春から夏へ(7) それから数日後、再びトレーニングセンター。 先週アントニオに注意されたのもあって、虎徹が少々市民の目を気にするようになったのがバーナビーにしてみると相当気に入らなかったようだ。 一応説明してみたのだけれど、「僕がそんなへまをするわけないじゃないですか」と聞いてくれない。 普段はバーナビーが不服を唱えるとそこで虎徹が折れていたが、アントニオの切羽詰った言い分に今回ばかりは分があると虎徹が突っぱねると拗ねてしまったのだ。 僕の事なんてどうでもいいんですね、ときたもんだ。 「そんなわけないじゃん・・・・・・」 ベンチプレスに腰掛けて呟く。 ちらりと同じようにトレーニングに励むバーナビーに視線を向けると、どうやら向こうも自分を観ていたようで、はっとしたように目を逸らしつんと顔を振り上げてみせてきた。 なんか怒り方が女子高生みたいだな、オイ。と心の中で思った声が聞こえていたのかどうか、カリーナが「どうしたのアンタ達」と声をかけてきたので虎徹は口から心臓が飛び出るかと思った。 「お、おお、今日は早いな。いいのか学校」 「今日は半日なのよ」 カリーナはすたすたとやってくると虎徹の前で首を傾げる。 「タイガーなんか、顔が変よ?」 「悪かったな」 虎徹が苦笑。 「バーナビーとなんかあった?」 まあね。 「けんかちゅう」 「いつもの事じゃない」 カリーナは肩を竦めた。 「で、どう? ハンサムの事アンタちゃんと見てる?」 「わかんないけど、うん、多分・・・・・・」 「ふぅん」 なんでもいいけど、仲直りしなさいよ。大抵タイガーが悪いんだから。 「大抵俺が悪いのか」 「そう!」 やれやれと虎徹が立ち上がる。 振り返るとバーナビーが休憩室に向かっていくのが見える。 「わり、ちと謝ってくるわ」 「しっかりやんなさいよ」 カリーナの声に背中を押してもらったような気分になり、虎徹はバーナビーをロッカー室の前で捕まえる。タオルで首筋を拭いていたバーナビーは突然左手を掴まれて振り返った。「バニー、ごめん」 「・・・・・・」 いいですよ、もう。実際バイソンさんのいう事に一理ある。 「貴方の言うとおり暫く遠ざかっていた方がいいんでしょう。どうせ僕しつこいですし」 「そういう意味じゃ・・・・・・」 「じゃ、どういう意味だったんですか」 「しつこいのは確かだけど、――嫌じゃねぇよ。そうじゃなくて俺は兎も角お前がさ――」 もぞもぞ言い募る虎徹にバーナビーは目を細めて別に僕の事は気にする事ないのにと言った。 「結局は虎徹さんの保身でしょ? 僕のせいにしないで欲しい。虎徹さんが暫く関係を自重しようっていうのは虎徹さんの意見でしょう。なのに貴方何時も誰かのせいにしようとする」 「そう言うつもりじゃないって」 「僕は僕の希望を言った。だから虎徹さんが虎徹さんの希望や考えを述べるのはいいんです。でもそれを僕もそうなんだっていう理由で押し付けないで欲しい。本当は僕が何を考えてるかなんて知らない癖に」 「悪かったよ、悪かった、バニー」 虎徹は素直に謝った。 「なんか色々――俺なんかでいいのかなって、バディだって本当は――」 「・・・・・・虎徹さん」 バーナビーは安堵したような表情になると虎徹の手をとり、それから首を振った。 「その呵責どうやったら解消できるんでしょうね」 僕も考えてみたんですけど。一朝一夕に解消できるようなものじゃない、それ虎徹さんの心の傷なんだろうし。 解りますと彼は言った。 「僕も覚えておきますから、虎徹さんも1分間、覚えましょう。まずはそこから」 「それでなんとかなると思う?」 「なんとかなるんではなくてなんとかするんです」 出来ますよ、とバーナビーは言った。 なんだかそれだけで安心してしまって、虎徹はほっとしてしまう。こういうところバーナビーは本当に大人になってしまったなあと思うのだ。 これで包容力まで上に行かれたら俺どうなんのよ、俺の取柄なんもないじゃん・・・・・・と考えたのが伝わったのかどうか。 不意に唇を押し付けられて、目を丸くする。 なんだかこういう行為もバニーがやると様になってんだろうなあと、虎徹はすこんと諦めがついた。しょうがないので目を瞑って自分もバーナビーの身体をぎゅっと抱きしめる。 バーナビーが離れた。 「タオル取り替えてきますんでちょっと待っててください。一緒にシミュレーションしましょう、久しぶりに」 「おう」 蟠りが解消されたのか輝くような笑顔になってバーナビーがロッカールームへと消える。 虎徹がそれを見送り、あ、じゃあ水の補充しておこうかなと振り返って仰け反った。何時の間にやらカリーナが背後に立っていたからだ。 「ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ブルーローズ」 まさか観た? 観られた? まずい、やばい、言い訳がなんか思いつかないっ。 カリーナはぶるぶると震えていた。 ちょっと一体全体どういうことなのよと彼女は思っていた。 些細な事で直ぐに喧嘩する虎徹とバーナビー。 虎徹にバーナビーの事を全然見てないと罵ったのは記憶に新しい。あんな風に強く言うつもりじゃなかったのに、虎徹がバーナビーが自分に何も話してくれない、なんで隠すんだって言った時にどうしても許せなかったのだ。 アンタがそういうこと一番言わないじゃない! 辛い時、苦しい時、私じゃ全然頼りにならないだろうけど、何も言わないじゃない。取り返しがつかなくなるまで。 アンタが傷ついた時、どんだけハンサムが悲しんだか解る? あんな風に泣くなんて思わなかった。なのにアンタはそんな事も知らないで。 だから直ぐに仲直りしろとせっついた。 タイガーにとってバーナビーは大切な人だ。バーナビーにとってそうであるように。 互いに互いを認め合い、もうちょっと気安くなればいいそう思っていたけれど。 でも。 これはあんまりだとカリーナは思った。 このバディやはり何処か変。というかもしかしてハンサムも充分変?! なんにしてもこんなのは私は認めない。だってこんなのありえない! 「へ、変態! 変態! 変態!」 「ちょ、お前楓と同じことを・・・・・・」 駆け去ってしまったカリーナの後を追い訂正する事もかなわずそんな気力もなく。 虎徹はその場にしゃがみ込むと額を右手で押えてはあと深く嘆息した。 そんなに俺ら、おかしいかなあ・・・・・・。 「何やってるんですか、虎徹さん」 用事を済ませて帰ってきたバーナビーが、廊下に蹲って動かない虎徹の背中に声をかけた。 「何処か具合でも? シミュレーション明日にします?」 「んー? いや、そういうわけじゃねぇんだけどな」 「?」 [mokuji] [しおりを挟む] |