な・・・)」


「豪ちゃん!!」


「!?」




ぐっと気を引き締めようとしたところに響いた声にガクッと思わず力が抜けこけそうになった。面喰らった顔で声のした方へと向けば大きく手を振りながら走ってくる小さい影と、その後ろを悠々と歩く見慣れた人物。

そう、つい先程まで自ら思い浮かべていた人物たちがそこにいるのだ。




「豪ちゃん!応援にきたよ!」

「な、はあ!?なんでいるんだよ!」

「凛ちゃんに連れてきてもらった!」

「そういうことじゃねぇ!」




気が付いたら背後にいる、まさに神出鬼没とはこのことだ。

会うのは本当に数週間ぶりだというのに、まるで昨日会ったかのような感覚で接してくる名前に、突然のことに驚いて困惑しているのか、どういう反応をしていいか一瞬分からなくなりあたふたする。

そんな俺の気持ちなど露知らないこいつは「えへへ」、と相変わらず子供みたいな満面の笑みを浮かべていた。すかさず突っ込むが、こいつが人の話を聞いてるはずがない。

はぁとため息をつき、こいつがここに現れる現況になったであろう、もう一人の予想外の人物に視線を向ける。




「行くって聞かなくてな」

「凛ちゃんありがとう!」

「どういたしまして」




兄貴の方を向き笑みを浮かべる名前の頭を撫でる兄貴の顔に俺は目を瞠る。

つい先日まで死神と恐れられ自暴自棄に落ちていた人物が、突然車を処分したり職場に復帰したりと、どういう心境の変化かは知らないが驚きの連続だった。

そして今しがた、久しぶりに見た兄貴は昔の優しい顔つきに戻っている。
それを名前も気付いているのか否や、嬉しそうにまたへへと笑っていた。




「箱根の山にはもう現れないんじゃなかったのか?」

「死神GT-Rはもういない。だが俺は生きてる。自分が行きたいと思ったところには行く」

「そして今日は私が同じ場所に行きたいと思ったので連れて来てもらいましたあ!」


「名前、ちょっと口チャックしろ」

「ん!」




わざとらしく唇をなぞるように手を動かし閉じたことを見せ、ぐっと親指を立てて見せた。そんな名前に答えるように兄貴も親指を立て、俺へと向き直る。

相変わらず子供みたいな反応だなと思うが、それよりも「口チャック」という言葉を使った兄貴に俺は驚きと少し引いた。

あの見た目で「口チャック」はねぇだろと思ったのは内緒。





「こうして話すのも随分久しぶりだな」




そう話を切り出す兄貴は本当に昔に戻ったみたいに優しく、語りかけるような口調で続けた。




「すまなかったな、豪。お前にも親父たちにも迷惑をかけてしまった」

「兄貴・・・っ何をしにきたんだ」

「お前の走りを観にな。いけなかったか?」




相変わらず何を考えているのか分からないポーカーフェイスを浮かべる兄に俺は内心困惑していた。それに長年こうやって普通に会話もせず、何をどうやって話せばいいのかも分からないため言葉がうまく見つからない。

そんな俺の気持ちを分かってるのか否や、兄は止めることなく淡々と話を進める。




「昔のようにアドバイスをするつもりはない。優秀な参謀がついていることだしな。ただ・・・一言だけ。涼介はデカいぜ」

「っ・・・」


「お前はラッキーだ。車と峠を愛する者としてこれほどの幸せはないだろう。できる最高の走りをしろ。今まで培ってきたものすべてを出し切ってみろ。そして楽しめ。今度こそ、最後まで見届けてやる」





それだけ言うと兄貴は踵を返した。

その際にずっと口チャックの約束を守っていた名前へと向き、「もういいぞ」と頭を撫でれば「よっしゃ!」と嬉しそうに口チャックの束縛から逃れられ、笑顔でガッツポーズする。




「名前、終わったら連絡しろ」

「はーい!」

「ちょ、こいつ置いていくなよ!」




まさか置いていくのか、と兄貴の言葉にぎょっとしたが、そんな俺の言葉に耳を傾けることなく颯爽と兄貴はその場を去っていった。

俺はその場で呆然としてしまい、残された名前をどうしようと頭を抱えそうになる。

当の本人は去っていくつもりなんてこれっぽっちもないらしく、呑気に「後でねー!」と兄貴に大きく手を振り、気がすんだのか手を下ろしくるっとこっちへ向いた。




「・・・豪ちゃん吃驚した?」

「ああ。夢でもみてんのかと思ったぜ」

「ざんねーん!私はここにいまーす!」

「知ってる。ってか早くあいつんとこ戻れよ」


「はじめまして!豪ちゃんの幼馴染みの名前です」


「人の話を聞けっ!!」





気付いたら俺なんてそっちのけ、後ろで成り行きを見ていた久保さんに頭を下げ挨拶をしていた。
久保さんもいきなりのことに面喰らった顔をしていたが「どうも」と軽く頭を下げる。

そんな名前の首根っこを掴みぐっと後ろへと引っ張れば「ぐぇっ」と色気のない悲鳴をあげた。



「すいません久保さん」

「ええよ。こんなむさ苦しいとこにわざわざ応援にきてくれはったんやろ?健気やねぇ」

「はい!豪ちゃんのこと大好きですから!」

「頼むからもう黙ってくれ」



嬉しそうに言う名前に久保さんもつられるように笑っていて、俺は手で顔を覆った。

頼むからこれ以上俺のメンタルをかき乱すなと思い、「すぐ戻ります」と一言断りを入れてそのまま首根っこを掴んだままズルズルと後ろに引っ張っていく。



「豪ちゃん苦しい!」

「悪ぃ・・・!」



久保さんのいるところから少し離れたところでパッと手を離せば、ケホッと一度咳き込みこちらへと振り向いた。

会うのは確かに久しぶりかも知れないがもう20年以上の付き合いだ。
今更何も変わらないだろうと思っていたが、何故か数週間振りに見る、いつもと違って見える名前の姿に不意にドキッとする。

あまりみないショートパンツにタンクトップという露出した服装に、いつもより化粧もばっちりしていて中身とは逆に大人っぽく見えた。

そんな姿をじっと見ていたら不意に目が合い、ニコッと笑う。




「どしたの豪ちゃん?私が可愛くて見惚れちゃった?」

「寝言は寝て言え」

「いだっ!寝てないもん!」

「はいはい」



本音を悟られないように咄嗟に誤魔化してデコピンすれば地味に痛かったのか額をさすりながら、いつもの斜め上の返しを適当に流す。そして盛大なため息をついた。

せっかくいい感じに集中できていたのに、兄からの“楽しめ”の言葉に何故か心がざわつくし、こいつといると力が抜けてしまい、つい数分前にあったものが全て流れ出してしまった気がする。

これから一大バトルが始まるというのに、この力の抜けように情けなくなった。




「どうしてくれんだよ」

「何が?」

「せっかくいい緊張感で臨めると思ったのによ・・・」



「それは違うよ」



「あ?」




まさか否定されるとは思わず改めて名前へ目線を向ければ、いつものへらへら顔とは変わり真剣な顔つきでこちらを見つめ返していた。



「豪ちゃん顔怖かったかし、緊張でガチガチだったよ。だからそれほぐしに来てあげたの!凛ちゃんも豪ちゃんに言いたいことがあったみたいだし」

「!」

「豪ちゃんのその集中は違う。もっと、もっと違うものがきっとあるはずだよ」



名前から言われた言葉に目を見開いた。まさか名前からこんなことを言われると思っていなかったため、予想外のことに何も言えずに黙ってしまう。
だがそんな俺にはお構いなしで名前は言葉を続けた。



「ねぇ、豪ちゃん」

「・・・なんだ」


「豪ちゃん、走るの楽しい?」


「!」




ドキッとした。

楽しいかと言われ、なんて答えたらいいか分からず言葉に詰まってしまった自分に驚く。

楽しいも何も、俺は勝たなきゃならない。




「・・・楽しいよ。でもそれより、俺は勝つ。それだけだ」

「・・・豪ちゃんは走るの好き?」

「好きじゃなかったらここまで走ってねぇよ」

「・・・そっか」



結局名前が何をいいたいのか分からず、話は終わってしまった。向けられていた視線はいつしか下がって俯き、俺からは彼女が今どんな表情をしているか分からない。
ちょっとの沈黙があったのち、ばっと顔を上げればいつものへらへら顔でこちらを向いた。



「邪魔してごめんね、豪ちゃん」

「いいよ」

「頑張ってね。私は、いつでも豪ちゃんを一番に応援してるから」

「!・・・ありがとよ」

「うん!じゃあ凛ちゃんとこ戻るね!また後で!」

「おうよ」



それだけいい名前は颯爽と兄貴が去って行った方向へと走って行った。そんな彼女の背を見送り、久保さんの元へと戻る。



「さて、気ぃ引き締め直して行きましょうぞ」

「ああ」






  
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