A secret novel place | ナノ
春から夏へ(9)


「・・・・・・うん、ごめん、下の段ンとこ、俺のチェイサー回収しといて――あ、大丈夫す、もう直ぐインターチェンジなんで上がります。つかこっち今通行止めスよね。はい、――そうです。エレベーターで。じゃそこで待ち合わせってことで・・・・・・。ブルーローズのトランスポーターも? 無理なら一緒に途中まで乗せられません? 乗せちゃ駄目とか?」
 はい、はい。んじゃ途中まで乗せていってあげましょう。ブルーローズのバイクの入水地点ですけど、今地図送りますんで。すんません斉藤さんお手数かけます。

 誰かが喋ってる――。
夢現でカリーナはその声を聞いていた。懐かしい、声。そしてとても温かくて優しい。大好きな声だ。
ゆらりゆらり揺すられている。なんだろうとても気持ちがいい。ふわふわしてる、あ、なんだ夕焼け雲。なんて綺麗なばら色の空、大きな黒い影、眩しい――。
そこまで考えてカリーナは覚醒する。
「あ、起きた? 大丈夫か、どっか傷めてるところねぇよな?」
 一瞬何が起こったのかわからなかった。状況が解らない、だって、だって今私?!
「たッ・・・・・・タイガー―― ひ、ひぇぇっっ?」
 がばっと起き上がろうとしてしまい、ブルーローズの特徴的なヘッドギアが虎徹の顎にバキっと当たった。
「どわっ!」と素っ頓狂な悲鳴を上げて、カリーナを抱いていた手を緩めてしまう。カリーナがパニックを起こしながら着地すると、つんのめって前に倒れた。
虎徹は暫く顔を右手で押えて悶絶していたが、目の前でへたり込んで自分を指差しているブルーローズに「大丈夫だな」と笑った。
「なんだよお前、いきなり起きあがるなよ」
「タイガー、なんで私!」
「あ、覚えてない? お前高速から弾き出されちゃったんだよ。バイクはごめんな。水没しちゃった」
「だけどなんでアンタが!」
 私を抱いてこんなところに二人きりなの? 
カリーナは喉に声を絡ませる。なんでこんな、いきなり。
「あれはお前しょうがないよ。バニーは一人で行かせた。さっきスカイハイとバニーで犯人は確保したんで中継は終了。ここ高架下なんでトランスポーターが来れないんだ。だからインターのエレベーターまで歩かないと」
 立てる? と虎徹が手を差し伸べる。
カリーナは説明を聞いても呆然としていた。ぶるぶると首を振る。
「終わっちゃったんだ・・・・・・」
「ん。また頑張ればいいだろ」
「参ったナァ――。近頃アンタ達も居るから私また三位で」
「なんだよ、充分だろ?」
「ん・・・・・・」
 その場でへたり込み、膝を抱えてしまったカリーナに虎徹は首を傾げ。
暫く二人は無言でその場に留まっていた。
「救助ポイント入った?」
「誰に?」
 察しの悪い虎徹が首を傾げる。カリーナはイラッと来て、「私の! 救助ポイント! アンタに! ワイルドタイガーについたかどうかって聞いてんの!」と叫んだ。
ああと虎徹が頷く。
「入ったんじゃね?」
「ばか・・・・・・」
 確認しときなさいよと口の中で呟く。それならいい。それならなんかもういいやって。
虎徹が困ったように首を傾げた。それから歩けないようなら抱いていってやるけどと言われてカリーナは耳まで真っ赤に。
「イヤッ」
「嫌ってお前・・・・・・」
「あの抱き方は嫌なの」
 じゃあどうすんだよと虎徹がまた首を傾げ、それからぽんと手を打った。
「なにしてんの」
 自分に背中を向けて屈んだ虎徹にカリーナが首を傾げる番。意味が判らずほれほれと揺らされる虎徹の手の平を暫く眺めていると笑いながら彼が言った。
「いいからおぶされよ」
 カリーナはおずおずと手を伸ばした。肩を掴むと虎徹の両手がカリーナの腰を持ち上げる。
ひょいと背負われて虎徹は荷物なんかなんにも持っていないかのように歩く。
カリーナはきょろきょろと辺りを見回したが誰も居ない。HERO TVも先行していったバーナビーやスカイハイを撮るのに夢中で、途中でカーチェイスから脱落した二人の事なんかなんとも思っちゃいないのだろう。何時もなら頭に来るところだが、今日は逆にその静寂が、――メディアの無視が嬉しかった。
このままタイガーの背中に引っ付いていいだろうか。
そう突然気づいて思う。
カリーナはぺこぺこ虎徹を殴った。
虎徹もぺこぺこ殴られながら、全然痛くなさそうに「イテッ、イテッ」と笑っている。
「タイガー・・・・・・」
「なんだ?」
「・・・・・・ばーか」
「なんだよ、ヒデエなあ」
 いつの間にか雨は上がっていて、ブロンズステージの底から見上げると、アトラスの柱の隙間から青空が覗いていた。
春の長雨――日本では梅雨というそれが終わりを告げ、新しい季節が巡ってくる。
するとシュテルンビルトの短い夏はもう直ぐそこだ。
「今年の夏は暑くなりそうだな」
 いつの間にか虎徹も空を見上げていた。
カリーナはうんと頷く。
それから囁くように、「今年の夏はみんなで海に行こうよ」と言った。
 虎徹はそれに笑う。
だけど、返事は聞こえなかった。





TIGER&BUNNY
【52万5600分】春から夏へ Seasons Of Love
 thank you.



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