A secret novel place | ナノ
夏から秋へ(2)



 閉じこもったまま出てこないバニー。
セントラルパークの噴水広場で誰かを待ち続けるスカイハイ。
見つからない、気配さえ感じさせない折紙サイクロン。
ジャングルの奥へ分け入ったまま、出てこないロックバイソン、そしてコマーシャルに出てくるみたいな白い砂と青い空、それと透き通るように美しい青の海。
その砂浜の向こうへ駆けて行った少年時代の姿そのままのファイヤーエンブレム。
 まだ彼女ではなく彼は、海の向こうへ行ってしまったのだろうか?
夜になると完璧な星座を夜空に描き出す天空、遠く金色に輝く月明かりの中、なんとなく最初にみんなが出現したであろうコテージに虎徹は留まり続けていた。
ブルーローズ、ドラゴンキッド、バーナビーもまだここに居る。
 本当は夜とか昼とかそういうのも関係ないんだろうけれどと虎徹はぼんやりと窓枠から今は夜の砂浜を観る。
星の砂というのは星の形をした砂なのであって、実際星が落っこちてるわけじゃないんだけどなあと思う。
 そこここにきらきらと輝く本当に星型の何かが散らばっていて、砂浜に金の粉をふいた様になっている。
一応オープン仕様だけど、これは多分ブルーローズの願望で出来上がった扉――あっち側なんだろうなあと虎徹は思った。
 それより問題はバニーだ。
「なんでアイツ、こんなところに来てまで不健全なんだよ・・・・・・」となんだか悲しくなる。
 実は何度か虎徹はバーナビーが扉を薄く開いてこちらを伺っているのを見た。
直ぐにこっちにくるように誘ってみたが、物凄い視線で――かなり不機嫌そうな――一瞥された挙句にばたんと目の前で扉を閉められた。
それを数回繰り返されて虎徹はほとほと参ってしまったのだ。
 少し判るところも勿論ある。
何故ならバーナビーはとても子供に――恐らく4歳児程度の姿になってしまっていたから。
元々自分の弱みを見せたくないタイプであろうし、それが自分自身の「願望」を実現化したものだとしても、きっと不本意に違いない。
それなのにドラゴンキッドは4歳児に若返って小さくなったバーナビーに対して、あろうことか右手を差し伸べて「チッチッチ」と手招きなどをした。人見知りしなくてもいいよという好意のつもりだったらしいが、バーナビーは以来ドラゴンキッドの姿を認めると速攻扉を閉めてしまうようになった。
「猫じゃねーんだから、そりゃないだろう」と少し非難を込めた口調で注意すると、ドラゴンキッドは「こんなことで拗ねるバーナビーさんが子供なんだよ」と鼻息を飛ばしてくれた。
 悲願の世界――とカリーナは言ったか。いい得て妙だと思った。
ドラゴンキッドは恐らく、深層意識でずっと男性になりたいと思っていたに違いない。虎徹からしてみると随分と可愛らしいのに、――スカートだって良く似合うし、ドラゴンキッドが言う程彼女は男っぽくない。むしろ十分に可愛らしいと虎徹は内心そう評価していたのだが、多分それはキッドにしてみると屈辱的なことだったのかも知れない。
 でもまあ男である事に疑問を持ったことが無い虎徹の立場で、しかも40年ぐらいは男で生きてきた虎徹にしてみると、ドラゴンキッドが自身に投影しているところの男性像はかなり歪んでいるのだが。
理想の男性像というより、ライバル意識に近いんじゃねえのかこれ・・・・・・と夜の海を見ながら変なことに悩んでいると、素晴らしく美しい大人の女性に成長したカリーナが傍に寄り添ってくるのだ。
「どうしたのタイガー」
 両手にワイングラスを持って、一つを優雅な仕草で虎徹に渡してくる。
虎徹は苦笑しつつもありがとうと受け取った。
「バーナビー、今日も出てこなかったわね」
 お腹空かないのかしら、寂しくないのかしら? 等と聞く。
んなの、俺にだって判るわけねえよと思いつつ、カリーナの心配にこの娘は優しいなあとしみじみ思った。
「ここは現実じゃねえからな。必要なきゃ腹が減ったりしねえよ。飲み食いしてえって思わなきゃそもそも必要ないだろ」
 俺は酒好きだから飲むけどな! とカリーナから受け取った赤ワインを飲む。
不思議な事にちゃんと味があるのだ。
ここ数日間――勿論そんなの体感上でのことではあるのだが、とにかく一応窓の外が朝になったり夜になったり昼になったり夕方になったりするという情景に合わせてその変化からして4日間? カリーナは毎朝、きちんと朝食を作った。昼食も作った。大抵それはバスケットに入ったクラブハウスサンドやきちんと詰められたお弁当だったが。夜の食事だけは何故か何処からか運ばれてきた。なんにしてもこれがカリーナの悲願なんだと途中で虎徹も気づいた。
 まさかバニーが俺に炒飯作って食わせようとしてたように、ブルーローズが俺に朝食作りたいって思ってたとは思わなかったよ。ついでにあのバスケットからしてピクニックにも行きたかったのか・・・・・・とそこまで考えて大概鈍い虎徹もブルーローズが自分に恋しているという事実に思い当たったのだった。
 虎徹は気づいた時ただ単純に「しまった」と思った。
そしてその後ほっとした。
この世界の記憶は現世に持って帰れない――そう知っていたから。

 この娘には優しくしよう。俺が後悔していることを悟らせまい。
――友恵。

 それから虎徹はカリーナがそう望むように、彼女の恋人として振舞った。
最初は躊躇していた風なカリーナも、気づくと自然に虎徹の傍らにいるようになり、虎徹もそれが当然だというように微笑み返す。

そうして体感5日目の朝、ロックバイソンが密林から帰還した。
少し疲れたような様子ではあったが、その顔は何かすっきりとした風だった。
「会って来たよ。そして見つけてきた」
「そうか」と、虎徹は言った。
「元気そうだった。変わらなかったよ。正直気が抜けた・・・・・・いや、やっと肩の荷が下りたよ。お前はどうだ?」
「さあ?」と曖昧に笑み。
 それから窓向こう、青い海の水平線彼方を振り返った。
「俺は一生ダメかもしんねえなあ。それに、俺は下ろす気はないんだ」
「お前も難儀だな」
「いや、お前が納得できたんだ、それだけでも良かったよ」
「お前は背負い続けていくんだな、虎徹」
「ああ」
「そうか」
「そうなんだ」
 ロックバイソンは「そうか」となんだか納得したように目を伏せる。
「じゃあ、俺は帰るな。俺の用事は今回これだけらしい。ネイサンも――ファイヤーエンブレムももうあっちに帰った。あいつの今回のはそれほど切望したものではないらしい。以前同じ目にあって克服してたんだとよ。だからあっさり用が済んだって」
 虎徹がそれ、俺は全く判らなかったというよ、そりゃアイツが俺にしか「帰る」って言わなかったからだよという。
「ふーん・・・・・・意外に進展してんのな」
「してたまるか!」
 あばよ、とロックバイソンが手を振る。そうして、いつの間にか現れた新しい扉を開けて、そのまま笑顔で去って行った。
 虎徹とロックバイソンの会話を横で控えめに聞いていたカリーナが少し寂しそうに言った。
「こんな風に終わっちゃうのね」
 願望・・・・・・? が満たされたら――終わりなのかな。
「タイガーがこんなにこんなに好きな私の気持ちも終わりなのかな。タイガーが傍に居てくれない、恋人じゃない――私に戻るのかな。だったら私戻れないよ。終わりにしたくないもの」
「気持ちがなくなるわけないじゃないか」
 虎徹がカリーナを抱きしめて言う。
「でも戻らない訳にはいかないだろ? 戻るためにもお前が欲しているすべてをここで見つけて自分で答えを出さないと」
「出したら戻らなきゃいけないじゃない。だったら私答えなんか出したくないよ。ここにタイガーと一緒に住む。一生ここでいい」
「お前は俺じゃない俺の偽物でいいのか?」
 え・・・・・・?
 思いもかけない言葉にカリーナは顔を上げる。
そうすると優しい金色の瞳が自分を見下ろしているのを知った。
「お前も現実のブルーローズじゃないんだ。俺がリアルの俺と違うように。ここにあるのは願望をかなえる為に分離した、俺の・・・・・・俺たちの一部なんだから」


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