「っ、あう……ぎん、く……」

枕に頭を押し付けられるようにして、下半身だけ抱える逞しい腕。
容赦のない抽挿で、ぐずぐずに蕩けた後孔から絶え間なく聞こえるいやらしい水音。
丙は回らない呂律で、男の名を呼んだ。

「しゃべ、んなっ……」

焦りの混じった声色をのぞかせながら、彼は荒い息を吐いた。
優しくなんてしてはくれない、ただ本能のまま欲望を打ち付け放つだけだ。
発情期の睦言、それは睦言と表していいのか戸惑うほどに獣じみていて、決して恋人同士が愛を確かめ合う行為には見えない。
それどころか、その片鱗さえも感じることはできなかった。
それでも丙は発情期になる度に彼を受け入れる、いつ来るのかも本当に来てくれるかもわからない中で、一人己が別邸で永遠とも思えるような時間を待つことに費やすのだ。

「あっあ……ッう、きもひ、きもちぃよぉ」

突き上げられる度に上がる声と、シーツをのばしピンと張った足先。
絶え間ない快感が全身を駆け巡り、この瞬間だけは全てを忘れられた。
待っている間の寂しさも、帰ってきてくれない事への落胆も、数え切れない程の嫉妬も、全部だ。

「もっと……もっとぉ!」
「ハッ、淫乱」

ペチンっとお尻を叩かれて、また甲高い声を上げた。じんと広がる痛みが一層の熱を呼び起こし、軽く達す。
ぽたぽたと萎えることを知らない男根から白濁がシーツにこぼれた。
何度も繰り返された絶頂で、それはもうシーツとしての機能を無くしており、濡れそぼりぐちゃぐちゃで、もはや水たまりのようにさえも見える。

「イキすぎだろ、お前」

抽挿を緩めながら、銀司は嘲るように丙の背にそう投げかけた。
丙はといえば、銀司の言葉にコクコクと頷きながらも、いい所を少し掠めるだけのもどかしい動きに耐えられず、自らも腰を動かしている。

「きもち、よくてぇ……!すき、ぎんくんのおちんちん、だいすきぃ」

その言葉に、銀司静かに舌を打つと、動かしていた腰の動きをピタリと止めて、丙の腰もがっちりと両手で掴んで動かせなくしてしまった。

「へぇ……なら存分に味わっていいぜ、この状態でな」
「え……」

それは絶望にも似た言葉だった、動いてくれることも無ければ、自分で動かそうにも力強い拘束はそれを許さない。

「やだ、やだやだやだ足りない!いっぱいぐちゅぐちゅしていいから、おれの穴おもちゃにしていいから動いてよぉ!」
「……そうだな、そんなに掻き回してほしいなら、ケツの収縮だけで俺のことイカせてみせろよ」

尚も絶望的な言葉は続く、無理難題を突きつけられて、丙の瞳にはじわりと涙が浮かんだ。

「でも、萎えたら抜くから、精々頑張れよ丙?」
「やだぁ……おれ頑張るから、頑張るから抜かないで……」

銀司は言ったことは、すべてにおいて必ず実行する。だからこそ最悪の想像が駆け巡り、グサリと丙の胸にナイフでも突き刺さったかのような痛みが走った。
けれども彼はお尻の穴を必死に動かして銀司を求める、もっと彼のぬくもりを感じていたいのだと、必死に。

「……っ、やりゃ……出来るじゃん?」

するりと銀司は丙の頬を撫でた。丙が甘えるようにしてその手に擦り寄っても、銀司は乱暴な事をする素振りを見せない。
それは、決して丙が彼の方を振り向かないからだ。
初めて体を重ねてからというもの、暗黙の了解とでも言うようにそれは銀司が丙を抱く条件でもあった。
そうでなければ彼は、体に触れてさえもくれなくなってしまうから。

「うん、だから……ぁッ、おれのおしりで……きもちくなってぇ」

二人の行為は、丙の意識が飛ぶまで延々と続けられた。発情期中のオメガが正常に戻るのは、気絶するまでセックスした後の十数時間程度なもので、七日間の間は閉じこもる他丙に出来ることは無い。










『うっ……ひっく』

誰かが泣いている。幼い体を震わせながら、ただ静かに泣いている。

『銀くんは泣かなくていいんだよ』
『やだ!おかしいもん……オメガだからって、丙をいじめる、なんてっ』

そっとその小さな体に触れて、いい子いい子と頭を撫でた。

『優しいね、銀くん』
『おれ、まもるから……丙のこと守るから……』
『じゃあ俺は、ずっと銀くんの傍にいるよ』

ぎゅっとその体を抱きしめれば、幼子特有の温かさがじんわりと伝わる。
もう何度目だろうか、この光景を夢に見るのは。













「ん……」

次に丙が目覚めたのは辺りがとんと暗くなってからの事だった。重たい瞼をゆっくり開けば、人工的な明かりに一瞬目が眩んだ。

「……起きたか」
 そうやんわりと声を掛けてきたのは他でもない、先程まで荒々しく丙を抱いていた、九条銀司その人だ。

「おはよう銀くん、また全部処理してもらっちゃった?」

別人、とまで言えるだろうか。いつもとは打って変わって穏やかさを帯びた表情の彼が丙を抱きとめ、互いに裸のまま、その温度を分け与えている。

「ああ……」

至福、その一言に尽きる。三ヶ月に一度だけ、なんの柵もなく二人が昔に戻れる時間。
丙は銀司の腕の中にいることが出来るこの時が、何よりも幸せだった。
とはいえ一般的に見れば、セックスが終わった時だけ優しくされている哀れなオメガ、なのかもしれないが。

「ありがとう。そうだ、銀くんの好きなおかず作り置きしてあるから一緒に食べよう?」

丙は発情期になる前、必ず銀司を待つ準備を始める。発情期が始まってすぐに彼がここを訪れる事もあれば、もう終わりだという時に現れる事もあるが、来てくれさえすればそんな事はどうでもいいとばかりに、大量に銀司の好物を作るのだ。
本当の事を言えば出来たてを食べてもらいたいものだけれど、発情期中は料理をする余裕など無いのだから仕方ない。

「からあげ」
「冷凍してあるよ、準備手伝ってくれる?」

彼はコクリと素直に頷いて、ゆるりと体を起こした。
願わくば、この時間が永遠に続けばいいと思いつつ、丙も銀司に支えられ立ち上がると、まだ痛む腰を擦りながら、キッチンの方へと歩き出した。



















「あの、光雅(コウガ)さん、僕のことどう思ってますか?」
「皐月がそんな事を聞くなんて珍しいね、そうだな……一番可愛いと思ってるよ」

同時刻、喧騒の中街灯に照らされた道を歩く二人の姿。
長身の美丈夫と女性に見紛う程可憐な少年、彼らは道行く人々全てを虜にし、ある者は振り返り、ある者は立ち止まって惚けていた。
二人のいる場所だけがまるで稀代の画家が描いた絵画のように美しく、非現実的だと思ってしまう程。

「なら、そろそろ僕で決めませんか?光雅さんの事、好きで堪らないんです」
「熱烈だね、嬉しいよ。そろそろ結婚をせっつかれているし、皐月となら優秀なアルファが生まれそうだ」

けれどその会話はどこか冷めていて、少年の言葉は薄っぺらく、美丈夫な男が放つ言葉は胡散臭さも感じさせた。

「なら、次の発情期に番になりましょう?僕、光雅さんの赤ちゃん産みたいな」
「もちろん、と、すぐに返事をしたい所なんだけど……取引先に紹介したいオメガがいるって言われててね」

候補の数は多いほどいいからねと付け加え、彼は笑った。可憐な少年はといえば、複雑そうに唇を引き結んでいる。

「でも、皐月を一番可愛いって思っているのは本当だよ」
「そうですか……じゃあ、次のオメガを最後の候補のにしてくれませんか?じゃなきゃ僕、ヤキモチ妬いて光雅さんの傍から離れちゃうかも」
「それは困るな、現状、番にするなら皐月がいいとは思っているし。しょうがない、その条件をのもう」

困ったように美丈夫が笑うと、皐月と呼ばれた少年は、引き結んだ唇をくいっと持ち上げて、不気味な程に綺麗な笑顔を作って見せた。

「ならもう、僕が光雅さんの番になったようなものですね」
「嬉しそうだね、皐月」

そう、彼はまるで他人事のように語りかけた。





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