A secret novel place | ナノ
夏から秋へ(1)

【T&B】52万5600分 夏から秋へ



TIGER&BUNNY
【52万5600分】Seasons Of Love
Five hundred twenty-five thousand Six hundred minutes
CHARTREUSE.M
The work in the 2015 fiscal year.



 Good Morning!
and in case I don't see ya,good afternoon,good evening,and good night!
――『The Truman Show』



夏から秋へ




「海だあ」と、カリーナが言った。
「海だな」と虎徹が呟く。
それから、お前ブルーローズなのかと虎徹が目を真ん丸くして指差してくるので、カリーナは「?」と自分自身を見る。
とは言っても、自分自身の顔がそのまま見えるわけがないので、自分自身の体を確かめてみただけなのだけれど、自分は今薄青いロングドレスを着ているのだけが判った。それと白いサンダル。
「?」と首を傾げ、自分をびっくりしたように見る虎徹を見上げる角度が少し浅い。身長、伸びたのかな。
目を丸くして、それから破顔する虎徹をカリーナはまじまじと見つめて、虎徹も少し変わっていると思った。髪が伸びてる。ううん、違うこれはそう、何年か前の虎徹だ。多分自分がブルーローズとしてデビューした頃よりももう少し若い。
あの時はたまに見かける程度で会社もトップマグだったから少しタイガーだけ活動形態が違っていたっけ。とカリーナはぼんやり思い出す。
 そう、タイガーが最後の、中小企業が合同で一人のヒーローを確保していた時代――レジェンド世代最後の生き残りだった頃のだ。
そこにまた一人やってきた。
この家の外が観たくて見れる場所を探し回っていたに違いない。振り返ってカリーナは絶句。
パオリンはなんだか照れたように笑い、「やあ」と言った。
「ちょ、どうしたのよ、ドラゴンキッド!」
 カリーナがそう叫ぶ横で虎徹も、「どうしたんだキッド!」と叫ぶ。
だがパオリンは困ったように首を傾げて、「そんなに変かなあ?」と言う。
 自分としてはとても気に入っているのだけれど。
そう言って絶句する二人を見るパオリンの背は以前よりも幾分か高く、顔かたちも雰囲気も変わっていないのに少年になっていたのだ。
「バイソンさんとファイヤーさんは?」
 なんでもないかのようにパオリンは二人が先ほどまで覗いていた窓へと向かう。
「いい風・・・・・・」
 そういって見渡す窓の外には青い海と白い砂浜があった。まるで絵葉書のような、CM撮影で使われるような完璧な青と白のそこから清涼な塩を含んだ風が流れてくる。
「ファイヤーエンブレムならさっき、そっちのドアから出て行ったよ」
 ほらあそこと茫然自失から解放された虎徹が砂浜の向こうを指差した。
そちらにパオリンが目を向けると、波打ち際にこちらもまたすらりとした長身の少年の姿が見えた。
「ファイヤーさんは女の子にはならないんだね。でも若返った?」
「ああ、多分。ギムナジウムに居た頃ぐらいだって自分で言って出てったな。それよりさ、俺も少し若返ってる?」
「そだね、タイガーさんもちょっと若く見えるよ。でもちゃんと成人してるから・・・・・・10年ぐらいかな?」
「そんなもんか」
 虎徹はなんだかほっとした風だった。実際「良かった」と小さく呟く。
そうしてパオリンはまだ呆然とした風なカリーナの方を向いて言うのだ。
「ブルーローズは逆に大人になったね。凄く綺麗。いいな」
「えっ?」
 慌ててカリーナは自分の顔を両手で包んだ。
自分じゃ全然判らない――。
虎徹もカリーナの視界の中で頷いた。
「ああ、凄く綺麗だぞ。いい女になるんだなお前」
「本当・・・・・・?」
 信じられずに虎徹を見る。
虎徹は笑った。
「ああ!」
 カリーナは鏡が見たいと切実に思った。



「サイコ系N.E.X.T.でドリームマスター系列の能力者というと、ジャスティス祭事件時に捕まったジョニー・ウォンを思い出しますがこのまま目覚めないなんてことはないんでしょうね?」
 そうロイズは大丈夫だと医師が確約しても同じ質問を再び繰り返した。
「彼は本人の問題を本人自身で解決するように導くタイプのサイコ系N.E.X.T.で所謂暗示型と呼ばれる能力者に分類されますが、大抵のサイコ系N.E.X.T.は自分自身の精神と強制的に向き合わせる――自分自身の心の中での葛藤によって結果が左右されるN.E.X.T.です。しかし今ヒーローたちが体験しているのはそうではなく、彼は自らの精神世界の中へ招き入れるという非常に珍しいタイプの能力者なのです」
「他人の心の中のほうがもっと問題ではありませんか?」
目の前に並んだベッド、みなきちんとした佇まいで眠っている。
いや、何処か遠くへ行ってしまった。意識だけがここにはない。
 そんな彼らを医師は穏やかに見渡していたが、やがていいえと首を振った。
「彼は今からっぽなのです。全ての感情を放出し何もかもが失くなった――は非常に危険な状態。ありとあらゆる感情を彼はそもそも「まだ知らない」。それなのにこんな厄介な能力に目覚めてしまった。自我すら定かではないのに彼は精神のあらゆる糧を回りに放出してそれはもう取り戻す術が無い。誰かから与えられなければ彼は数日のうちに死んでしまうでしょう。彼にそういった大切なものを分け与えてくれる者、それは誰でもいい訳ではない。自ら進んで自分の心を分け与えられる、そういったしなやかで強い同じN.E.X.T.でなければ。自らの意思で彼に彼が失ったものを分け与えてくれる――そんな事が出来る者はヒーロー以外何者でもないでしょう。そうして彼らは快く了承してくれた。大丈夫、彼らは彼ら自身の大切な事を彼に与えてくれる。そうして自らの葛藤にも決着をつけ、きっと彼を――この子を救ってくれるでしょう」



 そういえばスカイハイとバニーは? と虎徹がぼんやりとした風に言う。
パオリンはボクも砂浜に行って来るねとカリーナと虎徹を置いて部屋から出て行った。
「この家、砂浜の前に建ってるのかね?」とまた虎徹がなんだかぼやけた様に言うのでカリーナもなんだか意識がはっきりしないなあと思いながら「そうなのかも」と言った。
「でもそっちから見える窓はどう見てもシュテルンビルトのセントラルパーク・・・・・・だよね?」
「後ろのドア開けてみた? そっちなんかどー見てもジャングルなんだよな」
「もう一方の方にあるやつ、開けた? タイガー」
「いんや?」
 カリーナと虎徹は同時に最奥の部屋を振り返る。
そこまで数部屋があるようだがどれもドアが開け放たれていて、誰かが出て行ったように最後のドアは半開きになっていた。
「ロックバイソンかスカイハイか、バニー?」
「ハンサムだと思う」
「どうしてそう思う?」
 虎徹が断言するカリーナに聞くと、彼女はセントラルパークが見えるドアの向こうを指差して「だってあの噴水の椅子の前に座ってるのってスカイハイでしょ?」という。それからジャングルの方向きあそこでずっと立ってるのってロックバイソンだしと付け加えた。
虎徹は再び、半開きのドアの方に向き直った。
「バイソンもスカイハイも――変わってないな」
「ちょっとは若返ってるかもよ」
 近づいてみないとわかんないけど、ロックバイソンは少し老け込んでない? と言う。
虎徹は苦笑して、いやーそれはちょっと判らないなと言葉を濁した。
実際のところロックバイソンは少し年嵩が行っているように虎徹にも見えたのだが、まあそれは多分ロックバイソンにとって必要な変化なのだろう・・・・・・。
「だとするとこっちのドアを開けたのはバニーなのか」
「どうする? タイガー。ハンサムが女の子になってたりしたら」
「え?」
 なんでそんな事聞くんだよと虎徹が言うと、カリーナは少し寂しそうに目を伏せながら、多分これは望んで手に入らないのに、手に入れなければ生きていけない程の――悲願の世界だからという。
「多分その人が自分自身で抱えている願望が私たちのこの姿を取らせてるんだと思う。解決しなきゃならない悩み――なのか解決できない単なる願望なのかまではわかんないけど」
 問題が具現化するんだと思う。だってあの子、そういうN.E.X.T.なんでしょう?
「これは夢みたいなものだから。そして私たちが抱えて行ったその夢があの子の糧になってあの子を目覚めさせる力になるって。そして私たちが一緒にあの子と観た夢は現世にもって帰れないって先生言ってたじゃない。私たちはあの子に与えられた課題をなんにしてもこなすだけ。多分でも忘れちゃうんだろうな」
 でもその方がいいんだ。きっと。
「――バニー」
 虎徹はそう呟き、ドアの方を見る。でも怖くてそのドアの向こうにはいけそうもなかった。近づく事すら怖い。多分それはブルーローズも一緒なんだろうなあと思い、それからブルーローズはバニーと似て割合冷静に物事を分析するタイプだったんだなあとなんだか感心した。
 と同時に、やっとカリーナがバーナビーが「女の子になっていたらどうする?」と聞いたその意味を理解したのだった。
「はは・・・・・・、そりゃ絶対ねぇよ――」
「タイガー?」
 カリーナの怪訝そうな声。
虎徹は首を一つ振るってカリーナに笑顔で言った。
「なあ、俺たちも海に行こうか」
「え?」
 先ほどまでずっと見渡していた窓の方へと虎徹は振り返り、呆気にとられた風なカリーナに右手を差し伸べる。
「行きたかったんだろ? お前、ヒーローたち皆でずっと。そんなの出来ないって判っててもホントに行きたかったんだろ? だからこっちの窓こんなに綺麗な海なんだろ?」
「タイガー」
 カリーナは顔を真赤にする。でもその通り、行きたかったのよ、皆で一緒に海に。そんなの絶対無理って判ってても、私はそう言うしかなかった。
本当は行きたかったのよ、タイガーと二人で。二人でなら、行けた。まだそのチャンスがあった。でも二人で行こうって言うのが私怖かったから。

 理想と現実、夢と虚構の狭間。

そうでありたいと願った姿でカリーナは虎徹に手を伸ばす。そうして虎徹はカリーナの手をしっかりと握って二人で砂浜へと駆け出すのだ。
 二人が駆け去って行った背後、半開きの扉が内側からきいと軋んだ音を発てて開いていった。
そこに居るのはまだ幼い少年で、その視界の中小さくなっていく虎徹とカリーナの後姿を鋭く睨んでいる――見つめている。

 彼らは忘れてしまった。
この世界で行わなければならない大切な使命を、その事実を。
八人のうち誰か一人が恐らくその命を担う事になるだろうと医師は言った。
だとすると、それを遂行しなければならず、この世界を砕く命を担った者――選ばれたのは多分僕なのだ。


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