A secret novel place | ナノ
春から夏へ(8)



 それから数日は何事もなく平穏。
ニュースでは春の長雨ももうすぐ終わり、これから暑くなるという。
その日の午後久しぶりに強盗があった。
ヒーローたちに突然の召集、皆迅速に集り、各々が追跡を始めた。
犯人は全部で9名。結構な大所帯で、二手に分かれて逃走したため、ヒーローたちも二手に分かれた。
片方はシュテルンビルト内部へ、どうやら地下から逃げるらしい。
もう片方は警察の対応の遅れから高速に入る事を許してしまっていた。
雨足が強い。バイクで駆るそのスピード自体が速いということもあるのだが、頬に痛いほど。
それでもカリーナは怯まずに疾走する。
バーナビーと虎徹もそれに続く。いつかもあったシチュエーションだ。空を行くのはスカイハイ。
 負けるもんかとカリーナは思った。
なんだか判らないけど負けるもんかと。
あの日、虎徹とバーナビーがいつもどおり口論し、なんだか不毛な事になっちゃってるなあと思いながら口を出すタイミングが掴めなかった。
もしバーナビーが虎徹を糾弾するようなら、自分も一緒に謝ろうと思っていたのだ。私が余計な世話的なアドバイスをしたからよと。ついでにアンタも素直になりなさいって言ってやろうと。
 でも二人は思った以上に親密で、思った以上に二人の距離は近い。
知らなかったのは私の方だ。今まで私はバーナビーとタイガーの何を観ていたのだろう、と。
悔しかったのだ。あんな風に抱きしめられるのならハンサムはもう大丈夫。いつの間にか人としても本当に成長していた。こんなんじゃ敵わない。
「ちょ、お前ら! 気をつけろ?! この雨でこのスピードで!」
 バーナビーは能力の特性からスピード慣れしているのは自分を例にしても判るが、カリーナのそれは虎徹には理解できない部類だ。
女の子がこんなにスピード出して! 
 いや、スピード出すのはいいんだけど、もしこれで事故りでもしたら。
スリップしたら? 転倒したら? そう考えると虎徹は全身鳥肌になってしまう。勿論ブルーローズのバイクは氷の特性を生かして走る特別仕立てのそれだが、N.E.X.T.能力があってこそ走るものでもあるので扱いが繊細だ。それをここまで乗りこなすのだからブルーローズの潜在能力の高さは現ヒーロー中最強とも言われている。それでも。
 やめろよ、絶対滑ンなよ、――ってブルーローズのは滑って走ってんのか。なんか俺ズレてるな。と思ったところでアニエスから緊急通信が。
「気をつけて。犯人の一人がN.E.X.T.らしいの」
「どんな能力だ?」
「詳細不明だけど、聞く所によると摩擦をなくす――」
 え? 何を失くすだって?
「ブルーローズさん!」
 バーナビーも気づいたらしい、その声は減速しろということか? だが今このスピードで。
カリーナの方はそうは受け取らなかったらしい。かつて同じようにカーチェイスになってしまったとき、バーナビーはブルーローズに言ったのだ。
 譲れと。
その瞬間路面が青く発光する。全力で突っ走っていた三台のバイクがスリップした。
虎徹とバーナビーはバイクを咄嗟に乗り捨てる事を選んだ。勿論、アニエスからの通信を受けて直ぐに乗り捨てる事を前提に操作していたのもある。ブルーローズはそれを知っていたか? いや知っていたとしても無理だったろう。位置が悪かった。スリップした瞬間一番右端を走っていたブルーローズの車体は、動力が氷なだけに浮き上がり空中でそれこそ『空転』してしまったのだ。元々限りなく摩擦がゼロのところが完全にゼロになり、その時体勢を崩していたら。
「ブルーローズッ!」
 虎徹が自分のチェイサーの側面を蹴り発動する。
「行けっ、バニー!」
 一瞬バーナビーは虎徹を振り返ったが、きっと振り切るように前を向き自分も能力を発動した。
その両足を虎徹の両手がトスするように前方に向かって射出、自分のハンドレットパワーでブースターの役目を果す。
バーナビーは自分の能力にそれを上乗せして、弾丸のように飛び上がっていった。それを見送りながら虎徹は逆に欄干の下へ。
吹っ飛ばされたブルーローズが脳震盪を起こしてイーストリバーに墜落していくのを、川面すれすれでキャッチする。
高速の手すりにワイルドシュートを射出すると、振り子の原理で半回転してそのまま最下段に逃れた。
 ブルーローズのバイクはイーストリバーに落ちてしまった。
派手な水音を聞いた虎徹は肩越しに振り返ってちらりと見やる。一緒に回収できれば良かったのだけれど、さすがにそれは危険だろうと判断したのだ。
もう少し距離があればワイヤーで吊るせたんだけど――、まあ許してもらおう。
タイタンインダストリーのメカニックって誰だっけ。
虎徹は斉藤さんなら知ってるかなあと頭の片隅で思いながら立ち上がる。ブルーローズをお姫様抱っこしていたがはたと気づいてあたりを見回した。
なんだか些細な事も変にニュースになってしまうので、これもきっと見られていたらなんだかんだでお茶の間の話題になってしまう。お姫様抱っこは特にここシュテルンビルトでは危険だ。相手がバニーだと最大級危険だけれど、ブルーローズでも充分危険なので――自分はともかく彼女は嫌だろうと警戒したのだ。
 しかし誰も居ない。中継車も飛行船もない。まあ居ても基底部だから自分たちの姿は容易に捉えられないだろう・・・・・・。
虎徹はほっとした。それと同時に能力が切れた。
淡雪のように青が融けていく。
よいしょっとブルーローズ――気絶したカリーナを抱え直して虎徹は基底部――廃棄されたかつて高速だった道を振り返る。
真っ直ぐ続く遥かな道、インターチェンジまでかなり遠いがまあ歩いていくしかないだろう。

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