A secret novel place | ナノ
秋から冬へ(1)

【T&B】52万5600分 秋から冬へ

「バニー、それロフトに持ってって」
 虎徹が脚立をバーナビーに押し付ける。
バーナビーは突然一抱えもあるそれを押し付けられて後ろに二、三歩よろめいた。
 三角巾にはたきを持って、白いエプロンをしている虎徹。
変に重装備だなと思ったら、ホントに重装備が必要だった。
 バーナビーはげほげほと咳き込む。
殆ど開かずの間だった一番奥の小部屋の掃除を始めたのだが、どういうわけが凄い埃だらけで、それもふわふわと舞う綿埃や砂埃が中心で、一体全体何をここに詰めておいたのだとバーナビーは本気で頭を捻った。
「一体全体何が入ってたんです、ここ」
「別になにも」と虎徹。
「つーか、寧ろ空間多目に適当に放り込んでたのがまずかったっぽいんだよなこれ……」と言う。
中を覗くと確かに特に荷物が無い。
ダンボールが数十箱乱雑に置かれていて、それと丸椅子が二つ。
「それとその脚立な」
 汚い!
バーナビーは叫んだ。
「脚立が白い!」
 思いっきりくしゃみをして、その部屋どうせ汚いんだからそこで埃はたいてきてくださいよといったら、凄い埃が舞うから意味がないと答えてきた。
 むう……。
バーナビーはしょうがないのでそれをそのまま玄関に持っていく。
そして玄関の階段でそれをはたいた。凄かった。
バケツと雑巾を後から持ってくると、水をぶっかけて雑巾でごしごし擦り汚れを洗い落とす。
階段から道路へと流れ落ちていく水が、埃で灰色になっていた。
「ところでなんで突然掃除を始めたんです?」
なんとか脚立を綺麗にし、玄関前の階段で乾かすために立てかけて部屋の中に戻る。
日が落ちる前にはなんとか乾くんじゃないかなと伝えるが、虎徹は浮かない顔で窓枠を拭き続けるばかり。
けだるそうにガラスに息を吹きかけそこもこすって「全然綺麗にならない」と呟くと視線を窓の外のほうへ走らせた。
見えるものはというと、寂れた裏路地のレンガの壁ぐらいのものだったのだが、バーナビーにはそれ、虎徹が答えを躊躇っている証拠に見えた。
何か言いたくない理由なのかも知れないとその時思い当たった。
暫く後虎徹はバーナビーに顔を向けると、「バケツの水取り替えてきて」とだけ言った。
掃除の理由を答える気は少なくとも今はないのだとバーナビーは察して、水を取り替えに行く。
特に文句も言わずに素直に自分のいうことに従うバーナビーに何か悪いと思ったのか、その後ろ姿に虎徹がこう言った。
「昔はこっちも寝室で使ってたんだ」と。
ついバーナビーは振り返ってしまった。
 何時?
と問いそうになって言葉を喉の中に閉じ込める。
聞かなくても判っていた。
バーナビーと出会うずっと前、まだ虎徹の妻が存命中だった頃。
そうですかと小さく呟いて、バーナビーは部屋を出て行った。


TIGER&BUNNY
【52万5600分】Seasons Of Love
Five hundred twenty-five thousand Six hundred minutes
CHARTREUSE.M
The work in the 2014-2021 fiscal year.


秋から冬へ

 喧嘩をした。
喧嘩というか諍いというかもう兎に角取り返しがつかない程やりあってしまった。
その時バーナビーはいつもどれだけ虎徹が自分に対して譲歩していたのかを知った。
 その日は虎徹の家で過ごしていた。
一度事件が起こると続けて事件が起こる事は稀で、その後十二時間ばかりは休暇となる。
正確には休暇と言うより一度出動すると余程の事がない限り、強制的にその活動に見合った休憩を取らされることになるのだ。神経を摺り減らしたまま長く携わっていい仕事ではない為だ。
 ブロンズステージで起こった事件だった為、虎徹の家の方が近かったというのもある。
最近はバーナビー宅に入り浸っていたこともあり、ヒーロー活動のインターバルを虎徹の家で取るのは本当に久しぶりだった。
 バーナビーは虎徹の家に入り込んではてと思った。
珈琲を煎れてくれたので一緒に並んでソファに座り、同じようなタイミングで啜る。
バーナビーのものにはタップリとミルクが落とされており、虎徹の方はブラックで、そんな些細なことを何も聞かずとも互いに了承しているというこの距離感が嬉しく、それと同時に何時からだろうと疑問に思った。
 そうして唐突に鮮やかに思い出したこと。
まだあれから一年も経っていないのだ。
まだたった九ヶ月前の出来事だったのだと。
 ずっと離れ離れだった。
一年間、この人と離れてずっと一人で旅をして、それで戻ってきたら貴方もこの街に戻ってきていて、それで。
 堪らなかった。
この人を好きだと自覚した瞬間、同時にもう一つの事を思い知ってしまった。
僕には虎徹さんに好きだという資格がない。ましてや愛してるだなんて。なのにどうしても欲しくて堪らなくて、だってこの人があんまりなんでもない風だから。
自分なんか歯牙にもかけられてない、自分の気持ちは最初から最後までこの人には絶対届かないんだと知ったら身体だけでも欲しいだなんて、物理的な思い出だけでも欲しいだなんて、それで僕は。
――戻ってきてまた同じことをしてしまった……。
「ごめんなさい」
 それは口をついて出た言葉だった。
薄々感づいてはいた。
朧ながら予感は在った、と自覚していた。自覚していたというより肌で感じていたというか。
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