A secret novel place | ナノ
彼は誰(1)


TIGER&BUNNY
【彼は誰】52万5600分番外編 Seasons Of Love
Five hundred twenty-five thousand Six hundred minutes
CHARTREUSE.M
The work in the 2014 fiscal year.



「なんで、そんな風に――呵責が貴方に――」
 唐突にスローテンポで囁いてくるもんだから、虎徹は一瞬呼吸が止まった。
二人で宅飲みだと酒とつまみを買ってバーナビーの家に行った迄は普通。
ちびちびと飲みながら、いつものシュテルンビルトのニュースを見ていた。
特に何事もない――いや、普通に交通事故や火災等はあるけれど、N.E.X.T.犯罪がらみではない極普通の日常。こんな些細な事件は沢山あって、大凡の悲しい事は普通の人の不注意から起こる。そして大抵の悲しい事は不注意ですらない普通の人間の営みの中でふと起こる。
 逢魔時――、何故かそれを思い出した。
春を通り過ぎて夏になろうとしている空は、突然日が長くなったように感じる。
長い冬の間、夕方といえば午後4時前後だった。それが8時になろうとしているのに黄昏たまま。
 長い誰彼時(たそがれどき)遠く日が落ちて、振り返った彼の顔が良く判らない。
そこにいるのは本当にバニー? 俺の知っているバーナビーなのだろうかと。
「・・・・・・酔ってんのか?」
 まだそんなに飲んでないのに? だってこんなに日が高い。いやまだ――沈んでない、バニー。
赤々と燃え盛るような太陽がため息をつくように、シュテルンビルト遥か、ごちゃごちゃした細工物みたいな都市の隙間を縫って海の向こうへと落ちていく。
海は見えない。でもそちらの方角に海があるのを知っている。そして金紅色の太陽の長々した閃光が、長く細く横からリビングに差し込んでいて、それを背負った形のバーナビーの表情が伺えない。
「貴方は――僕から離れていこうとした――」
 墜落してくるように、バーナビーの顔が自分の顔に覆いかぶさってきて、虎徹は息を止めたまま顔を逸らした。
「酔ってるんだな、バニー」
「酔ってません」
 耳元で囁かれて、ぞくっとする。こういう風に接近されるのはあまり得意じゃない――というか苦手だと思った。
だから虎徹はグラスを持っていない左手でバーナビーの身体を押しのける。
バーナビーのうちに一つだけあるリクライニングチェアーを占領して飲んでいたけれど、そこから逃げる仕草。どけって言う意味じゃないだろうけれど、こんなことされるならいっその事退きたい。バニー、ちょっと顔が近い、やめて欲しい。
「虎徹さん、僕の事嫌いですか」
「嫌いなわけないだろう」
 咄嗟にそう返事する。嫌い? 嫌いになれたらどんなに楽か。そう思う間もなく、激突するようなキスをされて喘いだ。
嫌だな、こういうキスは好きじゃない。
「バニー、っ・・・・・・、お前」
 顔を背けるようにそのキスから逃れれば、酷くするって言いましたよねといわれた。
一瞬何を言われているのかわからず呆けた顔になっただろうと思う。そして思い当たる。
 お前はライアンと組んだ方が良かったんじゃないのか――、ああ本心だ、本心だとも。衰え始めた人間なんか要らないんだっていわれたときに納得した。自分で判っていた。いつでも判ってた。お前と出会ったその瞬間から、俺はもう衰えた人間だと言われてきたから。だけど、これだけは信じて欲しい。俺は俺自身が衰えるよりもなによりも、俺がお前に依存するのをよしとしなかったんだ。俺が若かった時そんな枷はなかった。俺みたいな衰え始めた人間が足元にくっついてたわけじゃなかった。俺は好きなようにやってきた。そしてお前もそうするべきだと思ったんだ。お前の枷にはなりたくなかったんだって。
 だってそれだけお前が大切だったから。
「俺は、お前が、大切だったんだ」
「過去形ですか」
 どうしてお前ってそういう酔っててもなんでも的確に言葉尻を掴む。
話が進まないだろうと虎徹は涙ぐむ。こういう説得は苦手だ、俺頭悪いから。
「今でも大切なんだ。生きている人間の中で今一番気にかけてるのがお前だから――、だからだよ」
 どうしてなのか判らないけれど、この本心は伝わったようだ。
馬鹿げてる、俺はどうしてこんな、女々しい事言い訳みたいにバニーに言わなきゃならないんだろう。
「勘弁してくれ、これ以上俺を追い詰めて何が楽しいんだよ」
「追い詰めてなんかいません」
「追い詰めてるよ、俺、話したくないんだ――」
 辛いんだ、そのことを考えるのが。お前は辛くないんだろうけれど。俺は辛い。
俺の能力がなんで1分しか持たなくなったのか、二度と失われて返ってこない4分間を考えたくないのに、お前はそうやって俺に考えろって突きつけるから。
痛い、辛い、苦しい。いやだ、考えたくないのに、お前は何度も何度も失ったものを考えろって言って来る。
 失って戻ってこないもの、どうやって考えたって埋められないもの、友恵。
返ってこない俺のN.E.X.T.、それを全部お前は自分で埋められるっていう、埋めようって言う。
 だけどやなんだ。それじゃ俺どこまでいってもお前に依存するばかりで。
気づいてしまったんだ、俺はお前にやれるものがなんにもない。何にもないんだ、サポートだって出来ないかも知れない。怖くて堪らない。何もなくなったところでお前に手を放されたら俺は生きていけない。だったら最初からなかったんだって思いたかったんだ。でもお前が俺でいいって言うから。
 お前のせいにしたくないのに、――、ああなんて不毛だろう。
「頼む、考えさせないでくれ。嫌なんだ」
「・・・・・・」
 無言。
容赦してくれたのかとほっとするその上から降ってくる言葉に虎徹は身を強張らせた。
「臆病者」
「お前はいいよな」
 虎徹は咄嗟に言い返していた。
「お前には判らねぇだろ! 若くて、力もあって、俺がどう足掻いたってもうどうにもならないものを沢山持ってる。俺は・・・・・・死ぬまでヒーローやってやるって格好つけて言ったけど、・・・・・・もう無理なんだって、思い知っちまったんだよ! やっぱり以前の俺とは違うんだ。失ってみて初めて解った。俺、N.E.X.T.で居たかったんだ。かつてあんなに疎んじていたのに、N.E.X.T.なんかなきゃよかったって。なのにいつの間にかそれにすがり付いてた。それがなきゃ俺じゃないなんて、馬鹿げてる、馬鹿げてるよ。N.E.X.T.がなくなったって俺の全てが終わったわけじゃない、そう兄貴も言ってたけど違うんだ。努力して返ってくるものなら俺だって努力したさ! でも無理なんだ、返ってこないんだ。大体今は安定してるけど、減退がこれで終わったって保証もない。いつか、今手にしている1分間だってなくなるかも知れない。勿論そんなの考えすぎだって言う。これで減退は終わってお前はやっぱりN.E.X.T.であることは変わらないんだって医者なんかも言うけど、だけどそんなの本当に誰にも判らないじゃないか! お前には判らないだろ? 俺の恐怖なんて。・・・・・・俺だって考えなきゃいけないことぐらい判ってるよ! 臆病だって自分で解ってる。だけど、少し時間くれよ。少なくとも今は考えたくないんだ」
 解ってるよ、お前が言ってる事が正しい。俺はお前とヒーローを続けていく為に、努力しなきゃならない。
言われたとおり、1分間を正しく把握して状況だって見極めて、使いどころを考えなきゃいけない、そんなことは判ってる。解ってるけど――。
「・・・・・・」
 虎徹は顔を覆ってため息をついた。
自分が迂闊だってことは判ってる。バーナビーは仕事の現場でしか普段小言を言わない。
どっちかっていうと俺が勝手に呵責を感じていてことあるごとにライアンのほうが良かったんじゃないのかって聞くのが悪いって。でもごめん、バニー、不安で怖いんだ。だからその不安がどうしても確認になってしまう。
ライアンのほうがお前に相応しかったって俺が言う。そしてお前が否定してくれるので俺はやっと少しだけ不安から解放されるんだ。これじゃアレだアレ、彼氏に事あるごとに情を確認するアレみたいなもんだ。女々しいな。俺はお前に甘えてるんだろう。どうしてこうなっちまったんだろうな。
 虎徹は顔を覆っていた両手を外し、その手の平に視線を落とす。
それから両手を握り締めて首を振るった。

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