からかい上手の瑛二くん


「あの、俺本当にこれやらなきゃダメかな?」

長く繊細に伸びた睫毛に縁取られた垂れ目が言葉以上の懇願を示しているが、それを聞き入れることはできない。

「なんでもするって言ったのは鳳くんでしょ?」

カーテンの隙間から顔だけ出した彼に断固として譲歩しない姿勢を見せる。この可愛さにほだされ今まで何度首を縦に振ってしまったことか。だが、今日という今日は譲らない。

「でも、俺現役のアイドルだし、こういうのは事務所の許可がないと、兄さんにも怒られるし」

今更男らしくない言い訳を並べる彼に少し苛立ちを覚える。

「カメラや携帯は持ち込みNGにしてるから大丈夫。てか今更…男に二言はないんじゃないの?」と嫌味まじりに言ってみた。

そう言われてぐうの音も出ないのだろう。彼は少しだけ目を細めて私を睨むと、プイッとカーテンの向こうに姿を消してしまった。

知り合った頃は温厚で優しくて、絶対にあんな可愛くない態度なんて取らなかったのに。

「そもそも男にこんな格好させるなんて、どうかしてる」

カーテン越しに彼が拗ねたような声でひとりごちるのが聞こえた。

「仕方ないじゃない。その服入りそうなのが鳳くんしかいなかったんだから」

そう言って今度はこっちがカーテンの隙間から顔を覗かせた。

「わっ!勝手に覗くなよ!」

女の子よろしく着かけの服を胸元までたくし上げ肌を隠す彼に思わず吹き出してしまった。

「ごめん!ごめん!それ最後後ろでファスナー閉めなきゃいけないから手伝うよ」

そう言ってカーテンで仕切り急仕立てで用意した更衣室の中に入った。

ジト目で私を睨んだ彼だがそれ以上の文句は言わず、こちらに背中を向けて着替えを再開し始めた。

「うしろ閉めて」

彼はまだむすっとした表情のままだったが静かな声でそう言うと、背を向けたままそこにあった回転椅子に腰をかけた。

彼に近づき背中のファスナーを摘まみ上げる。ジーっという軽快な音が途中でズズッと嫌な音に変わった。

「あれ?上まで閉まらない。鳳くんもうちょっと縮こまって。肩幅狭めて」

「無理言うなよ」

二股に分かれたファスナーを無理により合わせようと生地を引っ張る私を頭だけで振り返りながら上目遣いに睨め付ける彼。

「無理かぁ…鳳くんもやっぱり男の子なんだね」

ガッカリして項垂れる私を背中に彼がふぅと小さくため息を吐くのが聞こえた。

「名無子さんはこんなことしないと俺が男だってわからないの?」

呆れ半分な声で彼が言う。

「だって鳳くんけっこう華奢に見えるし、顔だってそこら辺の女子なんかよりよっぽど可愛いし、もしかしたらいけるんじゃないかなーとか思ったんだけど」

「顔はともかく、体は完全に男だから」

そう言って背中に手を伸ばし後ろ手にファスナーを下げるとおもむろに着ていた服を脱ぎ始めた。

「え?ちょっと鳳くん!何してるの!?」

止める間も無く上半身裸になった彼は回転椅子をくるりと回しこちらに向き直った。

その体は顔に似合わず筋肉質で、ダンスをやる人間特有のしなやかで均整のとれた体つきだった。

それが意外で一瞬その体に見惚れてしまったが、すぐに目を伏せて服を着るように注意する。女子の前で急に裸になるなんて信じられない!

視界の端で彼が着替えを終えたことを確認すると意を決して熱を帯びた顔を上げ、もう一度怒り直そうとした。が、

「顔真っ赤だけど、少しは俺のこと男として意識してくれたの?」

そう真顔で言って回転椅子から立ちあがり、ジリジリとこちらに歩み寄る彼。
その雰囲気に押され、つられてこちらも後退りをする。

視界の端でひらりとカーテンが揺れ、自分がその空間の端まで追いやられてしまったことを知った。

「あの…もしかして怒らせた?悪い意味で言ったんじゃないんだけど…」

「質問に答えてよ。名無子さん今、俺のこと男として意識してる?」

私の瞳の奥の移ろいまでも見逃さまいとする彼の真っ直ぐな視線に耐えられないのに、それを逸らすことさえもできなくなってしまっていた。

その澄んだ瞳に自分の影が写っているのがわかる。顔が熱い。私は今どんな顔をしているのだろう。

「ふふっ、ごめん。意地悪しすぎたね。でもお互い様ってことで許してほしいな」

そう言ってふと表情を緩めると、その顔にいつもの微笑が戻ってきた。
張り詰めた空気が途切れ、急に自分の心臓の音が耳のうちがわに響いてきた。

「ウェイトレス役は他の人を当たってくれるかな?協力できなくてごめんね。じゃ、俺そろそろ行かなきゃ」

そう言って鞄を手にした彼はシャーッと音を立ててカーテンを開く。
西日が視界の奥に眩しく刺さって、目が眩んだ。

「名無子さん、また明日ね」

鳳くんはその夕日を遮るように立ち止まって振り返りながら、軽く手を振って、返答も聞かずに出て行ってしまった。

「…やり返された…」

パタンとドアが閉まると同時にその場にへたり込んでしまった。

彼は意外と負けず嫌いらしい。今後、鳳くんをからかう時は気をつけよう…。

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