彼は誰(4) 「虎徹さん」 ん。 「大丈夫、傍に居るよ」 暫く二人で抱き合ってただ泣いた。その後どちらからともなく立ち上がって、ベッドに向かう。 何をするでもなく、眠る為に。 横になる前、バーナビーは虎徹の肩の手当てをした。 鮮血は肩から胸の中に流れてワイシャツを真赤に染め上げていた。でもそれも今は止まっていてバーナビーはそっと肩口の傷に舌を這わす。その熱さに虎徹が少し怯み、でもそれだけでバーナビーは丁寧にガーゼを当てて包帯を巻いた。 「痛いですか?」 うん、少し。でも大丈夫、大したことない。 バーナビーの謝罪に微笑んで応え、バーナビーは再びすみませんと殊勝に頭を下げた。虎徹はそっと俯く金髪の頭を胸に抱え込んで大丈夫と呟く。 そうして二人で布団の中で抱き合って丸くなって、互いの心臓の音に耳を凝らして暫くしてからバーナビーは消え入りそうな声で虎徹を呼んだ。 虎徹は何処にも行かない、ここにいるから大丈夫、安心して眠れよと言う。 虎徹の答えに心底ほっとしたようにバーナビーは目を閉じた。 虎徹はもう一度バーナビーをしっかり抱きしめなおして自分も目を瞑るのだ。 やがて、ずっとここのところ眠る事が出来なかったのだろう、バーナビーはすうすうと寝息を立て始めた。元々悪夢を見がちで眠りが浅いバーナビーは虎徹が離れていってからずっと良く眠れなかったに違いない。バーナビーの今は自分に全てを預けて寝入っている身体を抱きしめながらああ、解ってしまったのだ。虎徹と自分はもう関係ない、所詮他人だと言いながらどれほど自分を思ってきたのかという事を。 バニーは全ての本心をさらけ出した訳ではないだろうが、その一端から解ってしまった。もう手遅れだ。バーナビーにとって俺は多分、失っては生きていけないレベルの何かになってしまっている。手遅れだった。多分、俺たち二人出遭った時から。 虎徹は目を開ける。 あれからどれくらい・・・・・・。 遮光カーテンの隙間から覗く淡い光に目を走らせる。 バーナビーは眠っている。ぐっすり、今は安らかに眠っている。 なんだかほっとして虎徹はその寝顔を眺めた。 頬に手を伸ばし、何か熱いものに触れたようにびくっと虎徹は手を引っ込めた。 涙の痕跡に、自分のしたことの残酷さを今更のように思う。胸を痛める。 虎徹は身を起こすと膝をかかえて蹲った。 バニー・・・・・・。 虎徹は涙を零した。 ごめん、ごめんな。どんなに怖かったか、――辛かったか。 今でもこんなにバーナビーは苦しんでる。苦しんでるって知っていた、知ってたつもりだったんだ、俺は。 それなのに、手を――放そうとした。 バーナビーの為だと言いながら、そう自分でも思い込もうとしていたけど、全部俺の一人よがりだった。バーナビーはずっと切望してたんだ。手を放したくないって。行き着く先になんにもなくても貴方は一緒についてきてくれますかって、聞いてきて俺、そんなばかなって笑い飛ばして拒否したくせに。 苦しんでいるのを知っていた。まだ終わっちゃ居ない、復讐に費やした20年間を振り返っては未だ拭い去れない焦燥感と喪失感にいつもいつもいつも。知ってた、どれだけ苦しんでいただろう。減退の件についてもベンや斉藤に口止めしていたから大丈夫って安心していた。馬鹿だな俺、バニーなら自分でその答えに行き着くのが予想できたっていうのに。俺ばかり苦しんでいるつもりでそうじゃなかった。お前は自分自身の過去だけでなく、俺に襲い掛かった減退という未来とも戦っていたんだな。過去にも未来にも怯えてそれでも一度もそれを俺に悟らせなかった。完敗だ。 それなのに俺は拒否したのもお前のせいにして、だけどそれすらもバーナビーは受け入れてくれた。 人との別れを受け入れる強さをバーナビーはいつの間にか手に入れていたのだ。 判ってたんだ俺、引き戻したのは俺だ。わけわかんなくしたのは俺だった。判ってたのに――。 でも駄目だ、これじゃ共倒れだ。バニーは良くても俺は嫌だ。バニー、俺お前に俺と同じように終わって欲しくなかったんだ。お前が羨ましかった、眩しかった、嫉妬してた。見ているのが苦痛だった。でも信じて貰えないかも知れないけど、お前が減退していくのを見たくなかったんだ。こんな残酷なこと、お前の身の上に起こって欲しくない。でもどうしていいかわかんなかったんだよ、出来る事はお前を支えてくれる新しいパートナーをみつけてやることぐらいじゃないか。 そうとも俺はほっとしたんだ。ライアンが来た時、ああ、これで俺、こんな怖い事から逃げられるって。そう、思っちゃったんだよ・・・・・・。 肩口の傷を押えて虎徹は泣いた。 バニーが食いたかったのは俺の肩じゃない、翼だ。遁走する為に俺が飛んでいかないように。なんで人間は寂しいんだろう。なんで他人なんだろう。どこまでも他人で絶対一つになんかなれない。どんなに大切でも失いたくなくてもそれが失われる時は呆気ない。どんなに望んでも留められないものがあるのだ。なんだ俺、それを良く知ってるじゃないか、俺も知っている。バニーも知っている。 大切な人ほど、呆気なく失われるものだって。――バニーにとって、俺はそれ程大切な人間だということだったんだ。 なんで神様。どうして俺なんですか、どうして俺なんか、なんですか――。 「ごめんな、俺――、今頭ぐちゃぐちゃで考えられないんだ。先送りにしてばっかで――」 でもきっと答えを出すから。それも出来るだけ早く、きっと出すから。だからもう少し待って。 虎徹は声を殺して泣き続ける。 傍らに、何も知らないバーナビーは安らいだ表情で眠っていた。 眠っている。 それでも日はまた昇る。 明けぬ夜はないというけれど、何故世界はこんなにも暗いのか。光あるところに影がある。その光に紛れてしまった悲しみを誰がどうして知るというのだろう? 明け方――黎明、暁 かはたれ時などと人は言う。 明暗境界線にただ思う。今は静かに――、思うのだ。 ああ俺は本当にバニーの何を見ていたろう。 彼は誰 TIGER&BUNNY 【彼は誰】52万5600分番外編 Seasons Of Love thank you. [mokuji] [しおりを挟む] |