A secret novel place | ナノ
夏から秋へ(3)



「あの、虎徹さん、今日――」
 久しぶりにうちに来ませんか? 
明日二人揃ってのオフだったのでそう誘おうとして言葉を切った。
虎徹が振り返る。
金色の瞳が少し動揺したと思ったのは気のせいなのだろうか。
「虎徹君」
 廊下の向こうから、どうやら虎徹を探していたらしいロイズが小走りで近づいてくるのを見て、彼はバーナビーを振り返っていた体をそちらへと向ける。
ロイズがちらりとバーナビーを見やり、二人で廊下を去っていく。去り際に虎徹が「ごめん、ちょっと行ってくる」と右手を上げた。
 何の話だろうとは思ったが、差し出がましいと思いそれ以上何も言えず。
軽くため息をつき、バーナビーはそのまま諦めて家路についた。
 先々週、健康診断の結果が返ってきた。
特に問題も何も無く、A判定。虎徹も同じように健康診断を受けていたから聞いてみると普通に結果をそのまま見せてくれた。
近頃飲みすぎじゃないのか、コレステロール値が高すぎるんじゃないのかと疑っていたが、あろうことか虎徹もA判定で首を傾げた。
その気配が伝わったのか、虎徹が顔を顰めて「悪かったな」と言ったのが少しおかしかったぐらいだ。
 それからバーナビーはくすくす笑いをやめてもう一度結果を見直して――所詮こんなものでは判らないのだと、そう突然胸が痛くなる程思い知ったのだった。

 僕は何時減退するんですか。そしてその結果は、貴方と――虎徹さんと一緒なんでしょうか。

聞きたくて聞けなかった質問。それを最初にぶつけたのは斉藤で、斉藤は当然応える事が出来なかった。
プリントされたA判定、ヒーロー事業部に記録されている自分たち二人の身体データ、能力値の記録。でもそんなものは一つも役にたたなくて、虎徹は減退してしまった。
誰も、気づいて上げられなかった。何処かに兆候があるのかも知れない、現代医学や現代科学では探しきれない、見つけられないだけなのかも知れないけれど。
 一番聞きたくて聞けなかった相手は虎徹だ。
虎徹は恐らく知ってるんだろうと思った。そして同じように自分に言えない――恐らく故意に言わないのだろうと思った。
そこまで考えて、虎徹はずるいと思った。酷いと思った。憎いと思った。どうしてなんだと本当はなじりたかった。でもそれは虎徹のせいではない――僕の単なる我が侭なのだろうとも思った。
 卵が先か鶏が先か。
そんな風に思い悩んでいるのももしかすると虎徹にとってはお見通しだったのかも知れない。
バディを再々結成して一ヶ月程は互いに互いを意識しすぎていたせいか距離が少し遠ざかった。
おずおずと同じ場所に戻ろうとバーナビーが手を差し伸べると、同じことを考えていたようで虎徹も手を差し伸べてきた。
二ヶ月目に入るとティーンに戻ったかのような積極さで互いの距離を変に詰めた。
思い返してもあれ程虎徹の体温を近くに感じた時期はない。
そうして余りに近づいた事に恐れをなしたのか、虎徹が身を翻すようにして距離を取り始めた三ヶ月目。季節はすっかり春になり、水害さえ目を瞑れば十分過ごしやすいそのあたりでバーナビーは虎徹が無意識に吐露するようになった弱音につい自分自身の箍を外してしまったのだ。
 あれはひょっとするとブラフだったのかも知れないと今更のように思う。
「お前には俺の重荷を受け止め切れない」そう、虎徹が暗に自覚を促そうとしたのかも知れないだなんて。
 そんな頭があるように見えないのに、虎徹は時々多分本能でそういった距離の取り方をしようとする。
それを人生経験の差だとは思いたくもないのだが――僕はまんまとその罠に嵌ってしまったわけだ。
 そうしてついにその他諸々決壊し、食べてみた虎徹はあんまり美味しくなかった。
物理的に咀嚼しようとしたけれど、吐き気がこみ上げてきて無理だった。どうやら僕は吸血鬼には向かないらしい。食人種にも多分なれない。
本気なのか冗談なのか判別がつかないと、酷く怯えて当惑していたあの時の虎徹の複雑な表情、それは見れて良かったなと思った程度か。
 ただ虎徹は自分の覚悟だけは受け取ってくれたのだとそう信じたかった。
例えそれが今はまだ猟奇的な執着であろうとも、バーナビーにとって虎徹は失っては耐え難い唯一のものなのだと判ってくれたらと。
 本当はもっと近くで話し合いたい。ちゃんと話を聞きたい。僕が一方的に話すのではなく、聞いてもらうのではなくて、僕が聞きたいのだ。でもそれは虎徹にとってはとても酷な事なのだろうとも近くにいて思い知ってしまった。
 あの人は多分、とても現世から遠いところにいるのだ、無意識に今も。

 泣いてた。ずっと、膝を抱えて泣いてたな・・・・・・。

気づかないふりをするのが精一杯だった。一生懸命考えても、気づいて手を差し伸べて抱きしめてそうしたらなんだか虎徹が余計に壊れてしまいそうで出来なかったのだ。
それに多分僕は、彼の涙の意味を判っていない。

 それでもあれからもう二週間だ。
虎徹は離れていこうとしなくなったように思える。弱音も吐かなくなった――これは考えられる事だったのに失敗した。全部が全部封じ込めたい訳じゃなかったのに上手くいかなかった――能力発動時にPDAで持続時間のカウントをするようになった。そして多分かなり細かくメモしてる。本人に見せて欲しいという事も出来たが、これは斉藤から報告を受けた。
虎徹は律儀に毎日、斉藤に自分の身体データをメールで送信しているそうだ。斉藤は特に問題はみつからないという。そして能力の持続時間は63秒を最大として、60秒を切ることはあまりないという。殆ど固定したといっていいと斉藤は現時点では結論付けているという。
 手を握る、寄り添ってくる。心配そうな瞳で覗き込む、そして「何があった?」とことあるごとに気遣う。
 いっそ理想的な恋人に思える。いや、恐らくこれが僕自身望んだ形なのだろうと思う。
なのにどうしてこんなに空しいのか。
 セックスしていないからか? 否、今週もそうだがスクランブルが多発した。よしんばその後二人泊まったとしてもなにも出来なかったように思う。
自分もそうだが、虎徹も相当疲れていたようでトランスポーターで転寝しているのを何度も見た。
バーナビー自身も疲れていたようで、収録の後楽屋でやっぱり転寝してしまい、虎徹に優しく起こされた。ずっと彼の肩に頭を預けて寝ていたのだとその時初めて気づいた。
出来るだけ寝かせてくれようとしてくれたのもその時知った。
 でも違うんだ。そうじゃない、やっぱり虎徹は虎徹のままだ。虎徹さんそうじゃないんだ、僕は貴方を縛り付けたいんじゃない。いや勿論本音としてはそれもあるけれどそうじゃないんです。僕は貴方の本音が聞きたい。理解したいのに、させてくれない。
 ずっと壁がそこにあるままで、僕にはもう手段がない――。

 家に帰って一人。
なんだか全てに疲れてしまって、バーナビーはいつもの椅子に腰掛けてため息をつく。
電気をつけるのも億劫。いや、こんな気分の日にはシュテルンビルトの夜景がいい。とことん落ち込めるから・・・・・・。
「自分の掛け値なしの本音を言えただけで大分進歩かも知れないな」
 自嘲的にそう口に出してみる。すると少しだけ気の重さが軽くなったような気がした。
その分虎徹の重荷を増やした自覚はある。でも他に僕には手段が無かった・・・・・・。ああダメだやっぱり落ち込もう。
 虎徹は美味しくなかったけど、噛んだ時歯に気持ちよかった。
あの感覚は一体なんなんだろう。奇妙な満足感と言えばいいのか、――倒錯的な気分? いやまさか。後から自分がつけた傷跡を見て後悔した。酷い事をしたと思った。
感覚と感情がズレている。一緒にならない。虎徹と出会ってから色んなものが分離したままのような気がする。
 一人で居ると不完全なような、足りないような。だから一緒に居たいのに虎徹はそれを依存と言う。
「・・・・・・」
 考えたって答えは出ない。
出ないって判ってるのに考えなきゃならない、考えないと落ち着かないとか、本当に人間って難儀な生き物だ。
そんな風にただ只管落ち込みながらも思考を巡らせていると携帯に着信音。
出る前から用件は判っていた。
「今から行くから」
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