劉雷翔 雇用

Prologue


 何度やめろと懇願されても、劉雷翔は激情のままにふるう拳や蹴りを律することをしなかった。
 後頭部の髪を鷲掴みにして彼の鳩尾に膝を沈めて、まるで興味をなくしたかのように手を離す。雷翔に一方的にいたぶられていた青年――水嶋彬は力なく倒れ込んだ。
 雷翔は薄く笑いながら、咳き込んでいる水嶋を見下ろす。さんざん暴れて息が上がっているが、吐き出される息は欲に塗れて熱い。――雷翔にとって、水嶋に対する暴力は性行為そのものだった。

「は……。いい様だな、彬」
「う……っ、げほ、……雷翔……」

 水嶋の赤い眸が、気丈にも雷翔を睨み上げる。
 雷翔はしゃがみ込んで水嶋の前髪を乱暴に掴んだ。そのまま引っ張ってやれば、水嶋から苦悶の声が漏れた。

「お前が悪いんだぜ? ライブ中に余計なこと考えてるから」
「んなこと……」
「あるだろ」

 雷翔は碧眼を鋭く細めて、水嶋を睨む。

「せっかく金払ってきてくれたファンじゃなくて、お前を見向きもしねえ男のことなんか見てやがってよォ……」
「――っ」

 雷翔は凶悪に笑いながら、水嶋の前髪を掴む手に力を込める。水嶋の、女性を虜にする美顔がいっそう苦痛に歪んだ。

「なァ、おい、何度目だ、彬ちゃん? お前が誰に懸想しようが勝手だが、ライブ中は絶対に客のことだけ見てろって、俺は何度言った? 俺に何度言わせた? わざわざ金出して俺らと、俺らの作ったステージ見に来てる連中への最低限の礼儀だって何度言えば理解するんだ、彬ちゃんの出来の悪い脳味噌は」

 雷翔は水嶋が所属するロックバンド「stella」のギタリストだ。香港出身で父親はイギリス人、母親は中国人のハーフだが、高校生のころに日本に移住してきて水嶋と出会った。

「頭で覚えねえんだったら、身体に教えなきゃ駄目だよなァ、彬ァ」

 うっとりと言う雷翔に、水嶋はざっと青ざめる。水嶋の反応に、雷翔の毒々しいまでに妖艶な笑みが深まった。

「ッ、雷翔、やめ……っ」
「やめねえよ、屑」
「あ、ぐっ――……!」

 雷翔は水嶋の前髪を離してから、乱暴に水嶋を仰向けにする。その上に覆い被さって、唇に吐息が触れるほど水嶋に顔を近づけた。

「本当は他の男に懸想してんのも許せねえがなァ、俺はとても優しいから、今日はそれは置いといてやる」
「雷翔……っ」

 水嶋に肩を押されたが、あまりにも弱々しくて抵抗とは呼べなかった。水嶋は雷翔に負目があるのだ。だからろくに抗いもせず雷翔の暴力を受け続けている。

「俺を狂わせたのはお前だ、彬」

 まるで睦言のように囁く。水嶋の顔が、罪悪感とこれから自分の身にもたらされる惨劇への恐怖で複雑に歪められた。

「彬――愛してる」

 かつて純粋だった思いは、思い人に顧みられないあまり、いつしか暗く淀んで歪になっていた。


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